史料論

1.「史料論」について | 2.学生に対して

教養として歴史を学ぶことの意義

山内先生

 歴史系の科目を学ぶことは、文科1・2類や理科の諸君にとって教養学部の前期課程2年間で人生最後の教育になります。確かに個々の歴史である建築史や経済史などはありますが、高校で教えられているような、「それ自体の学問」としての歴史を最後にしっかりと教えることは私達教養学部の教員にとって重要な使命だと考えています。将来どの世界に行くにしても、行動するための基準の中に歴史の教訓が蓄積されていることで、その選択肢が豊かになると考えるからです。もし東大を卒業して企業や官庁に入り、さまざまな経験を積むことになっても、色々な過去の例を知っていることで自分の考えや行動に深みが生まれるのではないでしょうか。

 それから、同時に国際人としての自覚という意味で、東大生が歴史を学ぶことは大切です。外国に行ったときに、日本の文化である弥生土器から歌舞伎に至るまでの歴史を外国人に対して説明できない人は、日本のリーダーとは言えないでしょう。フランスのシラク大統領に日本の歴史を教えられてポカンとしているようでは日本のリーダーは務まりません。もちろん細かい知識などはいりませんが、「聖徳太子が活躍した時代はちょうどイスラムが勃興し始めた時期だった」とか、「豊臣秀吉とスペイン最盛期のフェリペ2世が同じ時期に生きた人で、秀吉はフェリペをライバル視していたのだが、フェリペの臣下であるレガスピが先に島を見つけたからフェリペの名前をとって“フィリピン”と名づけた」などというエピソードを持っているだけで、外国人との話が容易に運ぶのではないでしょうか。歴史の知識や考え方は自分の考えを伝えやすくするばかりか相手の心を開かせることにも繋がります。実はあなたの国と日本は近いのですよ、と示すことで、初めて会った外国人の相手に信頼感を与え、スムーズにことが運ぶはずです。日本を背負ってたつということを自覚して、もっと色々なことを学んで欲しいのです。

学生に対してのメッセージ

山内先生

 教養学部前期課程の学生、「史料論」だけに限らず「比較地域史」などの史料を踏まえた歴史の講義を受ける人たちに向けてのメッセージとしましょう。第一番目としては、とにかく本を読んで欲しいですね。というのも、活字を使って学んで欲しいからです。テレビやインターネットは過ぎていく媒体で、いつかは見えなくなってしまいますから、勉強に関しては本を自分の手元に置いていつでも参照できるようにして欲しいです。手元に置くだけでなく、辛抱強く調べて欲しいですね。

 2点目には「健全な精神は逞しき体に宿る」というラテンのことわざのように、体をしっかり作って欲しいです。駒場キャンパスは運動をするにはすばらしい施設がたくさんありますから、これを活用して健康管理をしてほしいです。読書や勉強をする上でも健康は全ての資本ですからね。

 3点目は、細かい点はどうでもいいのですが、挨拶をもう少ししっかりして欲しいです。出欠を取るときや史料を読むときなど、明朗闊達な返事をして欲しいです。将来どこに行くにしても、明瞭で人にわかるようハキハキした声を出すことは必要です。商談にせよ、外交交渉にせよ、他文化の人と交流するときには、まず始めのやりとりが大切でしょう。ですから、授業が終わってから、「先生、出席の声ちゃんと聞こえましたか?」って授業後に出てくるのは、ちょっと困りますね(笑)。これは、人生の先輩からの知恵だと思ってください。

 それと、新聞を読むことで基本的な情報に対して敏感になって欲しいです。朝、世間で何が起こっているかを知らないなんて、東大生として恥ずかしいじゃないですか。例えば北朝鮮の核実験の話を知らなくて政治の話は語れないし、とにかく最低限度、インターネットの情報でもいいですから、毎日の情報に対して敏感になってください。


取材後記

歴史を学ぶことの意義については、前々から考えていた悩みでしたので、山内先生に対してぶつけてみました。先生から納得のいく答えが返ってきて、教養学部時代にもう少しまじめに授業を受けていれば・・・なんてちょっぴり後悔しています。


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記事掲載日:06-12-20
担当:野島史暁
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