コミュニケーションから学びへ

1.東大卒業生として | 2.学習学=ラーノロジー


本間正人さん

勉強はなんのため?

 1992年に山田宏氏の提案で学校施設をもっと地域に開かれたものにしようと一緒に考えたとき、気づいた点がありました。教育的な発想が強すぎるために学習意欲が下げられている、学習者側の視点が欠けている、と。高度成長期が過ぎ、大人たちは「何のための勉強か」を説明できなくなった。けれどとりあえず勉強をさせたいと思い、教育側に回り込んでしまう。しかし、学力テストの点数が下がることは結果であって問題ではないですよね。問題は学習意欲の低下です。

 学習力とは、そもそも人間に備わっています。生きるすべを学ぶこと、その生きるエネルギーは全ての生物が持っています。人間の学びには、過去の蓄積されたものの吸収と、人間関係の中から新しい可能性を引き出すという学習があります。教育者の立場は現在、前者のほうにバランスが傾いてしまっています。例えば大学の教育学部のトレーニングにおいても、ものを教えることは教えても、人を育てること、それをサポートすることのトレーニングはほとんどありません。

人間の学ぶ力とコミュニケーション

 これは、教育の現場だけでなく、社会的な人間関係の問題でもあります。例えば今の学生だと、マリオとかテレビゲームをやったことあるでしょう?ゲームが国を超えて世代の間で共有されたことで逆に世代間のコミュニケーションギャップが大きくなってしまった。核家族化によって子どもは成長する過程で親、先生、同級生、というその三種類の人間関係の中でしか生きる経験がない。兄弟もいないことは少なくありません。だから社会に出たときにわけの分からない人たちと接してショックを受けます。前の世代まで蓄積されてきたものが今までは世代間で伝わってきていたのに、どこかでそのつながりが切れ、今、伝わっていないんじゃないかと思います。

 コミュニケーションを通した人間関係の中の学習というものにウェイトを置く理由は、いまの教育で教えているようなことは、技術的にe-learning(コンピュータを利用した勉強方法)でできてしまうようになってくるからです。一対四十のクラスで授業を受けるより、一人ひとりが自分のペースで自分の時間に学べるようになります。しかし、やはり学校にしかできないことがあり、それが社会性を学んだり、コミュニケーション能力を高めたり、チームワークで何か一つのものを作り上げていくということ、それはe-learningではできないことです。

本間正人さん

 義務教育というのは、教育を受ける子どもの権利を、親や学校そして社会がサポートするという義務です。学習者という視点を失えば、それを駄目にしてしまうかもしれません。サポートするということは、人を信じて可能性を引き出すこと。失敗からも成功からも多くのことを学ぶ可能性が人間にはあると私は信じます。

 教育=Teachingは外側から内側に対して教え込む、しかしそれでは学習意欲は伸びません。だからコーチングという内側から外へ引き出す方法を考えています。教育学に変わる、教育学を超える、「学習学」を創っていきたいと、そう思います。


本間正人氏:
1959年、東京生まれ。1982年、東京大学文学部社会学科卒業後、松下政経塾、ミネソタ大学大学院修了(成人教育学博士号Ph.D)。
ミネソタ州政府貿易局日本室長、松下政経塾研究部門責任者、NHK教育テレビ「実践ビジネス英会話」講師などを歴任。
現在、NPO法人学習学協会代表理事、帝塚山学院大学客員教授、有限会社ラーノロジー代表などを務める。


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記事掲載日:05-12-12
担当:熊沢直美
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