自分を発信して
1.フリーランスのデザイナーになるまで | 2.デザイナーとしての資質
独学で何とでもなる
本の企画は、私と編集者との雑談の中で生まれることが多いです。この取材のきっかけになった『Photoshop漫画テクニック』もそんな感じで、編集者からのメールの隅っこに「今度、某漫画制作ソフトのハウツーやってよ」という一言があったので、わたしが「Photoshopでも描けると思うけど(たぶん)」と返信したら、数日の間に企画会議を通過し、やれ、今すぐやれ、ということになったという。結果的にこの本はとてもよく売れてびっくりしたんですが、会議室で根つめて考えるより、こういった日常の隙間から出てきたのがよかったんでしょうね。Photoshopでカラーイラストを描く、という本は比較的たくさんありますが、モノクロ漫画を描く、というものはそんなになかったので。
ちなみに企画段階では、Photoshopでの漫画の描き方はほとんど知らなかった(笑)。線の引き締め方と、トーンの貼り方の目処はついてたけど。あとは実際に色々な漫画を見ながら、「これをPhotoshopで再現するには、どういった操作をすればいいんだろう」ということを片っ端から試していきました。そしたらどうにか1冊分になりました。入りきらなかったのでネタ削ったくらい。

『FlashMaker Motion Design』
つまりわたしはどうやら、世にある色んなものや作品を見て、「これはどうやったら作れるのか」ということを考えて、その作り方を解読するのが得意なようです。最初に単著で書いた本は『FlashMaker Motion Design』という本でしたが、これはソフトを触ったこともない状態からスタートしました。「Flash Maker」というのは、アクションスクリプトがかけなくても、プリセットを選んでいけば手軽にFlashが作れるソフトで、使い方しだいで無限の可能性を感じたわけなんですね。それで、いろんなFlashサイトを見たり、TVや映画の映像効果を何回も見てコマに分解したりして、これをこのソフトで再現するにはどうすればいいかというのを考えて、1冊書きました。狙った効果はだいたい再現できましたよ。
フリーランスゆえの仕事観・忙しさ
どの業界もそうだと思うんですけど、ただやる気があるだけではお金になりません。自分なりのコンテンツを持っていて、しかもそれが売れないといけない。確かに自分が苦労して作った本を見て「よし、また作ろう」と思うのも大切ですが、ビジネスですから、やる気プラス具体的に売れるコンテンツを持っている人間に仕事が来るのが当たり前です。だから読者のニーズ、知りたいことを提供するための本を作ることしか考えてないですね。同人誌とかやってたので、もう自分のつくりたいものは自分でつくれることがわかっているし、それを商業誌でやる必要なんてないんですよ。
こういった仕事観を持っているので、売れているものや流行っているものには敏感ですね。よく街の中を回ったりして、流行っているものをチェックしています。あとは本屋をうろうろして、ジャンル問わず売れている本を調べたりもします。本の内容だけではなくて、ページレイアウトとか段組みとかもよく観察します。最近では自分の本のレイアウトを一部手伝ったりすることもありますから、その参考にしています。
フリーランスなので、自分の都合でスケジュール組めるのは便利です。わたしはやることにムラがあるタイプで、手をつけたら終わるまで休まなくても苦にならないので、このスタイルのほうが向いてるでしょうね。朝起きて、ごみ出して、仕事して、ご飯たべて、仕事して……の繰り返し。たまにご飯たべるのを忘れて編集者に怒られます。でもまあここまで集中してないときもあるので、そういったときは写真を撮るために出かけたり、その辺をぶらりとして流行などをチェックしたりしています。

『花花素材集』
これからの予定は、執筆が何本かある以外は、特に決まっていません。飽きっぽいので、何するか自分でも予想つきません。身軽なのが好きなので、事務所とかはつくらず、自分の手に負える範囲で仕事してます。あっ、そろそろ『花花素材集』というのがでるので買ってください。生協にも置いて(笑)。
意外に役に立つ学校でのスキル
こういった仕事をして思うことは、学校で学んだスキルが、いつ、どこで役に立つかわからないということです。作文のセンスがあれば、本を書いたりするのはもちろんのこと、説得力のある企画書が書ける。コピーも書ける。英語ができればその便利さはいうまでもない。あまり熱心ではなかった美術史のわずかな知識も、今すごく役に立ってきてるので、学びなおしてるとこ。
デザインで意外にじわじわときいてくるのが数学です。以前は「三角関数が何の役に立つの?」って感じでしたけど、今のコンピューター社会では間違いなく役に立ちます。私もデザインする過程で、「あーあの関数がわかりさえすればここの長さが正確にわかるのにー!」といった場面にちょくちょく遭遇します(実際はもう完全に忘れているので定規ツールで測る)。問題が解けなくても、数学的な勘があるだけでもいいんじゃないでしょうか。高校の範囲までで十分なので、できるだけ忘れずにおぼえておいたほうがいいと思いますね。
自分を発信し、センスを磨く
わたしがこうして色々執筆させてもらえたのには、いくつかの鍵があります。その一つが自分のWebサイトを作ったことですね。請け負った仕事だとどうしてもクライアントが必要とする絵ばかり描くことになります。それはそれで面白いこともあるのですが、そればっかりだと世界は広がらない。空いた時間に、自分の描きたい絵をいろいろ描いてみて、適当に溜まってきたのでWebサイトを作って載せてみた。ただ、Webサイトを作るだけでは誰も見てはくれませんから、並行して色々なCG投稿サイトや読者のお便りコーナーあたりに作品を送ってみたりしました。そういったものをたまたま見た編集の方が声をかけてくれたらしいです。そうして本や雑誌に書いた記事を見て、また他の方が声をかけてくれた。ここ2,3年はそういう感じで仕事してます。
運が良かっただけ、という見方もできます。少なくとも本人はそうとしか思ってないんですが(笑)。でも、私が色々なところに自分の作品を発信してなければ、こういう状態にはならなかった。だから、届くか届かないかはわからなくても、発信し続けるというのは大事だと思います。
自分と同じ道を歩みたい人へ
そんな人いるのかな(笑)。そもそも職種といえるのかどうかも微妙ですし、わたし自身目指していたのではなく、成り行きでなった程度のものです。あまりいないとは思いますが、こういう仕事(グラフィック系のテクニカルライター)をしてみたい人は、デザインと文章両方のセンスを磨く方向でがんばってみるといいんじゃないでしょうか。そのなかでもデザインセンスのほうが、よっぽど重要。最悪、文章は編集者がどうにかしてくれるので。さらに構成力があればばっちり。東大生には向いてると思いますよ。テクニカルライターじゃなくて、デザイナーになりたいなら、デザイン事務所に就職するのが手っ取り早いと思います。わたしみたいな釣り系は一つの手段ではあるけど時間かかるし、ばくちだからあまりおすすめできない。昔と違って、素人でも独学でどうにかできるという認識がある時代だから、ある程度素質あればどうにかなるんじゃないでしょうか。
わたしが自分の道を決める(というか踏み外す)ときに大事にしたのは、「(迷惑にならない範囲で)自分の好きなことをやる」ということでした。私は誰に指示されなくても、べつに金にならなくても絵は描くし、デザイン考えるし。それはそういったことが好きだからです。とにかく描いていました。それが今につながったわけです。ビジネスとして軌道に乗せたいのならなおさら、そういった魂みたいなのは必要です。デザイナーってかっこいい、とかいう憧れだけでなろうとすると、たぶん続かない。正直そんなに儲かる業種でもありません。
今はネットがあるから、ものづくりを仕事にしたい、って思ってる人はまず、どんどんそこに自分の作品を流せばいいでしょうね。パクられる、とか気にしているうちは仕事にもならないよ。色々なところに釣り糸をたらしておくことが大切です。業界もつねに人材を探していますし、とにかく自分を発信していくことです。せっかくこういう時代に生きているのだから、これを活かさない手はないでしょう。
学生へのメッセージ
アカデミック版(編注:学生や教職員向けに安く売られているソフトウェア)買うならいまのうち(笑)。学生の身分であるというだけで、値段が半額かそれ以下になるんですよ。いいなあ。後はそれをアップグレードしていけばいいのです。まあこれは例だけど、学生であることの特権は沢山転がっていると思います。得られる恩恵はすべて受けといたほうがいいですよ。
あとは「せっかくだから勉強しろ」と。ぜんぜん勉強してなかったわたしに言われたくはないだろうが(笑)。東大生は当たり前に思っているかもしれませんが、よくよく考えると一流の教授陣がそろっている大学です。先生に気軽に質問できるのも今のうちです。卒業しちゃったら、なにか聞きたいことがあっても、電話して、アポイントとって、時間通りに訪問して、面倒でしょ。図書館も、蔵書数や蔵書の幅などで他から群を抜いています。東大生は無条件でそういった恩恵を受けられるわけです。恵まれた環境を利用して、自分を高めていってください。
わたしが学生の頃は就職氷河期で、なんかみんな未来に対して焦ってました。わたしも含めて。インターンとか、起業サークルとかが流行ってたような。学生ベンチャーブームもあったしね。今の空気はわからないけど、とくにやりたいとは思ってないのに、将来のために焦ってそういったことに流されていてはもったいないなーと思うんです。いやもちろん、先のこと考えて動いてる人はほんとにすごいと思う。どんどんやってください。ある意味コケてもダメージが少ないのは学生のうちだろうし。でも勉強したいなら、無理して働き癖をつけとく必要はないなあ。仕事のノウハウなんて、東大生なら1ヶ月もあればおぼえられますよ。学生は学生のときにしかできないことをやってください。停滞してるようにしか見えないかもしれないけど、そういった何でもないようなことが、思いもよらぬ自分を発見するのにつながることもありますよ。
プロフィール
井上のきあ
デザイナー&ライター。文学部歴史文化学科美術史学専修課程卒。
URL:http://www.slowgun.org

『キャラクターをつくろう!Photoshop漫画テクニック』
ビー・エヌ・エヌ新社

『10日でおぼえるPhotoshop入門教室 CS2/CS対応』翔泳社
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