命の歴史哲学

梶谷先生
最近になって「命を大切にしましょう」とよく言われますが、それはなぜでしょうか、そもそも命とはいったい何なのでしょうか。今回の金曜特別講座ではそんな「命」の問題について、江戸時代まで遡って歴史的に、哲学的に考えていきました。講師は東京大学大学院・総合文化研究科超域文化科学専攻、比較文学比較文化研究室の梶谷真司先生でした。

先生はまず「命の大切さ」「命を大事にする」「命を大事にしない」とはどういうことなのかを何人かに尋ねられました。受講者からは、「自分を大事にして、とにかく自殺しない」「一寸の虫にも五分の魂と言われるように、虫をむやみやたらに殺さない」「他人を大事にする」などの回答があがりました。それに対して先生は、では自殺をしない人は命の大切さを本当に分かっているのかというと必ずしもそうとは言えないこと、若者の自殺者は40~50年、大きく変わっていないこと、さらに若者による凶悪犯罪は昔と比べてずっと減っていることを述べ、再び疑問を呈示されました。

梶谷先生イントロダクションでは以上のように、実際の状況からはそうと考えられないのに昨今「『命の大切さ』を分かっていない」と言われることへの違和感を確認しました。その上で、それでは果たして昔は「命の大切さ」を分かっていたのかを実際に見てみようということで、講義は江戸時代まで遡ります。

先生によると、江戸時代において子殺しはよくあることだったそうです。村ごとでそれぞれ資源や食糧が限られていたため、人口統制は必須でした。一家族に3人が限度で、それ以上生んだ子どもに関しては、村を守るためにも殺さざるを得ないケースが多かったようです。子どもを殺す罪悪感と村のためなら仕方ないという諦めが入り混じった感情、感覚は、われわれ現代人の理解を超えたものではありますが、是非ともその点を知っておいてほしいということでした。

また命というものの捉え方に関連して、江戸時代における医療についても触れられました。香月牛山の著作『小児必用養育草』に、授乳の際、子どもが大いに笑った後すぐに飲ませると転換になる、激しく泣いているときに飲ませると吐瀉するといった記述があるそうです。また当時の養生の考え方では、入浴は体を清潔にするためではなく、気を巡らせるためにするものだったとのことです。そのほか普段の立ち振る舞いについての注意も事細かに書かれていましたが、これらの根底にあるのは「元気」=「生まれつき与えられた生命力」を維持するという考えです。「体を鍛えて強くする」という考えは、明治以降でてきたもので、江戸時代には各自がもともと持っている「元気」を以下に節約して生きるかが重要だったそうです。

梶谷先生このように、人の命というものは不安定なもので、また個人の命ではなかったと先生は仰いました。江戸時代には、子どもの親に対する義務「孝」があり、共同体では「親」と称する人々(取り上げ親、名付け親、乳親、拾い親など)とともに生きており、さらに神とのつながりもありました。ゆえに、人はその様々な他者とつながる連続性のなかでのみ生きることができたそうです。したがって命は必然的に「重く」なり、自分の勝手にできるものではなくなります。その裏返しとして命を大事にすることと死なないことは異なり、「命を大事に」しながら親や共同体の犠牲となって死ぬことが多々ある時代でした。明治以降は人の命は国のものであるという考えになりますが、共通しているのは命が「何か別のものにとって」大事であったということです。

そこで先生は再び受講者に向かって「では今自殺がいけないのは、なぜか?」と問います。「他人とのつながりがある以上死んではいけない」と「生きる目的がなかったら死んでもいい」という意見が出たところで、先生が「自殺をしてもいい」「自殺はだめ」という2択に絞って、受講者に目をつぶって手を挙げさせたところ、結果は半々だったそうです。昔は親や国とのつながりの強さのせいで自殺したくても難しかったし、したとしても、それが「悪」であることは明確でした。しかしそのつながりが弱くなり、関係が絶対的なものでなくなった今、命の大切さを考えるのが難しくなってきたということでした。

今回の教室は200人くらい入る場所だったのですが、椅子をたくさん追加しなければならないほど超満員でした。静岡から団体で来ている学校など高校生も多くいましたが、命に関する講義であるためか年配の方も目立ちました。講義が一通り終わったあと、インターネット中継先の高校の生徒も含めて多くの受講者が質問や意見を述べ、終了予定時刻を過ぎても先生と受講者の熱心なやり取りが交わされていました。


リンク

高校生のための金曜特別講座:http://high-school.c.u-tokyo.ac.jp/index.html