都バス学01・学07のはなし

都バス学01・学07とは

東京大学本郷キャンパスの安田講堂から少し東、第2食堂と理学部化学館の間にあるロータリー付近にバス停があります。

東大構内バス停(二食屋上より)
東大構内バス停(二食屋上より)

ロータリーをまわるバス(二食屋上より)
ロータリーをまわるバス(二食屋上より)

これは東京都交通局の学01・学07系統の「東大構内」バス停です。東京大学の中心部の近くまでバスが乗り入れているのです。学01はJR上野駅と東大構内を、学07はJR御茶ノ水駅と東大構内を結ぶ路線です。

東大本郷キャンパス付近のバス路線図
東大本郷キャンパス付近のバス路線図(東京都交通局ホームページより)

学01・学07とも、東京大学附属病院へ通院する人の利用が多いのが特徴です。実際に乗ると高齢者の率が高いと感じると思います。東大病院から上野方面・お茶の水方面はいずれも徒歩20分程度ですが、JRの主要駅から病院まで直通で行けること、上野・お茶の水からはいずれも途中に決して緩くない登り坂があるのがその1つの理由でしょう。運行本数も比較的多く、2011年では、学01は平日に44本、休日に22本、学07は平日に75本、休日に43本運行されており、昼間は学01で1時間に3本、学07で1時間に5本運行されています。

学01・学07のように大学とJRの駅を結ぶバスは「学バス」とよばれ、学01・学07以外にも学02(高田馬場駅-早稲田大学)、学03・学06(渋谷駅・恵比寿駅-青山学院大学・國學院大學・実践女子学園・東京女学館)、学05(目白駅-日本女子大学)の合計6路線があります。大学がJRの駅から離れているために、学生の通学の便を確保するためというのが運行されている主な理由です。かつては池袋駅と、文京区小石川にあった東京教育大学(現・筑波大学)を結ぶ学04もありましたが、これは筑波大学の移転に伴って廃止されました。

東京23区部の都営バスの運賃は、通常大人で全区間200円均一に設定されていますが、学バスは割引運賃が設定されていて、全区間大人170円子ども90円の均一運賃となっています。

路線紹介

学01(JR上野駅~竜岡門まで)

上野駅の南東側にある浅草口付近からバスは発車します。バス停のすぐ横に台東区のコミュニティバス「めぐりん」の停留所もあります。昭和通り(国道4号線)を南下し、春日通りとの交差点で西に曲がります。御徒町駅付近のJR山手線のガードをくぐり、上野・御徒町地域の繁華街の中心である上野松坂屋のすぐ横を通ります。松阪屋付近に上りのバス停「上野松阪屋前」があります。

繁華街を抜けると、不忍通りの交差点にでます。バスはこのまま春日通りの坂を上り、竜岡門の前の本富士警察署前交差点に出ます。

御徒町駅付近の山手線の下を通るバス
御徒町駅付近の山手線の下を通るバス

坂を登るバス
坂を登るバス

学07(JR御茶ノ水駅~竜岡門まで)

御茶ノ水駅では乗り場と降り場が異なります。乗り場は御茶ノ水駅東側の聖橋、降り場は御茶ノ水駅西口前にあります。神田川にかかる聖橋の上からバスが発車すると、東京医科歯科大学と順天堂病院の高いビルの脇を通り、本郷通り(国道17号線)を北上していきます。途中で右に曲がり、本郷消防署前交差点を右に曲がるとすぐに、竜岡門の前の本富士警察署前交差点に出ます。

御茶ノ水駅のバス停(のりば)
御茶ノ水駅のバス停(のりば)

本富士警察署前交差点
本富士警察署前交差点

学01・学07(竜岡門~東大構内)

本富士警察署前から東大構内までは学01・学07とも同じルートです。竜岡門の少し南に「竜岡門」バス停があります。東京大学の本部棟、広報センターや本富士警察署などからは最寄りのバス停です。

竜岡門から300mほど入ったところ、東大病院の外来棟の前に「東大病院」バス停があります。午前中から昼間を中心に、このバス停で東大病院への通院者を中心に多くの人が乗り降りします。東大病院バス停の横にはタクシー乗り場もあり、常に多くのタクシーが待機しているので、こちらも便利です。

竜岡門-東大病院
竜岡門-東大病院

東大病院バス停(上野・お茶の水方面)
東大病院バス停(上野・お茶の水方面)

バス停の横のタクシー乗り場
バス停の横のタクシー乗り場

そして、さらに300mほど進むと終点「東大構内」バス停に到着します。理学部化学館付近で下車し、ロータリーでバスが一周した後折り返し運転をします。ただし回送になることもあります。上野駅・お茶の水駅からはどちらもおよそ10分で到着します。

学バスの歴史

1.学01・学07の誕生(1949年)

東京都交通局50年誌によれば、大学への通学者の利便を考慮して学バスの運行を始めたということで、東京大学と、上野駅・お茶の水駅を結ぶ2系統の運行が1949年7月に始められました。当時は地下鉄丸ノ内線も開通していませんでした。当時の地下鉄は銀座線の浅草から渋谷のみで、丸ノ内線の池袋ー御茶ノ水が開通するのは1954年1月のことです。都営バス資料館によれば、学01・07が運行される前は、バスで東京駅北口と東大正門の折り返し運行も行っていたようで、大変な混雑だったということです。当時の運行路線図は以下の地図の通りです。

このころは本郷キャンパスの西に面している本郷通りを都電が走っていました。この都電を利用して東大正門・赤門などから大学に通った人も多いと思われます。ただこの路線は国鉄の駅は王子駅・駒込駅・神田駅などしか通らないため、大学へ行くために都電を乗り継ぐ必要があった人も多かったものと思われます。次の図は、1961年の都電の路線図で、この路線自体は1949年当時と同じです。

1961年の都電の路線図(東京都交通局50年誌)
1961年の都電の路線図(東京都交通局50年誌)

2.延長運転された学01・学07(1950年~1952年)

学バスが運行開始されて間もない頃に、学01・学07の路線が弥生門から農学部まで達していた時期があったようです。この学バスの延伸は、弥生地区キャンパスへ通う学生の利便を考えたものだと考えられます。都営バス資料館によれば、延長したのは1950年6月のことで、1951年発行の「大東京電車案内」(日本地図出版)では、バスは弥生門を通ってさらに伸びていることになっています。この地図には「弥生門」「食堂前」というバス停が書かれています。また、新たに「春木町」停留所がつくられています。ちょうど竜岡門のあたりです。

1951年のバス路線図(大東京電車案内)
1951年のバス路線図(大東京電車案内)

また、1952年の東京都交通局発行の地図でも、学01・学07の終点は「東大農学部前」バス停となっています。

1952年のバス路線図(東京都交通局(1952))
1952年のバス路線図(東京都交通局(1952))

しかし、1952年度のうちには元の安田講堂発着に戻されたとのことです。都営バス資料館によれば、この理由は理学部の建物の裏を通ることで実験の邪魔になるのと、弥生門付近の道路が狭かったことだとされています。実際、弥生門と弥生門付近の道路は、バスが通っていたとは考えにくいくらい狭くなっています。

3.路面電車とバス(1953年~1971年)

東大の第2食堂前のロータリーにあった「安田講堂」バス停ですが、このバス停の名前は1957年の民間の地図では「東大構内」になっており、東京都交通局の1961年の地図でも「東大構内」になっているので、1957年以前にバス停の名前が変更されたようです。これは1961年のバス路線図です。

1961年のバス路線図(東京都交通局)
1961年のバス路線図(東京都交通局)

東京都交通局の「乗客交通量調査集計書(1965)」に、1965年に行われたバスの乗り降り調査の結果が書かれています。この中にある学01・学07での調査を一部紹介します。

1日の乗車・降車人員(単位・人)
バス停 乗車 降車
農学部裏 0 0
弥生町(門) 0 0
安田講堂 3617 2248
東大病院 1756 3174
病院入口 379 690
御茶ノ水駅前 4232 3742
御徒町駅前 885 1326
上野駅前 953 643

当時の路線は、学01が(東大農学部-東大農学部裏門-東大裏-弥生門-安田講堂-東大病院-病院入口-御茶ノ水)、学07が(東大農学部-東大農学部裏門-東大裏-弥生町-安田講堂-東大病院-病院入口-御徒町駅前-上野駅前)です。この調査だと「東大農学部」バス停などが残っており、路線としては安田講堂より先も存続していたことになります。しかし、乗り降り調査ではいずれのバス停も乗降客数が0人となっており、路線としては残っていてもバスの運行は実際には行われなかったことが分かります。これをまとめると、1965年当時は、学1は1日に3822人、学7は1日に8003人の人が利用していたことになります。

ここでは「病院入口」「安田講堂」というバス停の名前が出てきますが、これ以外の地図に書かれているバス停の名称から考えれば、この名称はバス停の通称名で、正式なバス停の名称は1961年のままだと見るのが妥当でしょう。

また、時間ごとの乗客数も集計されていて、朝(8時から11時)と夕方(16時から19時)の乗客数は

時間別の乗車人員(単位・人)
学01(乗車) 8-11時 16-19時
東大行き 1017 117
上野行き 242 608
時間別の乗車人員(単位・人)
学07(乗車) 8-11時 16-19時
東大行き 2390 442
御茶ノ水行き 405 1731

となっています。朝は東大方面への乗客がいずれも反対方向の4~5倍、夕方は上野駅・御茶ノ水駅への乗客が4~5倍となっています。午前中の、東大への通学者や病院の利用者の多さを示しています。

4.路面電車の廃止、地下鉄と車の時代へ(1971年~)

1954年に、地下鉄丸ノ内線の池袋ー御茶ノ水間が開通。本郷三丁目駅という、東大への新しい最寄駅ができました。

高度経済成長に伴い、東京の道路には車が増え、戦前から昭和30年代まで、東京中心部の主要交通手段だった路面電車の利用は落ち始めました。東京都交通局の経営は悪化し、財政再建団体に指定されるまでになり、財政再建の一環として、都電の全面廃止が決定されます。1963年に路面電車の段階廃止が始まり、本郷通りを通っていた本郷線も1971年をもって廃止され、バスに変わりました。

それとともに、1969年の千代田線開通、1972年の三田線開通など、東大への地下鉄からのアクセスは向上し、学生の主要な通学の手段は地下鉄がとってかわりました。

東京都交通局の1972年のバス路線図を見ると、現在と全く同じ路線図となっています。それ以来、かつてに比べれば1日の運行本数は減りましたが、東大・病院と駅を結ぶバスとして、現在でも多くの利用者に親しまれています。

参考文献

  • 東京都交通局
  • 都営バス資料館
  • 東京都交通局50年誌(東京都交通局,1961)
  • 都営バス 路線・停留所 いまむかし2(都営バス資料館,2007)
  • 大東京電車案内(日本地図出版,1951)
  • 大東京便覧(東京都交通局,1952)
  • 東京都区内交通路線網(東京都交通局,1953)
  • 早わかり双書バス都電路線(都民手帖2,1957)
  • 乗客交通量調査集計書(東京都交通局,1965)
  • 東京都・バス関連路線図(図研社,1968)
  • バス路線表 全東京編(友交社,1969)
  • 東京都交通局都バス路線図(東京都交通局,1972,1975)