科学コミュニケーション活動の二つの要素

1.大学院までのこと・執筆者として | 2.科学コミュニケーション活動について・現在の活動


科学コミュニケーション活動について

 科学コミュニケーションというのはもともとヨーロッパで盛んに行なわれていた活動で、イギリスで問題になった狂牛病が一つのきっかけになっています。イギリス政府は狂牛病は人にはうつらないと言って、安心して牛肉を食べてもらえるようアピールしていたんですが、96年になって、実は人にも狂牛病の影響が出るということが分かり、それを発表したときに国民が非常に怒って、研究者への信頼というものが非常に失墜しました。そのころから、「研究者には政治家の陰に隠れていないでちゃんと話をしてほしい」という意見が非常に強く出て、自然発生的にレストランなどのオープンなスペースで専門家と市民とが直接話し合う、サイエンスカフェという活動が活発になってきたんですね。昔からヨーロッパでは、哲学カフェなどのように専門家と市民とが話すという文化があって、そういった活動が流行る地盤があった訳なんですが、狂牛病のことがきっかけになって、専門家と市民との双方向コミュニケーションが活発になってきたのです。科学で全ては分かっていなくても、政策決定としては何か線を示さなければいけないといった時に、色々な人を巻き込んで、その解を探していかなければならないのです。そういったことを色々な人を含めて決定していこうというのが、ヨーロッパでの科学コミュニケーション活動でした。

横山広美さん

 ところが、日本を含めて世界的な傾向で、いわゆる理科離れというのが言われていて、その一つの解決ツールになると良いなということで、理科の普及や理科教育のために、科学コミュニケーションが日本に取り入れられたんです。2005年に科学コミュニケーターと呼ばれる、科学と社会の仲介者を養成していこうというようなコースが東京大学・早稲田大学・北海道大学に出来たんですね。どっちが良くてどっちが悪いかという話ではないですが、日本にはヨーロッパの活動とはちょっと違う意味合いで、非常に政策的に取り入れられました。

 ここで、科学は大事だからしっかり科学を伝えなくてはいけない、ということは皆さん分かっていると思うんですけど、ただ楽しいからとか、ただ大事だからとか、そういうこと以上にもっと深刻な話なんです。現状として広く知られていないけれど、実は基礎科学というのが色んな所で潰れ始めていて、今のうちに手を打っておかないと、将来の基礎科学が本当に狭い中でしか行なわれなくなってしまい、人類にとって非常に大きな財産を損失することになると思っています。どういうことかと言うと、例えばイギリスでは、この数年間に二十数校の大学やカレッジで化学科が閉鎖されているんです。研究評価によって交付金を決める制度が悪いのですが、学生数が減ったり実験費用がかさんだりすることで、非常に科学の基本である化学という学問をどうしても閉鎖しなければならないというような状況にあります。日本でも、数年前に都立の大学に大きな改革があって、その時に理学部によく分からない学部名が付いてしまいました。外からは基礎科学をやる大学でないように見え、それ以降入ってくる学生は基礎科学を目指さない訳ですから、これは非常に大きな問題なわけです。こういった問題は市立の大学でも起きていて、都とか市とかそういうレベルでもう起こってきているわけです。これは、基礎科学というのがどういう風に受け取られているのかということを如実に表していて、明日・明後日ではないかも知れないけど、10年後・20年後にはまさに私たち自身に降りかかってくる問題だと思うんですね。基礎科学というのがどれだけ重要で、どれだけ凄いことをやっているのかを社会に対して強くアピールしていかないといけないのです。広報をやっている人達でもこういうことを言う人はあまり居なくて、おそらくみんなは、「アウトリーチ(※研究成果を一般市民に伝える活動)を一生懸命やって理科好きな人を増やして、社会のサポートを得られると良いよね」という感覚なんだろうと思いますが、実はかなり深刻な状況にあるというのが私の認識です。もう個人のレベルではなくて、組織とか日本とかそういうレベルで取り組んでいかなければいけないことなんですね。なので、私が執筆の仕事をしている時は、自分が楽しくて自分のために自分の表現をしていたんですが、今はちょっと逆の意識を持って動いていて、将来の日本や世界のために、今みんなと一緒に何が出来るのか、という使命感を強く感じて活動をしています。

 ここまで、科学コミュニケーションの中でもアウトリーチに関することを言ってきたんですが、科学コミュニケーションには研究者間のコミュニケーションという側面もあると私は思っています。一番簡単な例で言うと、論文捏造などの研究者倫理についてです。競争の激化と論文捏造とポスドク問題とは全てが絡み合っている問題なので、どれか一つが解決すれば片付くというものではないですが、研究者とはどのような立場で何を守らなくてはいけないか、ということは少なくとも学ぶ必要があるんですね。そして、私が東大に来てこの1年間に理学部の先生達とずいぶん話をさせていただいて、幸いなことに2008年度から「科学コミュニケーション」という科目が開講されることになりました。主に、研究者倫理や最近の歴史などの皆が知っておいた方が良い事を認識する科学コミュニケーションの授業になります。アウトリーチというのは、もはやボランティアではなくて自分たちが生き残っていくための手段なので、どうしてアウトリーチをやらなければいけないことになったのか、というのを認識した上でやる必要があります。そのベースを作るための科学コミュニケーションの授業というのは研究者にとっても先生にとっても大事だと思います。

横山広美さん

 このように、科学コミュニケーション活動には二つの要素があって、研究者の中での問題を自分たちで解決するために考えることと、それを考えたからこそ出来るアウトリーチとがあります。とにかくアウトリーチをしないといけないとよく言われるけど、ただ楽しんでやるというアウトリーチは非常に浅いもので、何のためにやるかという目的がはっきりしたアウトリーチはクオリティーが高いと思うので、二つの要素の両方をしっかりやっていかなければいけないと私は一生懸命言っています。

 2005年に科学コミュニケーターを育成するためのコースが出来て、そういったところで科学コミュニケーターが出てくることはすごく良いことですが、私は研究者自身がアウトリーチ能力を持つことが合理的だと考えています。アメリカの天文学者のカール・セーガン(1934-1996)という方は非常に立派な研究者であると共にアウトリーチの達人だったわけで、そういうカール・セーガンのような若手がいっぱい出てくると良いなと私は思っています。社会的なリテラシーを持った研究者達を育てて、その人達がアウトリーチが上手であるという状況が非常に望ましいので、良い研究者が持つべきアウトリーチスキルについての教育をやっていく必要があるでしょう。カール・セーガンが活躍した時代は、研究だけではなくアウトリーチも頑張る研究者は、研究者仲間から冷遇されました。しかし時代は変わったと思います。これからはどちらも頑張る研究者が評価される時代になるはずです。

総研大での研究について

 総合研究大学院大学(以下、総研大)は私が興味を持っている、科学と社会の問題について研究をしている先生が多く居らしたので、修士の頃から総研大の勉強会には出入りしていました。そして、博士を出る時に総研大の先生に誘われて、ポスドクという立場で総研大へ行き、科学コミュニケーションの地盤となるような調査研究を行なっていました。理系の大学院生に知っておいてもらわなければいけないことに関する授業を組み立てる仕事や、科学の歴史を映像で残すプロジェクトを担当していました。当時は、大学の仕事にあまり時間をとられず、執筆の仕事も充実してやっていくことが出来ました。

東大での広報活動について

 今は東大の大学院理学系研究科・理学部で広報を担当すると同時に、科学コミュニケーションの大学院教育、研究をしています。理学部の広報には歴史があり、例えば広報誌(理学部ニュース)は1969年から教員によって執筆が行われ、現在も続いています。理学部では私が来る前から広報委員会を作って上手に運営されていて、今も熱心に先生の方々がサポートしてくださるので、非常に上手く理学部全体として一体感を持ちながら活動することができています。一般的に大学広報の仕事には3つの要素があります。ブランドを構築すること、リスクを管理すること、そして研究内容の広報です。東大では、東大というブランドを作る仕事と、不祥事や事故に対応するリスク管理は、本部の広報課が一括して運営しているので、私の部局では研究の内容の広報、ひいては将来科学を勉強したいと考える若手を育成するための活動を担当しています。50人の高校生に対して講演をしたり大学院生が質問に答えたりするサイエンスカフェや、500人くらいのお客さんを呼んで行なう公開講演会や、記者会見などの運営をやっています。

 また、2007年夏に0to1という学生グループを設立し、40名ほどの学生達と一緒に色々なアウトリーチのプロジェクトを走らせています。例えば、ポッドキャストや映像などの新しいツールを使って、情報を欲するところに適確に情報を発信していくようなシステムを作っていきたいなと思っています。それ以外にも出前授業や、研究者達がお互いの研究を勉強し合う会などをやっていて、新しい何かをやっていこうという心がけで、こちらも学びながら、若手の学生達とアウトリーチを頑張っています。

学生へのメッセージ

横山広美さん

 研究者という仕事があるわけではなくて、研究がやりたくて、それをやっている人が研究者になるわけです。私の場合も、執筆の仕事はそもそも確立してなかったし、どうなるか不安だったけど、好きな仕事を目指したおかげで、色んな機会に恵まれて、関連する仕事に関われるようになったんだと思っています。仕事ありきではなくて、やりたいことありきです。好きなことを見つけて、好きなことだけを切にやっていけば、オンリーワンの良い将来が開けると思います。

プロフィール

1975年生まれ、東京出身
2004年 東京理科大学 理学博士
2004年 東京工業大学大学院 理工学研究科 特別研究員
2005年 総合研究大学院大学 葉山高等研究センター 上級研究員
2007年 東京大学大学院 理学系研究科 准教授

専門は、広報・科学コミュニケーション。サイエンスライターとして、「光と人の物語 〜見るということ〜」(ニコン)などの作品がある。

リンク

横山広美:オフィシャルページ

ニコン「光と人の物語〜見るということ〜」

東大大学院理学系研究科科学コミュニケーショングループ 0to1(zero to one)


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記事掲載日:08-03-25
担当:麻生尚文
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