大学院生出張授業プロジェクト(BAP)

高校では、進路に関する時間などの時に、大学や専門学校などの先生の話を聞く、という機会があるでしょう。これは、研究者が何を研究しているかを社会に明らかにして知識を還元するという、社会教育活動の一環でもあります。

東京大学には、この社会教育活動を大学院生自ら行おうとする学生団体があります。今回は、その学生団体「BAP」を紹介します。宮武広直さん(BAP代表、理学系研究科物理学専攻博士2年)、安藤康伸さん(BAP副代表、理学系研究科物理学専攻博士2年)、似内遼一さん(工学系研究科都市工学専攻修士2年)
にお話しを伺いました。


―大学院生出張授業プロジェクト(BAP)とはなんですか。

出張授業の様子

BAPとは”Back to Alma Mater Project”の略です。”Alma Mater”とはラテン語で「母校」という意味で、大学院生が自分の母校の高校生に、自分の研究の魅力を伝えるために出張授業を行うのが、主な活動です。

高校生を対象に大学院生が出張授業をすることのメリットは、大学院生にとっては自分の研究を知ってもらえること。大学院生は、自分の研究を知ってもらいたいという欲求が少なからずあり、そういう欲求を満たすことができます。また、大学院生は研究者の卵でもあり、税金を使わせてもらって研究をやっているわけですから、社会に対して自分の研究についての説明をすることの重要性に気付くことは重要であると思います。いっぽう、高校生にとってのメリットは、進路選択の参考になること。高校生は、大学院についての知識はなくて、「理系なら大学院に進むのかな」という程度の認識でしかない人が多いと思いますが、大学院生が出張授業に来ることで、大学院とはどういうものか、大学院生はどんな生活をしていてどんな研究をしているか、といったことをリアルに知ることができます。今までは学問の魅力を伝えることは大学の先生などが行うことが多かったのですが、大学院生は高校生とそれほど歳は離れておらず、自分の高校を卒業した人が話に来るので、自分の身近な将来像として見ることができるのが、大学院生が出張授業に行くことの長所です。

―出張授業では具体的にどんな授業をしていますか。

1回の授業はおおむね40分から1時間くらいで、話す内容は全体として研究の面白さを伝えることと、進路についてです。

研究の面白さについては、自分が何を研究しているかを、高校生に分かるように説明します。基本的にスライドを使って授業をしますが、中には実験の実演をする人もいます。1人だけ、数学を研究している人で、「黒板に書かなければ中身が伝わらない」といって、黒板だけで授業をした人もいましたが、その人の話は面白くて好評だったそうです。

進路については、大学院に入ってこの研究をするに至るまでに、どういうことを考えて人生を送ってきたかを伝えるのが重要だと考えています。私自身もそうであったように、受験勉強に追われ、目的がはっきりしないまま勉強しているという高校生が多いと思います。受験の勉強はもちろん必要なものですが、その目的がはっきりしないと、大学に入った後、自分の目標がなくて努力できないということになりかねない、という考えが私たちにはあるので、私たちがどういう風に考え、何が面白いと思って、いま大学院生でいるのかを教えることによって、将来を見据えて勉強することが大事だということを伝えたいです。

学部生と違い、研究者の見習いみたいな大学院生だからこそ、受験や大学の生活の話に偏りがちな学部学生、研究のことだけの話になる大学の先生、その両方に出来ないことが私たちにはできていると思います。

―出張授業自体は個人で行うということですが、団体としては何をやっているのですか。

活動の様子

団体としてやっていることは2つあります。1つはノウハウの提供、2つ目は練習会の開催です。

これまで出張授業はのべ40回程度行われ、ノウハウが蓄積されています。いろんなケースがありましたが、これまでの出張授業の経験は「虎の巻」としてまとめられ、講師の間で共有しています。たとえば、これまでの出張授業で使われたスライドは、講師が自由にアクセスできるウェブ上で共有されていて、これから授業をする人が、どのようなスライドを作ればよいか、どのように授業を組み立てればよいかを考えるときに参照できるようになっています。出張授業というと最初は大変そうですが、ノウハウを提供することで、授業を実施することのハードルを下げることができます。

練習会の開催は、実際の出張授業の2週間前をめどに行います。練習会では、BAPの他のメンバーを授業を聴く高校生に見立てて授業をします。実際に授業に必要な時間の倍ほどの時間を取り、前半では通して授業を行ってもらい、後半で高校生に伝わる授業にするために、他のメンバーが意見を言い合います。

BAPの大学院生はいろんな研究科・いろんな分野から集まってきていますので、全然分野がばらばらの人が集まっての練習会になります。そうすると、自分の専門ではない分野に関しては、各自高校生くらいの知識しかないものですから、高校生に分かるような授業になっているかどうかを知ることができます。練習会は、講師役の人にとってはよりよい授業にするための参考になりますし、授業を聞く役にとっても、自分の知らない研究のことを聞けて面白いです。東京大学は”The University of Tokyo”つまりuniversity、総合大学なのですから、大学院生くらいになると各専門で特色が出てくるはずで、こういった機会に異分野交流をすることに、universityらしさが出ていると思います。

―活動の理念はどういったものでしょうか?

ゆくゆくは出張授業を、「大学院生の文化」として根付かせたいと思っています。東大の学生は全国各地から来ていて、現在、北は北海道から南は鹿児島まで、のべ40回の出張授業が行われました。

ただ、出張授業を全国に広めようとした場合、東大の大学院生だけでやるのは大変なので、いろんな大学にこの活動が波及していくと理念にかなうかなと思い、他の大学の知り合いの人を誘いました。現在東北大学に同じような学生団体ができつつあり、2010年の11月には、はじめて東北大学の大学院生が出張授業を行いました。東北大学の場合は、地域密着型の出張授業をする方針だそうで、学生の出身校にこだわらずに、大学周辺の高校で活動を行なっているそうです。このように、各地に活動が広がっていけばいいなと思います。

また、出張授業を母国で行いたいという留学生もいまして、留学生に対しての支援も検討中です。まだ実施には至っていませんが、現在海外の出身校での出張授業の準備をしている大学院生が2人います。国籍に限らず、出張授業の文化を広めたい、という思いもあります。

―大学院生出張授業プロジェクト(BAP)ができた経緯はなんですか。

理学系研究科の大学院生の有志が集まって、サイエンスコミュニケーションを行う「0to1」という団体があります。2008年度の6,7月に、この団体の理学系研究科の院生が、首都圏の6校で出張授業をしたのが最初の出張授業です。

これが好評だったので、2008年の東京大学学生企画コンテストに応募しましたら、優秀賞に選ばれました。その後の1年間は大学からの支援も受けて、全学から学生を集められるようになりました。それまでは0to1の一企画として出張授業を行っていたのですが、理学系研究科だけでなく全学に開かれた学生団体にするために、新しく団体を作りました。

―普段の活動はどんなものですか。

BAPでの集まりは、運営に関するミーティング・講師ミーティング・練習会の3種類あります。月2回くらい定期的にミーティングを行っています。そこで出張授業の準備の進み具合を確認し、講師からの相談に乗ります。

今年の夏からは、赤門の近くにあるLab-Cafeという会員制のカフェでBAPカフェを始めました。サイエンスカフェ(アカデミックカフェ)のように、学術普及活動の一環として、一般の人を相手にトークを行っています。Lab-Cafeは東大の学生もよく来ているカフェで、研究に疲れたらカフェに行くといった文化もあります。出張授業を既に行った人を中心に、出張授業と同じような形式で自分の研究の面白さを他の人に伝える、という取り組みを月に1回くらい行っています。

―実際に出張授業をしてみて、どんな感想を持ちましたか。

宮武 私が授業に行ったのは母校ではないのですが、授業が終わった後の質問タイムでは予定していた時間を大幅に超えて質問が出ました。宇宙に関する授業でしたが、質問の内容も「ブラックホールはどうやって観測するのか」から「どうやって勉強していけばいいのか」など、幅広い質問が出ました。僕が高校のころもそうだったのですが、高校生はいろんなことを疑問に思いつつ過ごしているんだなと、思いました。そこに情報を提供できるのは有意義なことだと感じます。

安藤 出張授業はこれまでに4回行ったのですが、アンケートの感想で一番うれしかったのは、「今日の授業で、人生初めて物理が面白いと思えた」というものでした。僕は学部から物理を専攻していますが、物理は敷居が高いといいますか、物理と聞いた瞬間にシャットダウンされるケースが多くあります。特に文系の方にどうやって物理を伝えていくか、ということについて私自身悶々としていたところはあったんですけど、文系理系いろんな人がいる高校生の中で、文系でも必要と思われる物理的な素養の話をしたりすれば、そういった話に興味を持ってもらえるものだ、ということはよくわかりました。自分にとってもためになったと思います。やはり、母校でしゃべるのが一番気持ちいいですね。歳は少し離れていても、後輩とのつながりが感じられます。そこで話をして、彼らが僕と同じような進路をとらなくてもいいけど、大学へのビジョンが少しでも明るくなるのなら、母校への恩返しはできたと思います。他には、研究の本質を分かりやすく伝えるにはどうしたらよいか、を考えるようになりました。

―高校生に伝えたいことはなんですか。

左から:安藤さん、宮武さん、似内さん
左から:安藤さん、宮武さん、似内さん

安藤 僕としては、自分の将来・やりたいことを見据えて努力してほしいということです。第一歩は図書館で本を見つけることですかね。そういうスキルがまだなければ、僕らのやりたいことに共鳴してくれれば、僕らが第一歩を踏み出すきっかけとなれるかもしれません。まずは、自分のやりたいことをみつけてほしい。そして、それに向かうことを次にやってほしいです。高校生は受験勉強をやっている方が多いと思うんですけども、僕は声を大にして言いたい。「受験勉強は役に立つ」と。高校生の間は、なんでこんなことやっとんねん、と思いましたよ。しかし、理系でも国語のセンスがないと、会話をする・文章を書くことなど、自分の意見を伝えることに苦労します。また一方で数学は理系だけのものではなく、文系でもプログラミングが必要なことが多いです。数学を直接使わなくても、数学で学んだセンスは100%使うことになるので、これを信じて勉強しておくといろんな面で役に立つので頑張ってほしいです。

宮武 学会などで外国に行くと、世界史を勉強しておけばよかったと思うことはよくあります。世界史を勉強したおかげで、見る視点が分かることがあります。

安藤 歴史は重要なコミュニケーションツールの1つですね。外国の人と初めて会ったとき、その人のことはほとんど知りえないですよね。そこで、歴史を知っていると最初のコミュニケーションツールとして使えます。

宮武 特に研究者になると海外の人とかかわることになるのでそういう機会が多くなります。自分自身、ユーゴスラビアの人と話した時、英語でいろいろ歴史について説明してもらったことがあるのですが、歴史も、そして英語も勉強しておけばよかったと思いました(笑)。

似内 やはり、いろいろ経験・チャレンジをしてほしいです。僕が今いるのは都市工学というところで、工学部でも社会科学的な分野でもあります。自分が大学時代にいろいろ社会を知って、今都市工学にいる、という面があるので、いろんなことにチャレンジして社会を知ってほしいです。世の中にはいろんな課題があるということを、素朴な気持ちで興味を持ち、それが自分が解決することになるかどうかは分からないけども、そういう経験を積み重ねれば人生が豊かになると思います。

あとがき

長らく続いているUT-Lifeのイベント・サークル紹介ですが、今回はUT-Life初の、大学院生からなる学生団体の紹介となりました。大学というと、何かと学部1年生~4年生のことに目が行きやすく、私の高校でも、進路講演会などで大学生が来ることが何度かありましたが、大学2,3年生ぐらいが中心で、あまり「大学の研究」という切り口での話は聞いたことがありませんでした。  大学院生というと専門性が高くなり、大学の中での活動範囲が狭くなるといった印象を持つのでしょうが、積極的に社会に自分の研究を発信し、他の分野の大学院生との交流もしようとするところに、大学院生のすごさを感じました。

リンク

大学院生出張授業プロジェクト “BAP”ホームページ:
http://sc.adm.s.u-tokyo.ac.jp/bap/