ラリー遠田さん

テレビでは毎日、個性的なお笑い芸人が活躍していて、お笑いは1つのカルチャーとして成り立っているようです。中には東大卒や京大卒といった高学歴の芸人さんも活躍しています。今まで学校で学んだことが意味を持たず、才能だけで評価される世界で成功するというのはとても難しい事のように思えます。今回は、東京大学OBでお笑い評論家として活躍しているラリー遠田さん(文学部卒)に、ご自身の大学時代のお話や高学歴芸人が成功するには、といったお話を伺いました。


東大時代

ラリー遠田さん

なぜ東京大学を目指したかを教えてください。

はじめは、本を読んだり漫画を読んだり、そういったカルチャー的なものが好きだったので、東京にはいろいろ楽しそうなことがありそうだなあという漠然とした気持ちで、東京に行きたい、東京の大学に行きたいと思っていました。行くなら、学費のことを考えても私大よりは国公立のほうがいい。それで、国公立の中ではどこがいいかと考えて、東大はおもしろそうだなって。そういう感じですね。

僕の中では、東大に入学するということは、自分が東大生になるというより、東大を見学しに行くみたいなイメージなんですよ。学問を真剣にやるとか、就職に有利だとかはあまり意識していなくて「東大はどういうところだろう、東大生はどういう人たちだろう、ちょっと覗き見してやれ」みたいな気持ちでいました。だから、東大を目指した理由は、簡単に言うと「おもしろそうだから」ということです。

あとは、勉強して目的を達成する過程みたいなのもおもしろいと思いました。僕は名古屋の公立高校に通っていました。名古屋には毎年2、30人東大に送り出すトップ校がいくつかあるのですが、僕がいたのはその下の高校で、東大は毎年1人いるかいないかくらいのランクです。僕は高校の中では割と勉強は得意で、学力としては東大に進学できなくはないくらいのポジションでした。僕は予備校に通ってなくて、学校からも東大についての情報が無かった。だからその情報収集とか勉強の仕方を調べるとか全部自分でやりました。作戦を立てるとか、周りの空気に流されず自分のペースで何かをやるとかが昔から好きだったんですよ。

文三を選択したのはなぜですか。

一番のきっかけは、高校の時に野矢茂樹先生や永井均先生が書いた哲学の入門書を読んだことですね。哲学に興味があったし、野矢先生に会いたいというのもあったので、文三を選びました。理屈っぽい考え方みたいなのは好きだし得意だったんですけど、いわゆる理系の分野にはあまり興味がなかったんですね。数学は得意だったんですけど、学問としてやろうと思う程好きじゃないし適性も無いみたいな感じです。あと法律・経済・政治にはもともと関心が持てなかったので、その方面は初めから選択肢にありませんでした。

東大に入ってみて、おもしろい人を実際に見ましたか。

在学中はあまり多くの人に会わなかったから、よくわかんなかったんですよ。ただ、すごくちゃんとした、育ちが良くて、純粋でまじめな人が多いという印象はありました。僕は真面目な人も、ふざけたり不真面目だったりする人も好きなんですけど、後者の人材が不足していたので少し物足りなさはあったかもしれませんね。明るくてコミュニケーションができるタイプの人はいたけど、やっぱみんなちょっと真面目だったりちょっとプライド高かったりしました。

僕は公立高校出身で周りに東大を目指すような人がいなかったんで、そういうコミュニティーを知らなかったんですよね。灘とか開成とかみたいに周りに東大を目指す人が多くいるようなコミュニティーにいれば違ったのかもしれないけど、そういうのに触れないまま来たから、東大でそういう人たちを初めて知ったという感じですね。

大学生活はどうでしたか。

駒場の時は、最初は真面目に授業に出席していたんですけど、そのうち授業に出なくなってしまいました。いわゆる引きこもりです。本郷に進学してからは本当にひどかったですね。年間で何かの手続きで10回くらいしか大学に行かなかったし、もちろん授業も受けていなかった。でもレポートを提出するみたいなことはギリギリやっていたので必要な単位は全部取得していました。完全に暗黒時代で、本当に底辺中の底辺みたいな生活でした。でも留年はしませんでした。そういうのは嫌だったんですよね。

卒論は、ほとんど先生と相談しないで、勝手に書いて提出しました。僕は昔から人が死んだらどうなるんだろうなという問題を考えることが多かったので「死」をテーマにして、それを哲学的に考えるとどうなるかについて書きました。口頭試問では、提出した卒論について哲学の教授4人と質疑応答したんですけど、何人かは、首をかしげて「こいつなんにもやってねーじゃん、研究してねーじゃん」みたいな感じでした。他の何人かは、「まあまあ、いいじゃないですか」みたいな感じで。一応書いたし認めてやるか、ぐらいの感じだと思いますよ。

その暗黒時代に、就職活動はどのように行なっていたのですか。

ここは東大生には反面教師にしてもらいたいと思うんですけど、就職で失敗したんです。テレビが好きだったんで、お笑い番組とかバラエティー番組とかを作る仕事をしたらいいかなと思って東京・大阪・名古屋のテレビ局は全部受けました。あと、出版社は大手も大手以外もある程度受けました。でも全部落ちたんですよ。筆記試験は100パーセント受かるんです。ちょっと気のきいた文章を書くのが得意だから、絶対受かるんですよ。でも面接になるとだめ。引きこもり生活が長すぎて、基本的なコミュニケーション能力が無かったんだと思います。当時は就職氷河期でテレビ局の採用人数が少なかったというのも多少あるかもしれませんが。

就職活動は、だいたい大手が最初に始まって、そのあとどんどん小さい会社が始まります。だから、最初のうちにテレビ局は全部落ちて、番組制作会社に就職活動の範囲を広げました。その時期からようやく面接慣れしてきて、番組制作会社1社から内定を頂けたんですよ。そこを受ける時点で50社くらい面接に落ちて面接が嫌になっていて、取り繕って自分を良い人に見せようとするのが良くないんじゃないかと思ったんです。それで、半ばやけになって自然体でいったんですよ。やけくそだ、みたいな感じで。そうしたら受かったんですよね。だからはじめからそうしていたら良かったのかなと思うんですけど、それに気づくまでに時間がかかりましたね。

ライターの仕事・お笑いについて

番組制作会社ではどのようなお仕事をしていたのですか。

テレビ番組はテレビ局の人たちが作る場合と外部の番組制作会社の人たちが作る場合があります。僕がいたような番組制作会社というのは、テレビ局からこの時間帯、この予算で番組を作ってほしいと依頼を受けて、その予算内で人材を割り振って企画を考えます。プロデューサーが番組制作を仕切り、ディレクターが演出をします。そして彼らの下で働くのがアシスタントディレクター(AD)で、僕はADをずっとやっていました。例えば中国で、あるものを撮影したいという企画が決まったら、ADは中国へ行くための計画を練らなければいけない。スケジュール作って、飛行機のチケットを手配して、日程表を作って、それをスタッフ全員にコピーして配って、とか。他にも撮影用の小道具を揃えたり大道具を発注したり、役者さんやタレントさんが出るときはタレント事務所にオファーしたり。そういうふうに、あらゆる雑用係をしていました。

番組制作会社の仕事とラリーさんの理想の間にギャップはありましたか。

ADをやりたくてやる人は誰もいませんからね。ADというのはディレクターになるための下積みとして、やらなければいけないからやっているわけで。ただ、番組制作の現場では、映画でいうところの映画監督であるはずのディレクターに意外と権限が無いということは感じました。映画監督は映画すべてを自分の責任で取り仕切っているイメージがあるじゃないですか。でもテレビはそうではないんですよ。それはテレビという枠の中で、何曜日何時に放送されて、スポンサーはここというふうに様々な縛りがある中でやっているからで、ディレクターが演出に関しては判断できるけど、結局はプロデューサーが責任をとるんですよ。だからプロデューサーが映像をみて「ここはこう直した方がいいんじゃない」というふうにディレクターに注文をつけたら、基本的にディレクターはそれを直さなきゃいけない。あとテレビはいろんな人が関わるから、ディレクター1人の権限で何かを決定できるということは無いですね。1人の人間ができることに限界があるなと感じました。

ライターに転職したきっかけは何だったのでしょうか。

番組制作会社にいるときに、ライターの仕事を手伝って僕が書いた文章がテレビ雑誌に載ったことがあります。そのとき、テレビと雑誌の違いにびっくりしたんですよね。テレビはみんなで作るものですが、出版は、例えばある枠でコラム書いたらそれはもう書いた人ひとりのものなんですよね。編集者が意見を言ったり直したりすることはありますけど、基本的には書いている人の責任であり、書いている人の好き勝手に書ける。つまりこの人ひとりの作品なんですよ。雑誌の仕事をした時、自分の書いたことや思ったことがそのまま世に出るということに衝撃を受けました。すごく楽しくて充実感があって。それで、文章を書く方が向いているんじゃないかとそのときに思いました。

番組制作会社を辞める直前には、立場はADでしたけど、多少はディレクターに近い仕事とか短いコーナーのVTRを演出したり編集したりとかを任せてもらえるようになっていました。しかし、そういう仕事を体験してもディレクターはやれることが限られているなと思いました。テレビは何百万人、何千万人という視聴者に合わせなければいけないんですよ。そうすると、平均的な「分かりやすいこと」をやらなければいけない。でも、僕はあんまりそういうことがやりたいわけじゃない。一方、本はテレビと違ってマニアックで、ごく少数の読者に向けて書かれています。ベストセラーといってもせいぜい百万部二百万部しか売れてないですよね。だから、こっちの世界の方がより自分のやりたいことに近いなというのがありました。

ラリーさんはライターであると同時にお笑い評論家という肩書も持っていらっしゃいますが、それは、具体的にどういうお仕事なのでしょうか。

お笑いについて、知識が豊富にあって、いろいろなことをやりますよということです。言い換えれば、テレビやDVDを観たりライブに行ったり、取材をしたりして、それなりの文章を書いたりコメントしたりできますよというスタンスであり、お笑いを見る専門家というイメージですね。例えば、今、テレビではオアシズの大久保佳代子さんが人気ですが、雑誌社の人から「なぜ、今、大久保さんは人気なのか」という質問が来たとします。僕はこういう理由じゃないかと分析をして、それが雑誌に載ります。

意識しているのはお笑いのおもしろさのポイントを伝えることです。僕が一番うれしいのは、ある芸人について僕が書いた文章を読んだ人から「その人のことはあまり好きじゃなかったんだけど、ラリーさんの文章を読んだら、そういうおもしろさがあるのかと気付いた、おもしろく思えるようになった」と言われることです。そうやっておもしろさのポイント、お笑いはこんなにおもしろいんだよということや、芸人さんはこんなすごいんだよということを伝えています。

以前「アメトーーク!」(テレビ朝日)で特集された「好感度低い芸人」のように嫌われていることを売りにしている芸人さんもいらっしゃるから、そういう方についてはおもしろさのポイントを世の中に伝えることは重要だと思います。

そうですね。僕は、今「日刊サイゾー」というウェブサイトで芸人さんを取り上げたコラムを連載しているんですけど、誰からも慕われているような人より、世間で嫌われている人を取り上げる方が楽しいです。嫌われている人にもこういうおもしろい、注目すべきところがあるよという褒め方の方が、書いていておもしろいし、文章も良くなるんですよね。

だから、品川庄司の品川祐さんとかキングコングの西野亮廣さんとかについて書いたものは我ながらなかなか良いんじゃないかなと思いますね。みんなが好きな人を褒めるのもいいんですけど、みんなに嫌われている人や、十分に理解されていない人に対してこういうおもしろさがあると伝えることの方が、他にやる人がいないから、やりがいがあります。

そもそもお笑い自体がそうなんですよ。お笑い自体、分析したり評論したりする対象だと世間から思われていないじゃないですか。思われてないから、それをやると希少価値が出るし、めったにないものだからわりと読まれます。

お笑い評論家として、これからのお笑いはどうなっていくとお考えですか。

多様化しているのは間違いないですよね。「ドリフ」とか「ひょうきん族」の時代に比べると、娯楽が増えて、みんなが同じバラエティー番組を観て育つということがどんどん無くなってきている。その流れは止められないと思うんですよね。だから小さいコミュニティーの中ですごく人気がある人というのが乱立して、いわゆる「天下を取る」芸人が減るんじゃないでしょうか。

お笑いブームは周期的に来るんですよ。漫才ブームとか、最近ではネタブームがあって、テレビでも「爆笑レッドカーペット」(フジテレビ)とか「M-1グランプリ」(テレビ朝日)とか「エンタの神様」(日本テレビ)とかやっていた時期があるじゃないですか。今はお笑いブームが停滞している時期だと思うんですけれども、今の状況に視聴者が飽きればもっとお笑いを観たいと思うようになるし、お笑い番組が増え過ぎれば観たくないと思うようになるし。テレビは視聴者の鏡なんですよ。ブームは何かしらの形で再来すると思いますが、どういう形で来るかは予想がつきませんね。

東大生へのメッセージ

もし東大生がそのようなお笑いの世界で成功したいと考えたらどうしたらいいと思いますか。

東大生は、戦略的に考える力が優れていると思います。今、それで成功している芸人というとオリエンタルラジオ(編注:以下オリラジ)ですね。オリラジの中田敦彦さんは学芸大附属高校、慶応大学出身で受験エリートとして育ってきました。それで戦略を立てて実行して、仮説が間違っていたら修正してまたそれをやるという能力が高いんですよ。だからオリラジは一気に売れたし、ちょっと失速した後も、また盛り返してきているじゃないですか。

芸人の売れ方には、内面から湧きあがるキャラクターやエネルギーのような生の魅力によるものとは違う、戦略的に笑いや人気を取るというものがあるんです。高学歴な人にはそれが向いているんですよ。東大生もそういうやり方をするしかないと思います。

その戦略の上で、東大生とか東大卒という経歴は武器になるでしょうか。

それは難しいですね。今、東大卒芸人は何人かいますが、ものすごく売れている人はいないでしょう。いないということは、みんな東大卒という肩書を持て余していて活かしきれていないということじゃないしょうか。

恐らく東大卒の芸人はめったにいないからその肩書を売りにすればいいのでは、と思われると思います。しかし、いざやってみると受け入れられない。お笑いに限らないと思いますが、東大卒であることでかえって無駄にそっちに目が行くというリスクがありますから。東大は、芸人の武器になると思いますけど、どうやって武器にするかは難しいですね。

あと、お笑いはスポーツに似ています。スポーツはどういう練習をしてもいいし、どういう鍛え方をしてもいいけれど、ゴールテープを0.1秒でも早くくぐった人が勝ちじゃないですか。お笑いもそういうところがあるんですよ。笑いを取った人が勝ちなんです。だから、東大卒は売れるための手段の一つにすぎない。

有利か不利かでいうと、それ自体は不利じゃないと思うんですけど、東大卒であることで失っているものもいっぱいあると思います。例えば東大に入るためには勉強しないといけなくて、その間は誰かとしゃべったりとか冗談を言いあったりする時間は奪われているわけじゃないですか。そのかわりに机に向かっているから。お笑いに関してはそのようなフィジカルな差が結構効いてくることがあります。

ロザンの宇治原史規さんは高学歴を売りにしてとても成功していると思いますが、彼は他の高学歴芸人とは何が違うんでしょうか。

宇治原さんも非常に戦略的で「自分は高学歴です」というのをアピールしています。そしてクイズ番組に出まくる。クイズ番組に出てくる難問は、高学歴だからといってできるものではありません。みんなが知らない難しい漢字を覚えるとか、難しいパズルを解くとか、雑学的な知識を持つとかは学歴を超えたところもあるじゃないですか。彼は、クイズが得意というイメージを自分で背負ってクイズの勉強をするわけですよ。それで、実際クイズが得意になって、クイズが得意というキャラクターが確立されて、様々なテレビ番組で重宝されるようになる。それは一つのやり方ですよね。

京大芸人は宇治原さんが成功していますが、東大芸人でそこまで成功している人はまだいないじゃないですか。だから出てきてほしいというのはあります。

最後に、東京大学の学生にメッセージをお願いします。

ラリー遠田さん

僕が偉そうに言えたことではないんですけど、東大の人は学問に対する愛着が強い人が多いんじゃないでしょうか。勉強することそれ自体はいいことだと思うし、学問を究めて研究者になるというのだったら、なおのことそれでいいと思うんですけど、実際は企業に就職して社会に出る人もいるし、自分の専門とは全然違う道に行く人もいるでしょう。そうすると東大で過ごした時間や勉強した内容そのものは、世間では何の評価もされないし、役に立たないわけですよ。でも大学にいるうちは、勉強を役に立たないとか、時間の無駄とか、勉強やってる奴は馬鹿だとか、言ったり思ったりする価値観は無いわけじゃないですか。だから、客観性を持って学問と付き合うのは大事じゃないかなという気はします。

あと、前の話とつながりますが、世間に出ると良くも悪くも東大卒という肩書を背負うことになるんです。それで得することもあるけど、得じゃないこともいっぱいありますよ。単純な話、社会に出てから他人に学歴を聞けないんですよ。東大卒ではない人は気軽に聞けるけど、東大卒の人は会話の流れから「じゃああなたは」と聞き返されたとき、東大って答えると自分からその話をしたかったみたいになるから。だからそういう、東大生・東大卒であることのデメリットみたいなこととの付き合い方は考えた方がいいと思います。

最後に、東大生へのメッセージというより、過去の自分へのメッセージなんですけど、僕は、大学時代に何もやっていなかったせいで、その後いろいろなところで無駄に時間と手間がかかったと思っています。だからそうならないために、大学の時にいろいろやっていたらよかったなと思います。それは何でもいいです。なにかやってみて向いてなかったらすぐやめるとかでもかまいません。1回やってみないと向いてないって思えないですから。だから、昔の自分に「もうちょっといろいろやれば」と言いたいですね。

ありがとうございました。

プロフィール

ラリー遠田 (らりー・とおだ)

1979年愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。2002年にテレビ番組制作会社に就職。2005年に退職し作家・ライター、お笑い評論家として活動を始める。

主な著作に『この芸人を見よ!』(サイゾー 2009)『THE 芸人学 スゴい!お笑い 戦国時代をサバイバルする30人の成功法則』(東京書籍 2009)『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書 2010)『この芸人を見よ! 2』(サイゾー 2011)『全方位型お笑いマガジン コメ旬 Vol.1~5』(ムック本、編著 キネマ旬報社 2011-2012)『バカだと思われないための文章術』(学研パブリッシング 2013)などがある。