池島清次さん

本郷キャンパスの法文2号館の地下、銀杏メトロ食堂の目の前には、70年程東大で営業している「池島靴店」という靴屋がある。店の主は池島清次さんというおじいさん。長い間東大を見てきたこの方に、東大の変化やご自身の職業に対する思いなどを聞いた。
※2008年11月末をもって池島靴店は閉店しました

東大で靴屋として働くことになった経緯

池島さん

父が東大で靴屋を経営させていただくことになったのは大正9年1月です。御殿下グラウンドのところの床屋さんは大正5年からやっていますが、学生部が認可したお店としてはこの池島靴店が一番古いらしいです。この店も最初は池之端の藤棚の辺りの木造家屋にあったんですが、その後御殿下グラウンドの床屋さんがある辺り、第二食堂の二階と移転して今の銀杏メトロ食堂脇に落ち着きました。昭和の初め頃はこの東大にもおしるこやみつまめを売るお店があって、女子学生などがよく買っていたようです。また、本屋の三省堂もあったそうですよ。銀杏メトロ食堂は昔「須田町食堂」といって、生協ではなくて民間の飲食店でした。ウェイトレスの女の子が白い前掛けをしてお湯をついでくれるようなお店で、ご飯やお味噌汁はお代わり自由でしたね。

私は学校を出て昭和11年くらいから父の靴屋で働き始めましたが、昭和17年6月に召集令状が来て軍隊へ行きました。その間のことは詳しくは分かりませんが、昭和19年までは配給で材料がもらえて仕事が続けられたのが、終戦近くになると配給がもらえなくなり仕事が思うように出来なくなったと聞いています。私が軍隊へ行って不在の間は父と弟が靴屋を経営していて、東大からは「配給が全くなくなるその時まで靴屋を続けてほしい」と言われていたようです。私は軍隊に3年いたあと、シベリアに3年抑留されました。昭和23年にシベリアから帰還した時、靴屋は弟が継いでいましたが、弟が違う商売がやりたいということで昭和30年頃に私がこの池島靴店を継ぐことになりました。

軍隊でも私は「靴屋」をやることになって、靴など革類の修理などをしていました。あちらで修行もしましたし、軍隊から表彰状ももらいました。このような表彰状はなかなかもらえないものだと思っていますから、今でも大切にしています。

昔の東大・今の東大

インタビューの様子

私は戦前から東大にいますが、当時は木造校舎が多かったと思います。病院も木造でした。父から聞いた話ですが、クリスチャンだった南原繁総長(当時)が建物の入り口が教会のそれに似せて造った建物があるそうです。また安田講堂は当時100万円で建てたそうです。靴が1足10円以下で買えた時代ですから、いかに大きなお金だかわかるでしょう。それに正門の扉も鋳物で4~5枚で当時3000円もしたそうです。こうした古い建物が残っている反面、新しい建物もどんどん建っている。それが今の東大だと思います。

昔は小学校6年、旧制中学5年、高等学校3年、帝国大学3年と、昔の東大生(帝大生)は計17年間学校に通っていたわけです。

黒いマントに下駄や草履を履き、帽子からは毛がボサボサとはみ出して、手ぬぐいを腰にぶら下げている。そんなだらしのない格好をしていたのが第一高等学校(現在の農学部の場所にあった)の学生で、よく大声で歌を歌っているのを耳にしたものです。それが帝大に入ると白帽に詰襟シャツに革靴と、とたんに紳士になってしまいました。だからあの当時は靴がよく売れました。詰襟のところには東大の校章、入学年度、そして学部を表すマークが付いていました。法学部は「J」、経済学部は「E」といったふうに。あと昔はほとんど女子学生がいませんでしたね。

昔の東大生(帝大生)は結構のん気で、よく靴屋へ来て長い時間私と話をしてくれたので友達も出来ました。今はまったくそんなことがなくなってしまって少しさびしいですね。これも時代の変化で「お得意様」がなくなったからでしょう。それに昔は従業員も10人くらいいて、店に5人、自宅のほうで靴を作る職人が4人いましたが、今は私が一人だけでやっています。でも今でも教職員の方々はよく利用してくれます。ハイヒールのかかとが取れてしまってびっこを引きながら私のところにやってくる人もいます。東大としても靴の修理をしてくれる者がいないと困るんだと思います。だから一人でもこうして東大で働くことが出来るんだと思います。

東大で長く靴屋をしていると、いろいろなことがありました。安保闘争の時期、安田講堂事件の時にはこの店の前に学生がたむろして焚き火をしたりしたので、1週間くらい店を閉めなければならなかったことがありました。またある時7万5千円もする婦人靴の修理を依頼されたことがありましたが、そういう高い靴を修理するときは緊張しますね。安い靴はそういうことはないんですがね。あとはNHKラジオや文化放送、朝日新聞社の取材を受けたりもしましたね。

最近の靴について

池島さん

本当は革靴のような修理の出来る靴を履いてもらいたいと思っています。スニーカーなどの運動靴は靴底がゴムで修理が出来ないので、結果的に「履き捨て」が多くなっていると思います。以前は一足10円で直すことができたので、靴を修理することは一般的だったのですが。ちなみにカンガルーの革で出来た靴は柔らかいし軽いのでお薦めなのですがね。それに今はほとんどがレディメイド(既製)の靴なので、みなさん靴に足を合わせているようですね。昔、靴はオーダーメイドで修理して長く履くのが一般的だったのですが。今は靴の手入れをしない人が多いと思います。手入れ不足ですね。昔は靴ずみがたくさん売れたものです。

私は靴底の修理を専門にしていますが、靴屋に来るお客さんは靴に関しては素人の方ばかりなので、靴を買う時や扱う時の注意点を教えたりはしています。具体的には靴の磨き方や手入れの仕方、他の店で買う時の靴選びのアドバイスです。靴が革製かビニール製か、どうやって見分けるか分かりますか。指でぎゅっと押してみて、しわができるものが革製、しわができないのがビニール製です。あとうろこのあるヘビ革やワニ革は爪でひっかくと引っかかるのが本物です。

私は商売柄、バスに乗っても電車に乗っても歩いていても周りの人の靴を観察してしまうんです。「いい靴履いているな」とか「安い靴履いているな」といったふうに。そういうことはすぐに分かってしまいますね。素人の方は靴の価値を値段で判断するかと思いますが、私のような靴屋は靴を見て靴の価値を判断するし、判断できるんですね。あとは靴を買う気があるかないかも、お客に声をかけることで分かります。声をかけると逃げていく人は買う気がない人だと分かりますし、買う気がある人は声をかけてもその場を動かないでじっと靴を見ています。

これから

池島さん

息子にこの池島靴店を継がせたいと考えています。息子は修行中ですが、目で見て覚えて自分に自信がつくまで頑張ってほしいです。後継者がいなかったら店を終おうと思っていました。靴屋の仕事が出来なければ、東大にいることはできないと考えているので。逆に言うと、靴屋で靴を修理するという、東大の教職員や学生には出来ないことで東大に貢献できていると思っています。体力の続く限り仕事したいと思っています。

東大生に向けたメッセージ

履いている靴を大事にしてください。靴は手入れして永く履けるようにしましょう。履き捨てはもったいないです。また靴はあまり履きすぎないようにし、雨の日は革靴が痛むので革靴の代わりに雨靴やケミカルシューズ(ビニール製の靴)を履くようにしてほしいです。靴を買う時は、一番信頼出来るお店で買いましょう。

私は東大の教職員、学生の福利厚生のために努力しているつもりです。どんな難しい靴の修理でも直そうと頑張っているつもりです。それが私の任務だと思っていますし、そのために私はここにいるのですから。

プロフィール

池島さん

  • 名前(ふりがな):池島清次(いけじまきよじ)
  • 年齢:85歳(1921年7月生まれ)

池島靴店

※2008年11月末をもって池島靴店は閉店しました
平日9:30~17:00営業、土日祝日は定休日。その他夏休みに不定期に休む日あり。靴の販売・修理を専門に承ります。靴以外に靴用品も取り揃えています。また、靴に関するお悩み・相談も承ります。