少子高齢化とお互いさま

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初めに先生から、何かについて議論を始めるときには、まず言葉の定義を明確にすることでテーマを共有する必要があるというお話があり、この講演会で議論の中心となる「少子化」や「合計特殊出生率」などの言葉の定義を確認しました。

続いて、50年前、現在、そして50年後の人口ピラミッドを見ていきました。かつて縦長の三角形だった人口ピラミッドは、1950年代の急激な出生力転換により、現在では60代の所が最も膨らんだ形になってきました。この高齢化の主たる原因は出生率の低下です。さらに、50年後には逆三角形に近い形になると予想されます。ただし、50年後の人口構成はあくまで推計であり、現在の状況を投影したものなので、これから出産や子育て、仕事などをめぐる社会の諸制度を変革すれば、それ通りにならない可能性はあるようです。子どもを産むか産まないかは、カップルの自由な選択であるべきであり、個人の選択を抜きにして少子高齢化は語れませんが、その選択は社会の制度と深く関連しているのです。

少子化により子どもが減るということは、一人っ子が増えることでもあります。現状では、家族と住んでいない高齢者が多いとはいえきょうだいという親族間のつながりがありますが、これからの高齢化では、助け合うことができる親族がさらに少なくなっていくことを意味します。

そこで、先生は「新しいお互いさまのシステム」を提案されました。血のつながりのない、見ず知らずの人と助け合うといっても、なかなか「関わっている」実感が湧きません。しかしここで、「お互いさま」という考え方をすると、他者と自分のつながりを感じることができます。ここでは、一時的ではなく、長い目で見る時間軸を持った「お互いさま」が重要で、他人のためにやることが、いつか何かの形で自分に返ってくることをどこかで感じとってほしいとおっしゃっていました。

それを社会的に実現するのが助け合いの制度である社会保障です。助けを必要とするような困難な状況に置かれるリスクは皆が持っているものであり、それを分散させて平準化するのが、社会保障の役割というお話でした。自分もリスクを抱えていることに対する社会的想像力をもって、長い目で見た「お互いさま」の意識を働かせるべきだということです。

「日本の制度は変わりにくいものですが、果敢に時代の変化を捉え変化に対応した制度を考えていかなければならない」ということで講演が締めくくられました。

講演のあとは質疑応答が行われました。「お互いさまの考えは納得がいくものだが、経済状況も人口構成も急激に変化していく中では、世代間の不公平感を拭いきれないのではないか?」という質問が出ました。これに対して先生は「若い人たちは今の高齢者より年金の取り分が悪いと不満をもち、年金を受け取る時期に近づいた者らは当初想定したほどの年金を受給できないと不満をもっています。しかし、これほどの早い時代の流れの中で、世代間の不公平はある程度致し方ない側面も否めません。それでも、一時点だけでなく長い一生を通じてリスクを分散することで、どこか、何がしらで我々自身が恩恵を受けてもいるのです。時代の変化を受けて、世代間の不公平を最小にとどめるための努力は制度改革を通して実行していくべきでしょう」とおっしゃっていました。これに関連して年金の賦課方式の問題について質問する方もいらっしゃいました。実際にどのようなシステムを構築していくかは、これから考えていかなければならない難しい課題ですが、わたしたちがそれぞれ「お互いさま」という意識を持って社会に関わっていくことは、見ず知らずの人との対等な助け合いの可能性を与えてくれるように感じました。