デザイナーという生き方

1. デザインとの出会い | 2. デザイナーという生き方

迷い

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 第一の迷いは、大学の進路決めでした。文科系に行くか、理科系に行くかという迷いですね。数学や物理が得意だったから理系かなと思っていたのですが、職業としてのイメージがなかったのです。むしろ政治家の方が面白いかな、なんて思っていました。第二は、漫画にのめりこむ前です。「自分は何がしたいのだろう」ってことで悩んでいましたね。一度スピンアウトして漫画漬けの日々を送った後、デザイナーになろうとか、日産からフリーへ活動を移そうとかの場面ではほとんど迷わなくて、むしろ気軽にレーンチェンジできました。日産に行くことも、「なぜ日産?」というよりは「出会い」や「縁」があったからでしたし。フリーになってしばらくしてから、東大の助教授としてデザインを教える立場にオファーされた時も、守るべき生活があるような気もしていなかったので、二つ返事でした。実際、学生時代にお世話になった教授からは怒られました、「条件や処遇を聞いてから決めなさい」って(笑)。フリーランスとしての生活は、なま易しくないもので、家賃も払えず電話まで止められそうになった時期もありましたが、それでも思ったより「悩んだ」という記憶がありません。妻はフリーランス積極派でしたし、仕事のない時期には近くの喫茶店で、のんびり二人でオセロやバックギャモンなどのボードゲームをやって過ごしてました。

 デザイナーという職業は、フリーランス志望の多い職業です。インハウスデザイナーといって、会社務めのデザイナーも少なくありませんが、感覚的なものを会社の都合に合わせるのは結構ストレスがたまるものです。よく学生や若いデザイナーから作品を見せられ「フリーでやっていけるでしょうか?」と相談されます。私は決まって「フリーランスというのは生き方だから、実は能力とはあまり関係ない。フリーランスの中にだって優れた人もいるし、そうでない人もいる。むしろ大切なのは性格だね」と答えます。集団の中で活躍したいのか、個人のままでいるのが好きなのかということの違いですね。

 フリーランスとして生きていくうえで重要な資質があります。それは、「孤独に耐性があること」。売れていない間は社会から相手にされないんじゃないかという孤独感もありますし、誰にも相談せず直ちに決断しなくてはいけない状況が必然的に増えます。大変なようですが、一方で誰にも命令されず、自分で決めたことが後の人生をことごとく決めていく事自体に、例えようのない高揚感もあります。そうした孤独感と高揚感という、相反する感情の起伏を楽しめるような性格でないと、フリーランスは長続きしないでしょう。

 東大の話に戻せば、東大生は積極的にフリーになりたがらない傾向があるような気がします。受験そのものには、課せられた目標に対して従順な人材が成功してしまう面がどうしてもあります。出題に対してなぜ?と深く考えることは受験勉強においては意味がありませんからね。受験勝者を集める東大は、フリーランス向きではない人材をそろえているのかもしれません(笑)。

デザインについて

 デザインは一般的にはアートの一分野と思われていますが、実は案外サイエンスなんです。よく「デザインか、機能か」という言葉を耳にします。この場合の「デザイン」は「見た目」のことだと思いますが、それは僕の職能である「デザイン」のごく一部に過ぎません。本来デザイナーが目指すべき「良いデザイン」とは、かっこよさと機能が絶妙なバランスで両立している状態のことです。「デザイン優先」という言葉がありますが、見た目を優先して機能を損なっている商品の状態を表しているとすれば、それはむしろ「悪いデザイン」でしょう。

infiniti Q45
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 良いデザインを得るためには、地道で科学的な手法をとる必要があります。例えば、ユーザービリティ(使いやすさ、わかりやすさ)について、デザイナーが美的感覚を元に「こうしたらどうかな」と即座に提案したものはなかなか当たらない。アートの場合は感覚的なファクターだけで人々の心を動かすことができますが、デザインに要求される「使いやすい・使いにくい」の軸に対しては、アートのやり方があまり力を発揮できません。「使いやすさ」をデザインするためには、試作品でテストし分析した結果から仮説を立てて、また試作品を作って…その繰り返しが有効です。まさに実験科学のアプローチなんです。

 もちろん美しさや心地よさを探すことも、デザイナーの重要な仕事です。でも実験検証で、人を感動させることはできません。アーティストがひたすら自分の感覚や技能を磨くことで可能になります。つまり修行です。私が他のデザイナーより優れている点があるとしたら、サイエンスのやり方をそれなりに学んできたことで、地道な実証をいやがらない点だと思います。デザインそのものについては日産でしか学びませんでしたが、当時の自動車デザインは工業デザインの中でも花形の存在でしたから、世界中から優れたデザイナーが集まっていつも刺激を受けていました。そんな中で修行ができたことも私にとっては大きな財産です。

モチーフ

Morph3
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―次に、山中さんの作品の多くには生物をモチーフとしたデザインが多いことについて、その理由を伺った。

 その質問はよく聞かれますが、実はあまり意識はしていないんです。ですが、僕の中には一つの確信があって、それは「サイエンスが生命に学ぶ段階に来ている」のだということです。バイオミメティックアプローチなどと呼ばれていますね。私たちの科学は本当に精妙になってきました。最初に言ったように、あらゆる道具が生物の特徴である自律性を持ち始め、状況に応じて機能を柔軟に変化させることができるようになってきました。それを設計する方法についても、生物と同じように遺伝的アルゴリズムや、複雑系の手法を用いて、開発するやり方がはじまっています。構造、性能、製造方法などいずれもが、生物のやり方に近づきつつあるのです。こうしたことを意識してデザインすると、かたちにもある種の複雑さや柔軟さが反映されることになります。かたちの上で生物に似せようと意識する事はあまりないのですが、結果としてある種の生物に似てしまうことも少なくないし、それはそれでいいと思っています。

 デザイナーには時代認識が必要です。生物に学ぶ手法というのも、いまの歴史観の鍵が「生物」なんじゃないかと思って、それに則ってやっています。常に自分の作品が歴史の中でどういう位置にいるのかを考えることはとても大切です。

 「抽象」がアートの中ではっきり意識されるようになったのは、19世紀後半から20世紀の初めの頃でした。それまでの絵画や彫刻は「本物そっくり」であることが重要だったのですが、20世紀に入って、自分たちの頭の中だけで考えられてくる幾何学形態やパターンもアートとして認められるようになりました。その時代に、世界中に機械仕掛けの抽象物、例えば鉄とガラスで出来た建築物や乗り物、道具がどんどんと増えてきたのは偶然ではありません。科学がもたらす新しい景観が美意識を変化させ、美意識の変化が新技術の生活への浸透を促進します。時代の美意識と科学は、非常に密接に結びついているものなのです。

 この同時代的な現象が、デザインすることの手がかりになります。だから歴史認識が重要なのです。最初に言った「かたち」と「機能」が一致する場所を探す鍵は、新しい技術思想の方向と、新しい美意識が向かう方向の重ね合わせにあると考えています。もちろん、サイエンスとアートの方法は全然違いますから、お互いが完全に融合することはありません。一つの製品の中で「絶妙な接点」を探す、これが私がやっているデザインという仕事です。

 このように考えてきたベースは、私自身のハイブリッドな生き方にありました。理系を選んだ一方で絵を描くことも志していたこと、試験中に絵を描いて棒に振ったこと、一度は漫画をあきらめて工学部に行ったにもかかわらず、デザイナーという職業に就いてしまうこと、フリーのデザイナーをしながら工学部の助教授になったこと。アート系とサイエンスの間を行ったり来たりする人生ですね。最近はこれらが本当に同居するようになりました。

 プロトタイプ(試作品)という形で、キーボードやロボットなどをデザインしていますが、それらの多くはクライアント(お金をくれる依頼者)のないものです。ただ働きになることも少なくないのですが、だからこそ、サイエンスの夢とアートの夢の接点がそこにある。近代産業は同じものをたくさん作ることで高機能で高品質なものを安く多くの人に与えてきました。しかし、そうやって均質な幸福をばらまくことのほころびがいろいろなところで見えてきました。科学と芸術にはもっと多様な、様々な出会いがあるはず。僕はそれを探してささやかな挑戦をデザインという方法で行っているわけです。難しいことですが、少しずつ協力してくれる人も増えています。これからもデザインを続けていきたいですね。

取材後記

 山中さんは、生き方そのものまで「デザイナー」なのだと感じました。学問で生活していくことと趣味を大切に生きていくことの中間に「デザイン」を発見したときの山中さん自身の衝撃はどのようなものだったのか、想像するだけでもわくわくしてきます。


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山中俊治(Leading Edge Design代表)
1982年 東京大学工学部機械工学科卒業
1982-1987年 日産自動車エクステリアデザイナー
1987年 フリーの工業デザイナーへ転向
1989年 "INFINITI Q45"でグッドデザイン賞受賞
1991-1994年 東京大学工学部助教授(工業デザイン)
1994年 Leading Edge Design設立と同時に代表就任
2001年 "Tagtype"でドイツのiF Product Design Award受賞


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記事掲載日:07-02-06
担当:野島史暁
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