ジェンダー論

1.「ジェンダー論」について | 2.学生に対して


講義をする上での工夫

瀬地山先生

 授業をする上での工夫としては、まず最初に大笑いをとるということを目指しています(笑)。毎回リアクションペーパーという小さい紙を配って感想を書いてもらっているんですが、そこに質問が書いてあれば次の授業の最初に質問に答えて、また面白い感想が書かれていたらそれを授業の冒頭に使って教室をどっと沸かせてから授業をやるというふうにしています。なので履修者は比較的多いほうで、いつもテストの採点が大変で憂鬱になるんですが、がんばってやっています。

 あと、私は奈良県の出身なのですが、講義の時は関西弁で話すようにしています。そのほうが、同じ内容を話すにしても、みんなよく聞いてくれはります。

教養として「ジェンダー論」を学ぶ意義

 文理を問わず「ジェンダー論」を開講できるというのは、学内で教養学部にしかできない、東京大学に対しての重要な貢献です。それから社会とのつながりという意味では、理系の学生の皆さんも性関係を持ったり結婚したり子どもを産んだりといった問題に直面するわけです。そのときに考えておくべきことを伝えたい。大学版の性教育をやっているという面が一つと、大学版の就労教育をやっているという面が一つ、そういうような感じで捉えていただければと思います。だから理系の皆さんでもたくさん履修して下さっているし、理系の皆さんが聞いても面白い授業にしていきたいと思っています。

学生に伝えたいこと

瀬地山先生

 学問的には、私達が当然だと思っていることがいかに「当然ではない」かということを色んな事例を通して伝えていきたいと思っています。例えば日本の社会は、結婚して子どもができたら仕事を辞めて母親が子どものそばに居なければいけないというようなことにものすごくとらわれている社会なんですが、少し時代や地域が変わればそういう風に思っていない社会がたくさんあって、私達が常識だと思っている事がちっとも常識ではなかったりする。それから例えば同性愛の問題がどういう風に捉えられてきたかということを一つとっても、日本の社会はかつて男性の同性愛について非常に寛容だったのが、西洋の文化が入ってくるにつれて抑圧的になって、それからまた逆に揺らぎが起きる、といった現象が見られる。マスターベーションをやりすぎると気が狂うという議論が真面目に信じられていた時期もあるんですよ。そういう「奇妙な」話を講義で紹介しながら、私達が当然だと思っている性規範も全く当然ではないだろう、マスターベーションをしたら気が狂うという話を今でこそ私達は笑っているけれど、100年後の私達の子孫は私達の性観念を笑っているに違いない、そんなことに気がついてもらえたら面白いかなというのが、学問的に伝えたいことです。簡単に言えば、「常識だと思っていることがいかに常識ではないか」に気づいてもらいたい。

 それから、学問とは少し別の水準で、日本社会のジェンダーにまつわる問題点を克服するためには何が必要かということを自分の頭で考えて欲しいと思っています。ジェンダー論はそういった実践と非常に結びついた分野だと私は思っています。だから今回の取材でも、私自身が保育所の送り迎えを毎日やったり夕食の支度をしたりという中で研究をしているということを含めて、自分にとってのジェンダー論というのは自分の生活も含めた全体のようなものなので、そういうものも学生さんには伝えたいなと思っています。

取材後記

瀬地山先生

 今回の取材では、先生の研究室でお話を伺っただけでなく、駒場キャンパス内の男女共同参画支援施設(保育所)にもお邪魔し、娘の美瑛(みよん)ちゃん・息子の玄聖(げんせい)くんほか、たくさんの子ども達の写真も撮らせて頂きました。先生が授業や研究だけでなく、保育園への子どもの送迎を含めて、まさに自分の生活全体でジェンダー論を実践している事が感じられた一場面でした。ジェンダーの問題は、我々学生にとってはわずか数年先に降りかかってくるものなので、しっかりと考えていかなければと思いました。


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記事掲載日:07-04-10
担当:渡邉洋平
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