松下哲さん


松下哲さん

東大を卒業して、サラリーマンとして働いている人は数多くいる。しかし、サラリーマンという道を捨てて、自分の好きなことに挑戦している人もごくまれにいる。今回は、勤めていたメーカーを辞めて役者に転身した松下哲さんにお話を伺った。

高校生時代

「よし、東大を目指そう!」と思ったきっかけというのはあまりないんですよね。僕は大阪の北野高校を出たんですけど、そこでは成績が上位の人たちはわりと京大に入って、東大を目指す人は少数派だったんですね。だから僕も京大を目指すのかなって自分でも思ってたんですけど、たぶん親の意向とかがあったんでしょう、気が付いたら志望校の欄に東大って書くことになってた、みたいな感じなんです。

あとは、大阪出身なので、東大だと当然一人暮らしになる。京都だと実家から通うか、一人暮らしするにしても実家が近いじゃないですか。東京に来れば完全に一人なので、ちょっと親元を離れて生活してみたいっていう気持ちはあったかなと思います。

演劇は、高校では全くやっていませんでした。高校生の時に、テレビでお笑いともバラエティともつかないような深夜番組をやっていたんですが、それを見て、すごくおもしろいなと思って。この人たちは何なんだろうって興味があって、話を聞いていると、劇団新感線という小劇場系の劇団の方々で、どうも舞台をやっている人たちらしいと。それで舞台というのに興味を持ったのがきっかけです。

大学に入ってから

松下哲さん

もともと理科系のことが好きだったし、工学部に進んでコンピュータ系の仕事に進みたいな、という気持ちもあったので、理科一類に入りました。コンピュータ系に進もうと思った理由は、きちっとした夢があったわけではなくて、単純に興味があったんですね。僕らが学生だった頃はまだパソコンなんてないような時代で、家にもコンピュータなんてないですから、漠然とそういうものに憧れがあったんだと思います。

理科一類に進んで、その後は工学部の電子工学科に進みまして、音声認識関連の研究をしました。ただ、学業はすごくまじめにやっていたかというと、そんなでもないかな。卒業するのに精一杯というか、単位を取るのに一生懸命だった気がします(笑)。音声認識を選んだのは、すごく興味があったからです。音声認識というのは要するに、人間の言葉をコンピュータで認識する技術なんですね。それって、人間の部分と機械の部分の融合というか、機械のことや技術のことだけじゃなくて、人間がどのように言葉を発するかとか、人間的なものも勉強しなきゃいけない分野なんです。そういうところに惹かれたんだと思います。

東大に対するイメージ

東大に入って、わりと思った通りだったな、という気はしました。高校の時に、たまたま周りにいわゆる「東大っぽいな」っていう人がいなかったんですよ。だから、入ったらこういう人がいるんじゃないかなと漠然と持っていたイメージがあって、入ってみたら、やっぱりそんな感じなんだって思いましたね。

あとは、月並みな言い方ですけど、すごい奴がいっぱいいるな、というのは思いました。僕なんかは東大に入るだけでいっぱいいっぱいという感じだったんで、入ってみたら、上には上がいるな、この人たちには到底かなわないなっていう人がごろごろいて、すごいなって思いましたね。一緒に演劇をしていた後輩で、全く授業に出てなくて、たぶん駒場から本郷に行くことすらできなかった人がいたんですが、その後、ちゃんと就職しなきゃいけないと一念発起して、もう一回試験を受けて東大に入りなおして、今度はちゃんと進学して就職したんですよ。普通は受験が終わったら受験勉強のことなんてどんどん忘れていくもので、しかも演劇なんかしてたら本当に何もかも忘れてしまうものなのに、もう一回受験勉強してちゃんと受かったっていうのはとんでもねえなって思いましたね。

演劇との出会い

松下哲さん

大学に入学して、サークルには2つ入りました。1つは演劇のサークルで、それがメインなんですけど、演劇だけじゃダメかなと思って一応軟式野球のサークルにも入ったんです。ただ、野球のほうは好きなんだけどあまりなじめなくて、結局演劇一辺倒になってしまったという感じです。

駒場の演劇系サークルはたいてい春と秋の年2回公演を打つんですが、僕らも年に2回くらい「駒場小劇場」というところで公演を打ってました。ただ、それだけじゃ物足りないので、その中の有志で、都内各地の貸し出している劇場とかでもやっていました。僕が入ったサークルは3年生くらいの時に解散しちゃったんですけど、その後も好きな者同士で集まって卒業するまで演劇をやってましたし、卒業してからも続けていました。

演劇をやっていると、それに打ち込みすぎて留年してしまう人がすごく多いんですよ。僕が演劇のサークルに入った時も「留年するよ、いい?」ってまず言われて(笑)。「大体の人は留年しちゃうから。で、何割かの人は中退しちゃうから。」って言われて、それは嫌だと思って、僕は必死で勉強したんですけどね。

大学を卒業してから

卒業して就職してからも芝居をちょっとやっていたんですが、さすがに仕事と両立できないので一度芝居をやめたんですよ。それで1年くらいブランクがあったんです。就職した最初の頃はバタバタするんですけど、しばらくすると落ち着いてくるんですよね。そうすると、またやりたいな、みたいなことを言う人が必ず出てくる。僕らの中にもそういう人がやっぱりいて、「もし時間があるんだったらまたやろうよ」って誘われて、それでまた舞台に出始めたんですね。しばらくは会社に行きながらも年に1~2回くらいやっていたんです。言ってみれば、趣味に近いですよね。仕事の傍ら趣味で芝居するという感じでした。

それでしばらく芝居を続けていたんですが、知り合いになったある人の芝居に出させてもらった時に、野田秀樹さん(作家・脚本家・俳優)が当時所属していた事務所の社長さんがたまたま見に来ていて、「今度野田さんが演出する舞台があるんだけど、そのオーディションを受けてみないか」って声をかけてくださったんですよ。びっくりしたんですけど、せっかくそんな風に言ってもらったんだから受けてみようと思って、オーディションを受けてみたら受かったんです。「受かりました、出れますよ」って。

その舞台はプロの方々がやっているもので、2ヶ月間は昼間にずっと稽古があって、さらにその後1ヶ月間本番だったんです。自分の時間を丸々それにあてなきゃいけないので、会社に行きながらでは絶対に不可能だったんですね。受かったのはもちろん嬉しかったんですが、それに出るためには会社を辞めなきゃいけないという状況で、すごく迷いました。会社を辞めるというのは人生を棒に振るようなものなので、当然悩みますし、周りはみんな反対もします。仕事が嫌になったというわけではないですから、それはもう相当悩みましたね。悩んだんですけど、野田秀樹さんというのは僕らからすれば神様みたいな存在の人で、ものすごい偶然が重なってその人の舞台に出られるということになったので、これを断ったら一生後悔するだろうな、と思って。もちろん会社を辞めちゃったらそれはそれで後悔するんでしょうけど、どうせ後悔するんだったら会社を辞めて芝居に出るほうをとりたいな、って思ったんですね。それで、会社を辞めました。

会社を辞めて、野田さんの舞台に出していただいたんですが、だからと言って役者としてやっていけるわけはない。それでどうしようかなと思っていたんですが、舞台に出た時に、今度役者の事務所を立ち上げるっていう人を紹介していただいたんですね。その方に「うちでやってみたら」って声をかけていただいたので、そこでお世話になるようになって今に至る、という感じです。

今は、事務所からテレビのドラマや舞台、CMなどの仕事を紹介してもらっています。ただ、それだけでは食べていけないので、役者の仕事もしながらバイトもしますし、あとは一応僕はメーカーに勤めていた経験もあって電子工学科でコンピュータもかじっていたので、Web系のプログラムを書いたりサーバの管理をしたり、いろいろやって暮らしています。

役者になって

松下哲さん

大学の活動の延長でここまで来てしまったので、いつ役者になったのかっていうのはわからないんですけど(笑)。単純に、好きなことをずっとやっていられる状況っていうのはそれだけで幸せですよね。会社を辞めるまでは趣味の延長に近い部分があったんですが、辞めてからはプロの役者さんと一緒に現場に携わることが多くなりまして、レベルも高いわけですよ。前に一緒にやってた人たちのレベルが低いというわけではないですけど、野田さんの舞台なんかは当時日本でも最高のレベルだったと思うので、そんな人たちと一緒に仕事ができるのはすごく幸せなことだなと思いました。

大変なことは、先ほども言ったように、食べるのが大変ってことですね。役者より、普通に就職して会社勤めしている方がいいに決まってるので、生活面でもっとしっかりできたらいいのに、とは思います。

現場に行くと、舞台ですから役者が十何人かいるわけですよね。その中にもやっぱり競争はあるんですよ。主役の人もいるし脇役の人もいるし、いろんなポジションの人がいるんだけど、その中で存在感を出せないとすごくつらいことになってしまうんですね。大体芝居って稽古期間が1ヶ月から2ヶ月、本番が 1週間から長いと2~3週間あるんですが、その間同じ集団の中でやっていかなきゃいけないので、そこでうまく存在できてないなって思うときはすごく苦痛な時間になります。うまくないなって自分で思うし、演出家の人にも「もっとちゃんとやって」って言われるし。役者ならだれでもそういう経験はあると思うんですが、そういう時が一番つらいですね。

ただ、楽しくてもつらくても本番があって、千秋楽が終わって打ち上げをやるわけなんですが、その打ち上げでパーっと飲んでしまうと、つらいこととか全部忘れてしまって、「次どうしようかな、なんかやりてーな」みたいに思っちゃうんですよ(笑)。多くの役者さんがずるずる足を洗えないのはそういうところがあるんだと思います。

今日はこのあと、ゲスト出演する次の芝居の顔合わせがありまして、これから稽古が始まるんですけど、存在感を出せるよう頑張らないとなと思います。

メッセージ

松下哲さん

さっき東大に入ろうと思ったきっかけの話で、僕はものすごく漠然としたことしか言えなかったんですけど、「僕はこういうことがしたいんだ」っていうのはあったほうがいいと思いますね。大学に入って、その後に就職もするし、就職した後にもこの仕事よりこういうことをやりたいとか、そういう節目が必ずやってくると思うんです。そういう時に、やりたいことが明確に定まっていれば、自分の方向を決定づける手がかりになると思います。結局僕はわりと手がかりがないまま来てしまったという反省があるので、少しでもそういうことを自分で考えてみる機会があったほうがいいかなって思いますね。そのためには友達をたくさん作ったり、学生だけじゃなくてバイトでも何でもいいからいろんな年齢の人、いろんな職業の人と知り合う機会を作ったりしたほうがいいんじゃないかな。バイトもカテキョーだけじゃなくて、いろんなことをしたほうがいいよ、と思います。

決断を迫られたときには、自分の本当の声っていうのが絶対にあると思うので、それに従うのが一番いいと思います。選択を迫られたその瞬間に「本当は僕はこれがしたい」と思ったことを尊重するのが、後々において後悔しないんじゃないかって思うんですよね。僕もすごい迷ったって言いましたけど、それはどっちがいいかで迷ったというよりは、本当は答えが決まってるんだけど、この答えを選んだら良くないんじゃないかっていう、決断を阻害するものがどんどん出てきて迷っちゃったんですね。重大な決断では、そうなっちゃうと思うんですよ。なので、あれこれ考える前に「本当はこっちに行きたい」って思った気持ちを大事にしてあげるのが、後悔しない選択だと思います。

あとは、僕みたいに、会社を辞めて役者になってしまうような選択はしないでほしいと思いますね(笑)。これはもう、本当にそう思います。

プロフィール

’72年生まれ。大阪府出身。大阪府立北野高等学校、東京大学工学部電子工学科卒。学生劇団「シアターレベルフォー」「走れ!ばばあの群れ」を経て現在はフリー。’01年に会社を退職後、本格的に活動開始。小劇場を中心とした舞台のほか、映像、ナレーション、CMなどの分野でも活動中。

主な舞台歴:新国立劇場『贋作・桜の森の満開の下』作/演出:野田秀樹、遊機械プロデュース『Gadget parade ノーセンス』構成/演出:白井晃 など。

所属事務所:ルートワン

BLOG:mattsun.jp_blog

近日出演予定

Dotoo!(ドトォ!)
『タイマー』 ~もしもし、21世紀はラヴ&ピースですか?~
●作/演出:福田卓郎
●日程:2008年6月11日(水)~15日(日)
●場所:赤坂RED/THEATER
その他、詳しくはhttp://do-mo.com/をご覧ください。