新保信長さん

筆者が授業の合間に生協書籍部を覗いてみると、ポップつきで平積みされている本があった。『東大生はなぜ「一応、東大です」と言うのか?』。その本は軽快に毒を吐き世間を斬っていた。その本を書いたのは東大卒で編集者かつライターかつマンガ批評家かつ大のタイガースファン。そんな彼自身は東大とどう接してきたのだろうか。

なんとなく入ってしまった東大

新保信長さん

東大生に関する本を出しておきながら言うのもナンだけど、自分自身は東大にそんなに強く思い入れがあるわけじゃないんです。灘高校に通っていて周りの大多数が東大に行くから「じゃあ俺も」ぐらいのノリで。それに親元からは離れたかったから家から通える阪大や京大はダメで、かといって田舎は嫌だし私立はお金がかかりすぎる、と消去法で考えても東大しか残らなかった。親も東大か医学部に行けって言ってたしね。文系なのに医学部は無理だろって(笑)。文系に決めたのは、考えるまでもなく文系向きだったから。国語や社会はそれなりに好きだったけど理系科目は苦手だったし、生物なんかはわりとおもしろかったけど物理や化学はどうにも駄目で。そんな感じで志望校を決めたので、受験勉強中に「俺は東大に入ってこれをやるんだ!」とかいう思い入れは無かった。でも勉強はしなくちゃ合格できないからする、という感じ。ただ受験勉強自体は大変ではあったし数学には苦労もしたけれど、国語は適当に何とかなったし、日本史や政経はいわゆる参考書のほかに岩波新書などを勉強と称して読みまくったりして、それはそれで楽しかったね。塾や予備校も模試以外では利用していなかった。東大の二次では数学が1問も完答できなくて、他の大学は受けていなかったから、コレは浪人だ、嫌だなぁと思いながら合格発表を見に行ったら何故か受かってた。ラッキーというかほっとしたというか‥‥。

本を書く上でいろんな人に入学前と入学後の東大のイメージの違いだとか聞いたけれど、自分がどうだったかといえば入学して特別びっくりしたということは無かったですね。灘に通っていたから東大生が雲の上の存在だとか違う人種の人というイメージを持っていたわけではなかったし。実際には面白い奴もわけわかんない奴もいるなーぐらいにしか思わなかった。文Iだとまた違ったのかもしれないけど、文IIIだったからか周りにエリート気取りみたいなのもいなかった。在学中は「まんがくらぶ」に入ってました。子供の頃から漫画が大好きで人生で大事なことは全て漫画で学んだって感じなんで(笑)。だから漫画も描いてましたよ、一応。高校の時から全然下手ながら描いていて、結構本気で漫画家になりたいと思ってた。大学の4年間描いてればうまくなるだろうと思ってたんだけど、ならなかったねえ(笑)。本を作るのも好きで、自分で編集した同人誌をコミケ(編注:「コミックマーケット」。世界最大規模の同人誌即売会。)に出したりしてた。それがそのまま今の職業になっちゃった感じですね。

「大学の勉強で今でも役に立っているものは?」って聞かれると、「東大で学んだのはネズミの持ち方だけ」っていつもネタで言ってるんだけど(笑)。いわゆる学問的な勉強はほとんど身についていない。最低限、単位取れる程度しか勉強してなかったからね。理系はともかく文系ではまじめに授業に出る人なんて少ないんじゃない? もちろん面白い講義はあったけど、退屈なだけのものもあったし、第二外国語のドイツ語なんか講師のおばちゃんがドイツ語だけでしか喋らなかったりして全然わからなかった。それで講義サボって空いた時間は漫画読んで漫画描いてお酒飲んで阪神を応援して。東大での4年間は結局、いわゆるモラトリアムの時間だったけど、それはそれで自分の適性や能力を知る上で必要なんじゃないかな。

小さい頃から漫画を読んでいたから、漫画を見る目には自信があった。だから、自分の描く漫画が駄目だってこともわかった(笑)。でも本作りは好きだし、じゃあ編集する側になろうって。就職活動は自分では結構まじめにやったつもりだったんだけど、じつはいい加減だったみたい。出版社ばかり受けたんだけどぼろぼろ落ちちゃって内定は一社からしかもらえなかった。特別行きたい会社ではなかったんだけど、しょうがなくそこに入ることに(笑)。そこは教育系の出版社だったんだけれど、自分のやりたいことができそうになくて、ここにいたら駄目だなと思って10ヶ月でやめて。それで新聞の求人欄に出てた編集プロダクションの中途採用を受けた。今考えれば、新卒で10ヶ月しか働いてないような実績のない奴が書類ではねられずに面接までいって採用されたのは「東大」という肩書きのおかげかも。東大卒なんかまず来ないような小さな会社だから、珍しいから取ってみるかとかとりあえずバカではないだろとかそういう判断があったのかもしれない。東大卒という肩書きが本当に役に立ったと思ったのはこの時ぐらいかな。

自分にとって東大卒っていうのは今ではもう「一発ギャグ」みたいなもんですね(笑)。初対面の人に聞かれた時に東大卒っていうとええーっとなる。反応が無いより反応があるほうが面白いし、そこから話が弾む。俺は名前も「信長」なので、前にある漫画家さんに「2つも飛び道具があっていいよね」って言われたんだけど(笑)。名前で3分、東大卒ってことで3分話が持つ。そうすれば早く覚えてもらいやすい。でも、その程度しか東大卒ってのは意味が無い気がしますね。

『東大生はなぜ「一応、東大です」と言うのか?』

この本を書くに至った経緯はあとがきにも書いてあるんだけれど、そもそもは数年前に、ある出版社の編集者と企画の話をしていたときに、「大学ネタで何か出来ないか?」という話になったのがキッカケ。それで、たまたまその出版社の別の企画で仕事してた編集者が東大卒で、じゃあ東大ネタで何かやりましょうかって本書の原型になる企画をひねり出した。最初本の仮タイトルは「東大バカ本」で、「俺は東大だ」って威張るバカもいれば妙に東大を崇めるバカもいる、東大の中のバカと外のバカ両方に注目してみようって話で進めていた。ところがその東大卒の編集者が異動で別会社の出版と関係の無い部署に行っちゃって。企画はそのままうやむやになって放置していたんだけれど、アスペクト(編注:『東大生はなぜ「一応、東大です」と言うのか?』の発行所)から何か企画無いかって聞かれて、他のいくつかの企画と一緒に持っていったら、本当は別に一番やりたい企画があったんだけれど、こっちがすんなり通ってしまったという(笑)。『ドラゴン桜』の影響でちょっとした“東大ブーム”が到来していたからかもしれない。

新保信長さん

実際に完成した本では東大の外にいるバカ、つまり世間から東大はどう見られているかっていうのに重点をおいた。とっかかりとして雑誌など色々なメディアから東大に関する記事を集めていったら、思いのほかというか思い通りというか結構いっぱいネタがあって。それに東大生に聞きましたっていう本は多くても周囲が語られてる本は少ないなと思ってこういう形になったのかな。もう少しバリバリのステレオタイプな東大生をとりあげるのもよかったかもしれないけどね。

まあでも、昔よりは東大生を特別視する度合いは減ってるよね。田舎のお年寄りとかは今でも神様みたいに崇めてる人もいるみたいだけど、少なくとも東京とかでは本当に「東大生ってすごい」と思っているわけではなくて、特別ってことにしておいたほうが面白いし、いじりがいがあるから、そういうことにしておきましょう、みたいな所があるんじゃないかな(笑)。コレは東大生に限らず世間全体的にそうなってきている気がするな。昔は芸能人でもスターはスターという感じだったけれど、相対的な地位が下がってきている。社会から「特別な存在」が消えてきているんじゃないかな。それでも「東大生が書いた~」って本やドラゴン桜のような漫画が売れるのはまだまだ東大にブランド的な意味があるってことだと思うけどね。

取材相手の東大生は基本的に人づてで紹介してもらって、1人捕まえたら芋づる式に他の人を捕まえるというパターンでした。取材した範囲での印象だけど、今の東大生は昔よりも真面目だなという感じはしたね。もちろん取材の時と酒の席ではまた違うんだろうし、取材相手に女の子が多かったこともあるのかもしれないけれど、なんかちゃんとしてるなー、もっと俺たちちゃらんぽらんだったけどなーって。月並みだけれど、「東大だから」とか意識しないで、もっとやりたいことをやったほうがいい気がしますね。やりたいことをやるのが楽しいし幸せだと思うよ。東大を目指している人も「頑張れ!」とは思うけど、無理していくほどのもんでもない。まあ、普通に頑張って入れるんなら入って悪くはないけれど、そんな『ドラゴン桜』で言われてるほどいいもんでもないし。

もし人生やり直せるとしたら、とりあえず中学高校は男子校じゃなくて共学に行って(笑)、うーん、東大は行ってもいいけれどせっかくなら他の所に行ってみたいかな。才能が許せば美大とかね(笑)。

プロフィール

新保信長さん

新保信長氏

大阪出身。根っからのタイガースファン。
灘高校出身で東京大学文学部心理学科卒。
週刊誌『SPA!』などにも携わるフリーのライター、編集者。
同時に「南信長」というマンガ解説家でもある。
バイブル的マンガはいしいひさいち著の『バイトくん』
著書に『笑う新聞』シリーズ(メディアファクトリー) 『少年法(やわらかめ)』(伊藤芳郎氏と共著/アスペクト) 『笑う入試問題』(角川書店) 『言い訳するな!』(ミリオン出版) 編著に『出禁上等!』シリーズ(ゲッツ板谷/扶桑社) 『消えたマンガ雑誌』(メディアファクトリー)など。