ネコの心をさぐる ~比較認知科学への招待~

齋藤先生
毎週金曜日に東京大学駒場キャンパスで開かれる「高校生のための金曜特別講座」。今回も多くの高校生が会場に集まりました。。

今回の講座は東京大学大学院総合文化研究科の齋藤慈子先生による「ネコの心をさぐる ~比較認知科学への招待~」です。比較認知科学とは、動物の心の働きをその名の通り比較・分析する学問です。具体例として挙げられたのは、1つには心の働きの系統発生を明らかにすることです。「ヒトは現生のサルのようなものから進化した」とよく言われる通り、ヒトとサルの共通の祖先はヒトとネコの共通の祖先よりヒトに近いので、ヒトとサルに共通して見られるが、ネコでは見られない心の働きはヒトとネコの祖先が分かれてからヒトとサルの祖先が分かれるまでの間に発生したと考えることができます。このように生物同士を比較することで生物の進化史の中で心の働きがどのように発達していったのかを調べるのが比較認知科学です。他の例としては、心の働きの形成要因を調べることが挙げられました。例えば、コウモリは哺乳類であるにも関わらず、鳥類と同様に飛ぶことができます。これは飛べるように進化したものが生き残ったということで、すなわち飛べるものが飛べないものよりも有利になる要因(選択圧)があったということになります。心の働きの形成も同じく進化ですから、同様に何らかの要因があると考えることができるといいます。

このように、比較認知科学の研究には進化というキーワードが付いて回ります。今回の講座も、まず進化とは何かということから始まりました。進化というと、一般的には「進歩」というイメージがありますが、生物における進化とは「変化」であり、必ずしも何かが発達することを指すわけではありません。例えばモグラは地中で暮らしており、目は退化しています。退化といっても、これは進化の一種なのです。

進化の実態は遺伝子の変化で、遺伝子が複製されるときに偶然間違いが発生することによって起こります。これにより起こった変化が生存に有利だった場合、その変化が広まっていき進化が遂げられるのです。ただし、生存に有利でも不利でもない変化が偶然発生して広まる、中立進化という形の進化もあるそうです。

ネコ

進化の話が終わると、いよいよネコの話です。齋藤先生はちょうどネコの研究をされており、ご自身もネコを飼っていらっしゃいます。発表資料には随所にネコの写真が散りばめられ、ネコ好きにはたまらないものとなっていました。今回の講座はネコと銘打っただけあって、先生が聞いたところ会場に集まった聴衆の多くはネコ好きだったようです。

まず「ネコの魅力」が少し語られました。ネコと並んで代表的な愛玩動物であるイヌと比較すると、ネコは自立心が強いようです。例えば気まぐれであったり、人間と少し距離を置いて過ごしたりします。それに対してイヌは人間に付き従い、飼い主の様子を常に伺っているといいます。さらに、ネコ好きとイヌ好きの性格の違いを調べた研究が紹介されました。性格の5因子モデル(外向性・愛想のよさ・誠実さ・神経質さ・開拓性)に基づいて調べたところ、ネコ好きはイヌ好きに比べて外向性・愛想のよさ・誠実さは低く、その一方で神経質さ・開拓性は高かったそうです。やはり、人は自分と似た性格の動物に惹かれるのでしょうか。

ネコはいわゆるペットとして飼われることがほとんどですが、ペットも家族の一員であるという考え方から、最近は伴侶動物と呼ばれることが増えているそうです。伴侶動物も基本的には家畜動物の一種です。家畜動物というのは人間が利用するために人間の手で繁殖される動物で、人間の手による淘汰(人為選択)が行われます。そこで次に、ネコの家畜化の歴史が紹介されました。

ネコは約4000年前には既に古代エジプトで家畜として使われていたという話が知られていますが、実は9500年前にヒトと一緒にネコが埋葬されたのがキプロス島で見つかっているそうです。更にネコの進化の過程を調べると、ネコ発祥の地がアラビア半島であることが分かりました。つまり、アラビア半島でネコの祖先種が現在飼われているネコに近づいたといいます。アラビア半島の北部にあたるレバント地域は農耕発祥の地の1つで、ネコの祖先は保存されている穀物を狙うネズミを捕って食べるため重宝され、人間と共存していたといいます。ネコは肉食性で、ネズミを捕る習性は現在でも残っています。これは雑食のイヌとは対称的です。このようにネコの歴史は長いですが、家畜化されていたかどうかは別の話です。実は、いわゆる「猫種」が確立されたのはここ150年くらいのことで、それまでは人間の管理下での選択的な繁殖などは進んでいませんでした。さらに、現在でもネコの97パーセントは、人間の管理下ではなく自由に繁殖しているといいます。このようなことから、ネコは完全に家畜化されたとは言えないそうです。そもそもネコは基本的に単独性で、群れを作りません。そのため人間が上に立つことができず、家畜化の障壁の1つとなっています。これと対照的なのはやはりイヌで、こちらは狩りなどに有用で、使役動物として長い歴史を持っています。ネコはイヌに比べるとあまり人の言うことを聞かないといいますが、その理由はこの辺りにあるかもしれません。

最後に、ネコを対象としてどのような研究が行われているかが話されました。実はネコは心理学の研究対象として有名で、オペラント条件付けの基礎となる研究は、最初ネコを対象に行われました(ネコの問題箱)。他にも、ネコは目が前に向いて付いており視覚が人間と類似していることから、視覚の神経科学の研究対象にもなっています。今回詳しく取り上げられたのは、社会的知性に関する研究でした。これは、同種・他種の他の個体との関わりの中で発揮する能力のことだといいます。例えばホタルは光り方のパターンによって種を見分けるそうです。これも社会的知性の一種です。

ヒトに対する社会的知性の研究が盛んなのはイヌです。ヒトの表情を認知したり、ヒトの指差しを理解したりといった研究が行われています。それに対してネコの社会的知性の研究は少ないそうです。この理由としては、これまでに述べられたようにネコは群れを作らないため社会的行動が活発でないことや、家畜化が不完全であることなどが挙げられました。先生も卒業研究でネコの研究に挑戦なさいましたが、やはりネコは気まぐれでなかなかうまくいかずに諦め、今再挑戦しているのだそうです。

そんな中でも行われているネコの社会的知性の研究が紹介されました。興味深かったのは、ネコは生後2週間から7週間までの間が感受期で、この間に人間に接していないと懐くのは難しいようです。また、ネコが知っている人と知らない人を区別できるとか、飼い主の声をきちんと聞き分けられるとか、当然と思えるようなことでも最近研究が行われているそうです。

さらに、ネコとヒトのコミュニケーションに関する研究もありました。例えばネコは機嫌がいいときにゴロゴロと喉を鳴らすのはよく知られていますが、他にも何かを要求するときにも喉を鳴らすそうです。この何かを要求するときの「ゴロゴロ」を人間が聞くと、機嫌がいいときの「ゴロゴロ」と比べて不快な感じや催促する感じがするというのです。つまり、ネコが人間に意図を伝えることに成功しており、一種のコミュニケーションということができます。

このように奥が深く、また面白くもあるネコ研究ですが、ネコの社会的知性の研究はまだまだ発展させる余地があります。会場に集まったネコ好き高校生たちの中には、将来ネコの研究をする人がいるかもしれません。

リンク

高校生のための金曜特別講座:http://high-school.c.u-tokyo.ac.jp/index.html