空川

駒場キャンパスのある目黒区を含めた東京都の中央部は武蔵野台地と呼ばれ、10万年ほど前には、多摩川の支流が縦横無尽に走っていたと言われています。現在の目黒川や渋谷川、呑川、そして空川も、もともとは多摩川の支流でした。その後、水位が低くなることで、それらの支流は枯れてしまったり、分かれて別の川となってしまいました。現在では埋め立てられてしまった京橋川、地下化され下水道として残っている空川、その空川の水源であった駒場キャンパスの一二郎池など、これらはその名残です。

20世紀の駒場流域図

20世紀の駒場流域図(クリックで拡大)

20世紀初め、駒場川とも呼ばれた空川は駒場東大前駅の南側の商店街を下っていき、国道246号線のあたりで目黒川に合流していました。当時の空川は、街の交通や運送に用いられていました。例えば、汲み取り式トイレから出た糞尿を東京湾に捨てるために、船に積んで下流まで運搬していたそうです。川にゴミを捨てるといった行為も行われており、空川はあまり綺麗な川ではなかったようです。

戦後、朝鮮特需に支えられた戦後復興を経て、東京でオリンピックが開催されることになりました。外国人が多くやってくるということで、見栄えのよくない東京の川を地下化し、下水道として利用しようという計画が立ちがりました。空川も例外ではなく、かなり早い段階で地下化が行われ下水道になりました。今は空川に流れ込んだ雨水や下水は他の下水道と合流しながら、最終的には大田区の森ヶ崎水再生センターに行き着きます。もちろん駒場キャンパスから出る下水の一部も空川を通じて運ばれています。

以上のような経緯から、現在暗渠となっている空川の様子を見ることはほとんどできません。しかし、3つの水源だけは今でも見ることができます。

坂下門

ひとつは駒場東大前駅の西口付近にある坂下門から入ったところに流れている小川です。この水源は水量があまり多くなく、生き物の姿もほとんど見ることができません。坂下門から駒場キャンパスに入ると、左手には空川の水源となる清流が穏やかに流れており、右手には流水自然庭園が広がっています。そこは、活気づいた駒場キャンパスとは隔離されているかのような、静かで緑に囲まれた空間です。

もうひとつの水源は、駒場キャンパスの東端にある、一二郎池です。一二郎池の水源は池の北端部分にあり、チロチロと水が一二郎池に注がれている様子を見ることができます。明治期の農学部時代には養魚場として利用されていたということもあってか、おたまじゃくしやエビなど、今でも豊富な生き物を見ることができます。

最後の水源は、駒場キャンパスの外にあります。京王井の頭線の線路をまたいだところの駒場野公園内にある、通称「ケルネル田圃」です。京王井の頭線の駒場東大前駅・池ノ上駅の間に車窓から見ることもできます。現在、この田んぼは筑波大学附属駒場高校のものであり、毎年稲作が行われています。

ところで、空川を始めとする下水道は目黒川のすぐ横を通って下水処理場につながっています。しかし、大雨が降って下水道管の容量を超えてしまうと、その一部が目黒川に流れてしまいます。当然目黒川は下水で汚れてしまい、生き物にも悪い影響が出てしまいます。東大から出る下水も例外ではないのですから、大雨の日などは少しだけこのような問題に考えを巡らせてみてはいかがでしょうか?

掲載日: 2013年7月21日 更新日: 2013年7月21日
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