赤門

本郷キャンパスには門がいくつもありますが、やはり一番有名なのはこの赤門です。主に本郷三丁目駅ユーザーが使っています。国の重要文化財に指定されていて半径14m以内では火気厳禁との噂も。観光客が写真撮影をする姿をよく見かけます。


旧加賀屋敷御守殿門

本郷三丁目駅から本郷通りを北上し、本郷キャンパスに至るとまず目に入ってくるのが赤門です。この赤門は東大のシンボルとして広く認知されていて、特に受験生にとっては赤門といわれれば狭き門として思い浮かぶのではないでしょうか。

赤門

その赤門ですが、東大ができる50年以上前から存在しています。東京開成学校と東京医学校が合併して東京大学ができたのは1877年で、赤門が作られたのは1827年のことです。現在の本郷キャンパスの敷地はかつて加賀藩前田家などの上屋敷(大名屋敷)でした。1827年、前田斉泰は徳川家11代将軍家斉の第21女、溶姫を迎える際に造られました。門を朱色に塗るのは将軍家から夫人を迎える場合の慣習とされていましたが、現存するものはこの赤門のみです。明治維新を経て、東京大学が本郷キャンパスで発足するに辺り赤門は加賀藩前田家を守る門から学問を守る門へと変化を遂げます。写真に残っている明治時代の赤門には「帝国大学」の表札や電燈などが確認できますが、残念ながらそれらは残っていません。本郷キャンパスは大正時代の関東大震災でほとんどの建物が破壊され、ゼロからの再出発を余儀なくされます。名だたる設計家によって設計された煉瓦造校舎が全壊した中で、赤門は大きな破損を免れ、江戸時代の職人技術のレベルの高さを垣間見ることが出来ました。2002年には門の周辺が整備され、表側には白い砂利が敷き詰められました。赤門にはこの白い砂利がよく似合ってます。加賀藩上屋敷の時代には赤門周辺に砂か砂利を敷き詰めていたということもあり、本来の姿に戻ったとも言えます。

赤門

本郷キャンパスは江戸時代から平成に至るまでの各時代の歴史的建造物が数多くあります。公園が少ないと言われる東京にあって樹木の多さも際だっています。ゴミゴミした本郷通りからキャンパスへと一歩踏み入れると、都心の喧騒から隔てられた静かで文化的な空間が待っているのです。赤門はその境界であり、キャンパスを訪れる人々を迎え、学問を守るものとして存在し続けているのです。

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