薬学部長インタビュー

 平成20年で創立50周年を迎えた薬学部は、その歴史の中で常に時代の先端を行く研究を行ってきた。今回は、そんな薬学部の研究領域などについて、薬学部長の杉山雄一教授にお話を伺った。


1. 薬学部の研究 | 2. 薬学部と社会との関わり


―薬学部の教育の特色についてお教えください。

 薬学系研究科や薬学部にとって「創薬」というのは非常に重要なキーワードです。その「創薬」のために、生命科学、有機化学、物理科学など、先ほど述べたような様々な領域の教育を行っています。しかし先ほどから述べているように、それらの領域が全て統合化されないとなかなか創薬につながりません。

 例えば理学部にも有機合成化学や分子生物学をやっている研究室はあります。だけど、薬を創るにはそれらの領域に加えて薬物動態学の知識も必要だし、薬理学も必要ですよね。そういう全て創薬において必要なものが集まる学部はやはり薬学部しかないですから、講義においても実習においても、創薬に必要な様々な領域の教育がされるということが薬学部の教育の非常に大きな特色だろうと思っています。

 そして、東大に限らず日本全体の薬学部の教育の特色として、最近薬学の教育体制が変わり、6年制の薬学科が新設されてきたことが挙げられます。様々な経過措置はありますが基本的に今後は6年制の薬学科を出た人のみが薬剤師の国家試験を受験する資格を得ることができるようになっていきます。そして、 4年制の学科の方は主に創薬の研究者を育成するという役割を担うようになります。東大ではちょうど平成20年に進学してきた学生たちが初めて、6年制の「薬学科」と4年制の「薬科学科」の並立になるんですね。

杉山薬学部長

 実は、大学によっては4年制を廃止して6年制の学生しか受け入れないという所も多くあるんですね。しかし、そうした風潮の中で東大の薬学部は6年制の学生を全体の1割しかとらないという決定をしました。東大の薬学部は、薬学部として医学部薬学科から独立してからでも50年経つという古い歴史があるところで、長い年月をかけて創薬の優れた研究者を育ててきた所です。従って、創薬の研究者を育てるところに重きを置くために、4年制の人数を多くしているんです。

 このように、6年制の学生は東大薬学部全体としてはメジャーな存在ではないと思いますが、だからといって決して軽視しているということはなく、6 年制に入ってきた人はやはり優れた薬剤師になるべきであると思うんです。「優れた薬剤師」になるためには6年制を修了して薬剤師の国家試験を受けて、薬剤師になるというだけではなくて、さらにその上の大学院にまでちゃんと入って、博士号を取ることが必要だと思っています。そうすることで、実際に医療の現場でお医者さんと対等な議論をして、本当に薬効が確実に出て副作用の少ない薬を個々の患者さんに応じてどうやって選択するのか、あるいは薬の飲み合わせでこの薬とこの薬を併せて服用しては絶対にだめだ、といったことをちゃんとサイエンスベースで進言できる人、そういう人材を私は育てたいと思っているんです。

―薬学部がかかわる産学連携などについてお教えください。

 まず一つは、寄付によって開設される「寄付講座」というのが薬学部にはありまして、例えば医療経済を研究するような講座、医薬品情報を問題にするような講座など、様々な講座が開設されています。それは薬を実際に使う消費者がいて、例えばいろんな副作用に悩んでいたり、良い薬がなかなか無かったり、海外では認められているのに日本ではまだ承認されていない「ドラッグラグ」と呼ばれる問題があったりと、社会がいつも薬に関して取り扱っているいろんな問題点がありますよね。そういうことを研究する研究室が寄付講座を中心にしていくつかできています。

 もう一つの社会との関わりとしては、今は私が教授を兼任しているのですが、総長裁量経費でできた「医薬品評価科学」という研究室があります。製薬会社が医薬品を創って最終的に認可されるためには「医薬品機器総合機構」という機関の審査を経なければいけないんですね。しかし、日本ではその審査プロセスが遅く、なおかつ審査に携わる人材が少ないということが非常に問題となっている訳です。そこで、そういう人材を育てるための研究室をつくろうということでこの研究室が設置されたんです。そして、その医薬品評価科学の研究室主催のセミナーを社会に向かってオープンにして、製薬会社の人や医薬品の審査に関わる人など、たくさんの方々がセミナーに参加しています。

 それから、産学連携というキーワードでいえば、産学連携室が薬学部・薬学系研究科にあるほか、製薬企業を中心として5つくらいの企業が薬学部の研究棟の中に産学連携の研究室を持っているんです。それらの研究室が薬学部の先生方と共同研究を組んで、自分たちの会社の中だけでは解決できないような問題について我々アカデミアの知恵を共有しながら、薬の開発に役立てようという取り組みを進めています。

―今の学生に求めることは何ですか?

杉山薬学部長

 薬学という観点で言うと、皆さん駒場から薬学部に進学してくるのですが、駒場の時代というのは長くて大変な受験から解放されて少し気がホッとしている、という面があると思います。そういうところから薬学部に入ってくると、3年生の時には朝から夕方ぐらいまでミッチリと講義があって、その後実習があるんですね。その実習もかなり濃密な実習が行われて、夜の6時7時まで実習をやって、そしてすぐにレポートをそれぞれについて出すというように、ハードな学生生活が始まる訳です。それから今度は4年生になると、各研究室に学生さんが配属されて、それぞれの研究を始める訳です。そして、薬学部の場合は95%以上が修士課程に行きますし、修士課程を卒業した人も50%が博士課程に行くんですね。つまり、薬学部はほとんどの人が研究者志向で動いている学部なんですね。

 その中で私が何十年も学生を見てきて思うのは、やはり最初駒場から薬学部に来て、それから研究室に配属される、その辺りの数年間は人生の中で振り返ってみるとものすごく早く流れているんですね。そして、薬学部に入った段階ではまだ専門的なことはほとんど何も知らない訳です。そういう時期に先輩や先生を見ていると、その知識量に圧倒されて絶望的になる人が多いんですよね。でもそれは我々教員側から言わせると、何十年も先に種々の研究、勉強をしている訳だから、知識がたくさんあるのは当たり前のことなんですよね。しかし一方で、先輩方や先生方の知識が豊富なのを見て、ただひたすら知識を得ようと思いがちになる学生が多いんですよね。だけど、知識はあくまでも知識であって、それは別に百科事典を調べても良いし、パソコンで検索しても良いし、知識は今はいくらでも手に入る時代じゃないですか。だから、私は大事なのは知識じゃなくて「知恵」だと常々言っています。

 「知恵」っていうのは自分が体験して得た知識と、プロセスを理解した知識とがあって、それらがいつでも自分が必要なときにその引き出しから自由に取り出せることなんです。その知恵を早くつける、あるいはそういう努力をするということが非常に大事なんですよね。しかし、知恵は体験でしか身につかないと思うので、研究をし始めたら、その自分の領域に完璧にのめり込むことが大事なんですね。極端なことを言えば24時間そのことを考え続けるという経験が5 年ないと、なかなか知恵にならないんですよ。だから、多様化した現代において知識を手に入れようと思うとものすごくいろんな事を覚えなければだめだと、そういうふうに思うんじゃなくて、深く深くある領域を極めるという体験を持つことがものすごく大事だ、と私はいつも学生に言っているんです。

 薬学部に限らずどの領域でもそうですが、そうやって一回ある領域を極めてしまうと、自分でノウハウが体験できる訳ですよ。逆に言えば物事が本当に分かるためには、そこまでやらないと分からないんですね。表面的な事をいくらやったってだめで、ものすごく深いことをやっていくことで、全てのことに応用ができる訳です。例えばある領域で全くすごい研究をできるような研究者は多分その人が全く別の領域に行ったとしても成功すると私は思っているんですね。「極める」ことがどういう事か分かるためです。ですから、学生さんにはあまり浮気をしないで、あることをやろうと思ったらそこに専念しなさい、ということが一番言いたいことですね。


 実際に医薬品ができるプロセスに従って薬学の各領域を非常に分かりやすく説明してくださいました。これから専門課程に進む身として、筆者も「極める」事がどういう事か分かるようになれたらいいな、と考えさせられました。

 薬学部ホームページ: http://www.f.u-tokyo.ac.jp/


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記事掲載日:08-11-18
担当:関口慧斗
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