劇団サーカス劇場

清末さん・森澤さんインタビュー(1/2)

 森澤さんには、シアター・マーキュリーのサークル紹介という形で、以前にもインタビューをさせていただいたことがあります。今回の取材もまた、サークル紹介という形の記事ですが、以下にご紹介する『劇団サーカス劇場』は、学生サークルではなくプロの劇団として活動しています。東大生あるいは東大OBであり、同時に演劇のプロとしての道を歩んでいく彼らの姿を取材しました。


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─まずは、劇団サーカス劇場について簡単な紹介をお願いします。

清末
 僕はもともとシアター・マーキュリーにいたのですが、そこで脚本と演出をやって、自分の世界をつくりたいという思いを強く持っていました。2年生から3年生にかけて多くの人が引退していく時期、このままやめるには芝居があまりに好きなので、つくったのがこのサーカス劇場です。今から5年前のことですね。
 当時は、この道でやっていくかどうかはまだ固めておらず、またメンバーも学生しかいなかったので、卒業や就職活動で芝居をやめてしまう人も多かった。一方で僕は大学院に進み、長いこと演劇と大学の二足のわらじをはいていました。そんなときに森澤と出会い、芝居の道でいけるとこまでいこうと腹をくくったわけです。最初は駒場でやっていましたが、最近は外でも公演するようになりました。今度の10月に駒場で最終公演をやって、華々しく駒場を出ていきます(笑)。

清末さん・森澤さん

─舞台をつくるときに、特にこだわっていることはなんですか?

清末
 一言でいうと・・・“迫る”ということかな。あの人はこう言ったからこう考えているんだ、あの人とあの人がくっついてめでたいね、というように観客に頭で理解してほしいのではなく、役者から滲み出ているものを感じ取ってほしいんです。役者主導で物語が進んでは行くけれど、日常とは遠いテーマであっても、観客も同じ空気を呼吸することはできる、そこから何かを感じてもらえればいいと願っています。

森澤
 サーカスの芝居は見ていて難しいと言われることもあります。でも、難しいことを伝えたいというわけではなくて、役者を前面に押し出すことを大事にしています。その瞬間その瞬間に、役者がどれだけ輝いているかが勝負なのです。それを可能にしているのが、清末浩平のつくる台本です。今まで口にしたことのないような台詞を書いてきて、今の自分では届かないところまで行かないといけない、そんな役者冥利につきる台本を、清末浩平は与えてくれます。

清末
 これまでを少し振り返ってみますと、劇団を立ち上げたときは、他の劇団がやらないようなアツいこと、めちゃくちゃなことをしようと思っていました。第3会議室(編注;駒場のキャンパスプラザ内)で旗揚げ公演をしたとき、すごく狭い舞台で役者がぐちゃぐちゃやるような芝居をやりました。僕は一般にアングラ演劇とくくられるような芝居が好きで、それをさらに推し進めた“どアングラ”なことをやろうとしたのです。その後、演劇形式を破壊してその可能性を探ろうという野望の下に、社会問題とリンクした芝居をつくるなど、様々な実験を重ねてきました。そしてついに、濃密なドラマへと決定的な回帰を果たしたのです。
 僕はもともと幻想文学のような濃密な物語が好きだったので、豊かな芝居・骨太なドラマという方向性は、僕の原点だといえます。例えば第5回公演『幽霊船』も、そのような流れの中で、夢の島での第五福竜丸という絶対的な他者との出会いをもとに書いた脚本でした。歴史を背負った圧倒的な物体を目の前に置いたとき、それに対して自分たちの想像力がどれだけ迫れるのかを演劇で試そうとしたのです。
 また一方では、自分の脚本ばかりやるのもどうかなということで、既成の名作(『カリギュラ』)もやってみました。こうしてみると、すごく乱暴な話ですね(笑)。でも、ぐるぐると色々なところをまわりながらも、少しずつ進化していければいいなと思っています。

─駒場での演劇活動と大学の外でのそれとでは、どのような違いがありますか?

清末
 大学のなかで芝居をやると、やっぱり認知度が低いということがいえます。また僕は、演劇はまちのなかでやるべきと考えていて、ある意味で俗世と切りはなされている大学のなかだけでなく、一般の人から見たときに、まちのなかで起こっている事件の1つとして演劇を考えて欲しいと思っています。

森澤
 駒場のいい点は、様々な人とのつながりがたくさんできたことですね。ただそのために、なんとなくこうすれば演劇がつくれるというように、駒場で芝居をやることが簡単になってきてしまったという面もありますが。次回公演は、それとはちょっと違ったものを目指していますよ。

清末
 ただ何といっても、駒場小空間はやっぱり思い出深い場所ですね。うちの劇団には、あの小屋でしかできない演出というのがあって、自分が演出を始めたときからやっているマル秘の決まり手があるんです(笑)。あと、大きくて使いにくいところもあるけれど、演劇を始めたときからあの小屋でやっているので、広さと自分の演出の発想がマッチしていると思います。

清末さん・森澤さん

─演劇活動を行う立場からすると、東大とはどのような場所ですか?

森澤
 演劇と大学の両立は大変です。清末さんは、ちゃっかり単位も取って修士論文も出したけど、僕の場合は東大に気に入られたみたいで、なかなか大学が離してくれなくて……(笑)。ただ、大学生という立場で、普通に大学の外で演劇をやっている人と話すとき、少しやましい部分もあるのも事実です。が、自分もお金をとっている以上、プロとして芝居をやっているし、学生サークルとは違うスタンスで演劇活動に臨んでいます。一方、東大生の役者というだけで、他の人から覚えられやすいという小さな利点もあります。

清末
 東大には自分の身をしっかり守る人が多く、危ない橋を渡ろうとする人は少ないと感じています。僕は危ない橋を渡る人ですから、そういう時についてくる人はあまりいなくて、演劇をやめていく人も多い。そういう意味で、組織の問題として演劇をやりやすくはなかったと思います。
 一方で、東大にいて良かったのは、ものすごく勉強になったことです。もし演劇しかやらなかったら、つまらない人間になってただろうなと思います。演劇など全く関係のない友達と、哲学や文学、映画、色々なことについて、他ではできないような深い話ができたことは、本当に良かった。僕はそれほど熱心な学生ではなかったけれど、友人に刺激されて演劇とはあまり関係のない本をかなり読んだことで、逆に演劇の可能性が見えてきた部分も大きいと思います。東大という教育機関のなかで、アカデミズムと演劇という選択肢から自分の進むべき道を平等に選択できたのは、ありがたい体験だったと思っています。


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掲載日:06-09-19
担当:菅原慎悦
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