漆原茂さん


現代人の生活の必需品ともいえるコンピュータ。この文明の利器が産声を上げた頃、その魅力に惹かれ、のめり込んでいった1人の少年がいた。

ITコンサルティング会社を起業し、社長を務める漆原茂さん。2006年には株式上場も果たしている。その人生の道のりは、アカデミズムから飛び立ち、真っ直ぐに面白いことや望むことを追求した先に延びていた。

面白いことがいっぱい

漆原茂さん

私は中学・高校の頃から、物理とか化学とか数学とかが面白いなと思っていました。特に物理に興味がありましたね。未知のものを解いていくという理科系の醍醐味に惹かれました。当時はパソコンの黎明期。様々な専門誌が出ており、パソコンは自分で組み立てるべきものだという考え方が広まっていました。自分で作れるなら面白そうだと思い、飛びついたわけです。

東大を目指した動機として、何か明瞭な「きっかけ」は思い出せません。日本の最高学府だからきっとすごい先生や仲間がいて、面白いことがたくさんできそうなので挑戦してみよう、という気になったんだと思います。自然な流れでそうなりました。

理科一類に入学し、工学部計数工学科に進みました。何故その学科を選んだかというと、コンピュータをやりたかったからなんですよ。当時は情報工学の専門学科がなく、計数工学科が一番コンピュータに近いことをやっていたわけです。他には音楽系のサークルに参加したり、家庭教師のバイトをやったり、授業に出ないでずっと麻雀をやったりしてましたね(笑)。面白いことができそうだったから東大に入ったわけですが、実際に入ってみたらやっぱり勉強以外にも面白いことがいっぱいあって、好きに行動してきたという感じですね。大型コンピュータセンターにも出入りして、楽しんでました。

進む技術・浮かぶ疑問

漆原茂さん

学部を卒業する際、いろいろ考えて大学院には行きませんでした。コンピュータサイエンスの分野では、大学よりも圧倒的に進んでいるところがまだ外にあるって気づいちゃったんですよ。基礎研究として日進月歩なのは確かに面白い。しかしコンピュータは使ってナンボだという思いが日に日に増し、ITによる未来社会とかでっかいものを作りたくて、そういうのは大学だと難しいと思いました。アメリカのシリコンバレーとか企業の研究所とかのほうがもっと進んだ世界になっていてお金もある。そっちが早く見たかったんです。まあ勉強してなかったから、そもそも院には入れなかったでしょうね(笑)。

学生時代は元々ハードウェア屋で、論理回路などを作っていました。しかし速いハードウェアがあってもソフトウェアが無いと役に立たないと強く思ったんですよ。当時、計算機のスピードを競っていた時代でしたが、逆に速いマシンをどう使うのか、興味がありました。そこで1987年に東大を出た後は、沖電気工業でコンピュータのソフトウェア開発の仕事をやらせていただきました。OSやミドルウェアという心臓部のソフトウェア開発に携わることができ、本当に勉強になりました。また1989年から2年間、どうしてもソフトウェアの最先端を見たくて、ワガママを言って社費でスタンフォード大学に留学させてもらいました。シリコンバレーの真髄を体験でき、とても面白かったですよ。当時の担当教授の方々は、それぞれ皆起業したり、有名企業の社外取締役をやっていたり、先生というよりはビジネスマンに近かったです。

1991年に帰国してからは、心底技術にコミットして働きました。マイクロソフトはもちろんオラクルとかUnixとか新しいソフトウェアがどんどん産まれてきた時代です。1990年半ば頃からインターネットが本格的に立ち上がってきて、技術革新が速かった。文字通り何でもできちゃう時代だったんですよ。面白い発見ばっかりでしたね。お客様も多種多様で、金融・官公庁・通信・製造・流通など様々な分野のお客様が皆ITを必要としていました。私自身はあくまで技術屋のつもりだったんですが、新しいネタを探して持ってきて、事業を企画して立ち上げて、お客様に提供していくということを繰り返しやらせていただきました。

そういった楽しい会社員生活を送っていたんですけど、ふっと疑問に思うことが3つありました。1つ目はITの価値についてです。何十億円もする ITシステム構築をたくさん経験させていただきましたが、お客様に満足いただけてないと思うシーンが多かった。ITは企業の生命線であって、膨大な投資が必要です。しかし実際に「役に立てよう」と思うと、とても難しい。2つ目は、IT産業自体がだんだん疲れてきて労働集約型になってしまうという危機感です。すごくプロフェッショナルな仕事なのに単なる作業員みたいに言われたりして(笑)、それは違うだろうと強く思いました。3つ目は日本発の技術への渇望です。米国などから技術の輸入はたくさんやってきたけれど、自分たち発でどこまでやれるのか試してみたくなりました。こうした3つの思いが高じて、 2000年に起業してしまいました。お客様に成功を届けるITに注力し、自分たちのアイデアで大きくチャレンジしていく。どの他社でもやってない仕事だから、起業する以外になかったんですよ。

「お客様の側にいる」ということ

漆原茂さん

2000年に起業した「ウルシステムズ」は、ITコンサルティングの会社です。ソフトウェア会社もコンサル会社もいっぱいあるけど、本当にビジネスと技術の両方を分かって仕事している人たちってなかなかいないんです。だから、技術が分かってるメンバーがお客様のビジネスにまで踏み込んで支援したらものすごく良いものができるんです。まだまだ当社も発展途上ですが、腕に自信のある奴が集まってきて、お客様はもちろん超一流で、世の中に誇れるシステムを次々産み出し、すごく良い仕事をしてるよねって感謝されるような事業体を目指しています。

他のIT企業やコンサル企業との違いを簡単に説明すると、当社は常にお客様の側にいるんですよ。よく「お客様の立場に立って」って言いますけど、そうじゃなくて本当に「お客様の側にいる」んです。当社は、お客様の名刺を持って同じ価値観で仕事をし、いろんなIT企業やコンサル会社を選んだりリードしたりする役目なんです。お客様の事業の成功こそが、当社の目指すゴールなんです。極端を言うと、自社の売上よりもお客様の成功を優先させます。

例えば皆さんが家を建てるとしましょう。5000万円集めてきて、一生に一度のすごい投資をするわけです。それで、どんな家を建てようかなと考えてみます。「せっかくだから安いのは嫌だよな、立派なのがいいな」「あの土地がいいな」と思っていろんなところに聞いてみると、「防音断熱がいいよ」とか「今どきはエコでしょ」とか「二世帯にしなきゃ」とか「ツーバイフォーだ」とか言ってくるわけです。皆、自分達が一番だと主張しています。いったい誰に頼んだら良いのか分からなくて、困っちゃいますよね。そういう時に、本当に皆さんのニーズを理解し同じ価値観で分かりやすく選んであげて、必要なら工事現場にも入りこんで「ここはこうした方が良い」と言ってあげられるようなサービスを当社はITの分野で提供しているんです。たとえ数名の当社メンバーでも、数百人の大手IT企業の方々と対等にしっかりと渡り合えるし、面白い仕事ができるポジションなんです。もちろんプレッシャーも大きいしスキルも要求されます。だからこそ面白い。もともとビジネスとITの両方が分る人材が日本に少ない上に活躍できる場も少なかったんですが、当社はそこに市場を作ろうとしています。

実際、こういう会社は愚直なチャレンジを積み重ねることでしか成長できません。派手なプロモーションはできませんし1つ1つのプロジェクトを地味に続けてきただけです。しかしメンバーは本当によくやってくれるし、お客様にも恵まれご信頼をいただくことができました。気がついたら2006年には JASDAQに上場できるまでに成長していました。一生懸命だっただけですが、ここまでの評価を励みに、これからもチャレンジし続けようと思ってます。

ITが分かると、世の中の仕組みが見えてくる

漆原茂さん

この仕事をやっていて一番嬉しいのは、お客様に満足いただいて「ウルシステムズにお願いしたから上手くいったよ」と言っていただけることです。我々は数百人規模のプロジェクトに少人数で飛び込んでいくので、難しいプロジェクトをやりきってお客様からお褒めの言葉をいただくことが何ものにも代えがたい喜びなんです。また、この仕事を始めて人に会う機会がとても増えまして、それにも感謝しています。人間の信頼関係はすべての要だと思いますよ。頭や机上だけでできるものじゃなく、直接会わないと築けませんからね。人と人の関係の大切さに気づかせてくれたのもこの仕事だと思います。それまでは「先端技術使ってシステム作れればいいや」みたいに思っていたけど、がらっと変わりましたね。

我々のようなポジションにいると、ITを使ってお客様のビジネスが全部見えるんです。世の中の仕組みが分かりますよ。例えば車。注文をもらってから組み立てを始めて、早々に届きますよね。よくよく考えると、それってすごくないですか? 地震で地方の部品工場が止まったりすると他の企業がダメージを受けちゃうぐらい、意外なところで繋がってるでしょ。不思議じゃないですか? すべてはITがあってこそ、なんです。コンビニにも新鮮なおにぎりが毎日届いてますよね。築地で獲れた新鮮な魚が、そのまま全国の店頭に新鮮なまま並ぶのは日本くらいのものです。ケータイで注文すると、たいていのものはすぐ自宅に届きますよね。ネットでポイントを貯めると、電子マネーになって商品が買えます。これらを可能にしているのがITなんです。日本には、実はITで世界の最先端を行っている企業がたくさんあるんですよ。そういうのを体験できるのって面白いでしょ。しかも起業もでき、上場できるだけのチャンスまである。技術革新の時代って、無限のチャンスがあるんですよ。

ポテンシャルを信じて

漆原茂さん

今振り返ってみると、入学する前の東大のイメージは真っ白でした。そもそも大学というものが分からなかったので、入ってみて「大学ってこういうところか」と思った程度です。私は特にコンピュータ系だったので、大学が一番かなと思っていたらまだ上があったことがショックでした。東大だからどうこうではなく、どこの大学に行っても同じだったでしょう。そういう意味では、東大に対する先入観も偏見も持っていません。

私の場合はアメリカの大学も見ているので、向こうとの違いは鮮明に感じますね。とにかく雰囲気が明るいんです。グローバルな人材ばかりですし、企業との距離もとても近い。何でもやってやろうというモチベーションの高さがあります。敢えていえばスキル的には大して変わらないと思います。所詮20歳前後なんだから大差ないですよ。それよりも、その環境をどう使おうかという意欲とチャレンジ精神、ハングリーさは明らかに違いを感じましたし、私自身とても刺激を受けました。

誤解を恐れず申し上げれば、「東大卒」という肩書きには、社会は何も意味を見出さないですよ。企業で活躍している人材には出身学校なんて問わないし、大学を出てなくても優秀な人はたくさんいます。社会に出れば、どこの大学出身かよりも、どういう仕事ができるのかの方が重要です。だからといって大学生活が無意味なわけではありません。せっかくの大学生活で何を得るのか、知識以外に何を経験できるのか、是非考えて欲しい。東大に入る若い皆さんには大きなポテンシャルがあるんですよ。弁護士にも医者にも起業家にも公務員にも技術士にも営業にも金融マンにも先生にも、何にでも化けられる。本当に羨ましい。無限の可能性があるんだから、それを信じて好きなことをやってほしいですね。大学で学ぶことで有利不利は無い。社会から見れば皆同じスタートラインに立っているわけです。大学生でいられる貴重な時間を上手く使うことが大切です。今ここでしかできないことを大切に、まわりの仲間を大事にしてください。皆さん、やればできるんですから。

プロフィール

漆原茂さん

高校卒業後、東京大学理科一類へ進学し、工学部計数工学科へ。1987年(昭和62年)に卒業。同年、沖電気工業に入社。同社在籍中の2年間、スタンフォード大学コンピュータシステム研究所客員研究員。帰国後、オープン系大規模トランザクション処理システムを多数手がけ、製造・流通、公共、通信、金融などの業務システム構築を実施。2000年7月、ウルシステムズを設立し、代表取締役に就任。2006年2月21日、JASDAQ市場に上場を果たした。

リンク:ウルシステムズ株式会社