原武史さん

鉄道にまつわる話を、その背景をからめて紹介し、鉄道マニアでない人にでも興味を感じられる文章となっている『鉄道ひとつばなし』。その著者である原武史さんに、高校時代から『鉄道ひとつばなし』を書くに至るまでのお話、そして鉄道に対する見方ついて伺った。

丸山眞男の影響を受けて政治思想の世界へ

高校まで理科系で、医学部の進学コースに在籍していたんですけれど、高2・高3の時に丸山眞男の政治思想の本を読んで、「これは凄い」と思うようになり、政治学を志すようになりました。慶應高校から慶應大学の法学部政治学科に進学することが出来ないわけではなかったのですが、当時は慶應高校で留年した人が法学部や商学部へ進学するという傾向があったので、慶應大学の法学部政治学科に進学しようとは思えなかったんです。そこで、早稲田大学の政治経済学部に進学しました。

政治経済学部卒業後、国立国会図書館に1年間勤めて、日経新聞の社会部の記者になりました。宮内庁詰めの記者になったのですが、それがちょうど昭和天皇の晩年にあたったため、激務に追われることになってしまいました。そのせいで体を壊してしまい、記者を辞めることになったのですが、大学院に行こうと思ったのはその時です。宮内庁詰めになったことでやはり天皇に関心を持つようになったんですよね。

大学院で勉強しようと思った際に、早稲田大学には日本政治思想史の講座がなかったということと、ちゃんとやるんだったらやっぱり東大だろうということで、東大に来ました。

定収入のための『鉄道ひとつばなし』

東大大学院博士課程に進学して1年後に社会科学研究所の助手に採用されて、大学院を中退することになりました。社研では4年間勤めたのですが、そこでは朝鮮と日本の王権の比較研究をしました。それを論文に書いて、『直訴と王権』という最初の本を出版したのですが、全然売れませんでしたし、結局就職できませんで、非常勤になってしまいました。

『鉄道ひとつばなし』のエッセイを書き始めたのは助手の任期が切れかかったこの頃です。助手の任期が切れてしまうと定収入が断たれてしまうので、これは大変だと思い、原稿料を稼ぎたいという動機で、何でも良いから書かせてくれ、と出版社の講談社に頼んだんです。だから多分、どこかの大学にスムーズに就職していたら、エッセイを書くことはなかったと思います。

思想・歴史比較の媒体としての鉄道

この前(2008年11月)、ポーランドのワルシャワに行ったんです。初めて旧社会主義圏を訪れたのですが、その際びっくりしたことがありました。どうして驚いたかというと、東京にあるような「郊外の団地」をそこで見ることになったからです。日本の郊外で見られるような4,5階建ての団地というのは実は世界的には珍しいものなんです。英米では一戸建てが主体ですし、ソウルや香港や台北では超高層マンションの方が団地よりも多くあります。
 しかも東京の郊外と都心の間をJRや私鉄が結んでいるように、ワルシャワではトラム(路面電車)が発達していて、郊外の団地と中心部を結んでいたんですよ。
 また、1960年代から70年代にかけて、日本では「ソビエト式教育」というものが流行ったんです。班→組→学年→学校という風に集団の自覚を高める集団式教育なのですが、これはマカレンコというソ連の教育学者が考えたものなんですよ。

こういう風に見ていくと、何か関係がありそうで面白そうじゃありませんか? だから、僕はもちろん鉄道にも興味があるんだけれども、車両そのものが好きだというわけではありません。むしろ鉄道を媒介として、思想や歴史を語る方が好きなんですよ。
 道路の場合、路線拡張や区画整理をすると、新しい道ができたり、道が大きく変わったりしますけど、鉄道はなかなか変わりませんからね。それに、時刻表を見れば、今も昔も西武新宿線の高田馬場から野方までは12分で、全く変わらないということがすぐに分かってしまうのです。だから、鉄道は思想や歴史を読み解いていくのに重要な媒体と言えると思います。

プロフィール

原さん

1962年東京都渋谷区生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、国立国会図書館、日本経済新聞社勤務を経て、1992年東京大学大学院博士課程中退。東京大学社会科学研究所助手、山梨学院大学助教授を経て、2004年より明治学院大学教授。2008年より明治学院大学国際学部付属研究所長。