山中俊治さん

身の回りにあるデザイン…それは、いつも「機能」と「美」のバランスを求めながら日々進化している。工業デザイナーという生き方を選択した山中俊治さん(Leading Edge Design代表)は、いままでにsuicaのタッチパネルや身障者のためのキーボードづくりなどで「使いやすく」、「美しい」デザインを作ってきたが、山中さん自身はこれまでの人生をどうデザインしてきたのだろうか。


1. デザインとの出会い | 2. デザイナーという生き方


絵を描くことが好きだった

山中俊治さん

昔から絵を描くことは好きでした。工作も好きでしたね。凧揚げのたこを作ったり、紙飛行機を作ったりしていました。おもちゃを作る本、『日常の科学』の類の本も大好きでしたね。ある時、ブーメランを本に書いてある通りに作って、うまく完成したところで、もっと大きいブーメランを作ればもっと飛ぶんじゃないかと思って、ベニヤ板を心材に大きくて重いのを作ったんです。片手じゃ投げられないようなのを、全身を使って空き地で思い切り飛ばしたら、びゅーんと隣の家の屋根の上まで行って、それからまっすぐ戻ってくる。「ちゃんと戻ってくるんだなあ」って感激して待ちかまえていたんですが、目の前に戻ってくる頃にはすごいスピードになってて、とても受け止められない。あわててよけたら草をなぎ倒すように滑っていって、結構危なかった。そんなちょっと危険なことなんかもしょっちゅうありました(笑)。

図画工作や絵に比べ、勉強は好きと言うよりはスポーツに近いものだと考えていました。高校は愛媛県の進学校にいたので、東大に行くこと自体は珍しいことでもなかったのですが、だからと言って東大受験に対して明快なビジョンがあった訳でもなかったんです。大学でどの先生に教わりたいかなど考えたこともなく、ともかく東大が一番良い大学なんだなと認識していた程度です。絵を描くのは確かに好きだったのですが、進学校でしたから絵で美大を受験するという雰囲気でもなかったし、ともかく一番ならそこを目指すかって感じで。

ですから、東大受験は、スポーツ大会に優勝を目指す人と似たような考えでやっていました。甲子園に出場するためには野球が好きなだけじゃ足りず、戦略を立てることが大切ですよね。勉強はそれなりに面白くもありましたが、それよりも、受験に勝つために入試の傾向を調べたりすることに夢中になっていました。高校球児は勝つためのあらゆる戦略が許されるのに、試験で戦略的に点を取りに行くのは「ガリ勉」とか言われちゃうのがなんか理不尽だと思ってました(笑)。今の人気漫画『ドラゴン桜』などに出てくる受験テクニックはほとんどが僕も知ってることなので、昔も今も変わらないんだな、と思って見ています。

大学入学・デザインとの出会い

合格が最終目標みたいな高校生活でしたから、実際に合格しちゃうと、案の定何しに東大に来たのだかわかんなくなっちゃいました。実際、卒業するまでに6年かかりました。一年目はなんとか頑張れましたが、二年生の試験期間中、勉強に飽きてしまい、ふと机のそばにあった漫画を模写してみたんです。「おお、けっこううまく描けるな」と思って、そうして1ページ分描き終わったころには夜が明けてました(笑)。その日を境に、本格的に踏み外してしまいました。絵を描くのがあまりに面白かったんで。試験期間中に落書きばかりしてたら成績がいいはずもなく、留年も決定してしまったので、漫画を描く人たちってどういう人たちなのかが気になって、東大まんがくらぶに入りました。その後はずっと、学校に行くものの、授業は受けずに漫画浸りの生活。

デザインに興味を持ち出したのは、4年生になってからです。進学振り分けで工学部機械工学科を選んだのは、動くものを作りたかったからです。よく建築は「アートと機能の融合」といわれますが、建築は動かないのでなんか興味を持てなかったんです。一時は漫画家になろうと真剣に考えてました。ただ、それと同時に物理学の面白さ、ものづくりの面白さなど、今までの勉強を無駄にするには惜しいなという思いもありました。そんなときに、ものづくりと絵を描くことの中間点に工業デザインという仕事があるらしいということを知りました。

SUICA Automatic Ticket Gate
Suica Automatic Ticket Gate

そこで工業デザインという職業のことが知りたくてうろうろしていたら、研究室の先生の紹介で、日産自動車のデザイン部長という方に会うことができました。私がその方に「デザインを勉強していないとだめですか?」と聞くと、「必ずしもそうではない。」と言われました。思い切って「日産で僕を雇ってくれる可能性はあるんでしょうか?」と聞いてみると「それには君の才能を示すものを見せてもらわないと。」と会ったばかりの私に答えてくれるんです。これはチャンスだと思って、次の週に、いままで描き溜めた漫画を持って行ったんです。段ボールいっぱい、厚さ30センチくらいになっていました。「才能」といわれてもそれしか見せるものがなかったんですけど。

その頃、私が描いていた漫画はスポーツ漫画ばかりでした。とにかく動いている人間の躍動感を描きたいと思っていたからなのですが、それを抱えていくと、チーフデザイナーという方も一緒に会ってくれました。慌てて描き足したクルマの絵は全く評価されなかったのですが、「人物画の動きがいいよね」と褒められ、今度は「二週間で4ドアセダンのデザインをして来てください」と言われました。実は免許も持っていなかったので、今まで真剣に見たこともなかった車について図書館で構造を研究するところからはじめました。2週間後に、今度は大勢の前でプレゼン。それから一月以上経ったある日、日産からデザイナーとして来て欲しいという通知がもらえました。

漫画と工学の中間にデザインがあると思っていたので、好きなものを選んだというよりは妥協に近かったと思います。大好きな漫画と苦労して単位を修得してきたことが無駄にならないものはないかと探して見つかったのがデザインだった、というわけです。まあどちらとも随分違うものでもあったのですが(笑)。

東大について

東大は一般的には権威のある場所です。そこからスピンアウトしたので、権威を恐れないようになりました。東大の卒業生は色々な分野でキーパーソンになることが多い訳ですが、「東大出」に会うとなんとなくにおいでわかるのは結構便利でした。東大の人は「破綻することをすごく嫌がる」ので、一度始まったプロジェクトは絶対に失敗させまいとします。失敗しそうになったらフォローを厭わない。その意味では、仕事をする上でのパートナーとしては信用できる部分はあります。

いろんな学校で講義をするようになってみると、全体的に東大の学生の特徴としては、自発的モチベーションの低さが挙げられます。物事にのめりこむ前に、のめりこむ価値があるかどうかを考えてしまう面があるようです。課題を与えられるとがんばるんだけど、「何をしたい?」という質問に答えられない学生が多いのです。

一方、東大の先生方の研究に対するモチベーションは高いですね。「なぜこの研究が面白いのか」という疑問に対して、明快な回答をきちんと持ってらっしゃいます。その先生と生徒のギャップが面白い。こうしたことは、学生時代から薄々気がついてはいましたが、モチベーションの源泉を知ることが大切だと気がついたのは、社会に出てからですね。


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