辻堂ゆめさん

1.東大生時代 | 2.小説を書くきっかけ | 3.受賞して


小説を書くきっかけ

―小説を書こうと思ったきっかけはありますか。

小説というとどこからなのか難しいんですけど、お話を書くのは幼稚園生の時ぐらいから好きでした。弟が描いた絵の裏にお話を書いて紙芝居にして遊んだりとか、絵と文を書いてホチキスで留めて親に見せたりとか、そうやって遊んでいた記憶があります。

本を読むのはすごく好きでした。それこそ幼稚園に入る前から自分で絵本を読み始めて、小学校の時も外で遊ぶか本を読むかの二択というような放課後を過ごしていました。中学生の頃はアメリカにいましたが、土曜日に通っていた日本人補習校から本を週3冊借りてきて、暇な時間には日本の本を読んでいました。その流れで「私もこれだけ読んでるから、今度は書いてみたいな」と思い立ち書き始めたのが中学2年生の時です。その時は中編(原稿用紙で160枚ぐらい)が限度でしたが、長距離走で走り込むと走れる距離が長くなっていくように、だんだん数百枚書けるようになってきたという感じです。きっかけというきっかけがあったわけではないのですが、強いていえばアメリカの学校は宿題が多くて辛かったので家では好きなことをやろうと思ったのかもしれませんね。

―そうやって書いていた小説は賞に応募したりしていましたか。

はい。中学生の時に初めて書いた中編は、わざわざ日本にいた祖父にデータを送って、印刷と応募をやってもらいました。日本に帰ってきた後も、ガラケーで結構書きためました。大学生になってから手直しして応募したりはしてみたのですが、特に日の目を見ることはありませんでした。大学に入ってから構想をして初めて書いたものが賞を取ったという感じです。

―書き切らなかった作品もあるのですか。

あります。デビュー作の『いなくなった私へ』も実はそうなりかけていた作品でした。着想したのが大学2年生の時で、受賞したのは大学4年の時なんです。だから間に2年空いてるのですが、ずっと書き続けていたわけではありません。大学2年の時に面白いかもと思って書き始めたのですが、4部構成の第1部まで書き切ったぐらいでこの話は面白くないんじゃないかと思ってやめてしまいました。大学2年生の頃はサークルばかりになってしまって、本も読まず本も書かずというような期間が3年の終わりまで続きました。大学3年の終わりに、就職活動がかなり早めに終わり時間が出来たので、「どんな話だったか忘れちゃったな」と思いながら読み返してみたんです。書いてあったところまで読み切った所で続きが気になり、最後まで考えて作ってあったプロットを読んで、ああそうなるのか、と思いました。自分がここまで興味を持って読めたということは、興味を持って読んでくれる人もいるんじゃないかと思い、3か月で最後まで書き切って『このミステリーがすごい!』大賞に応募したという経緯があります。

大学生活と小説執筆

―忙しかった時期に、どのような時間で執筆していたのですか。

サークルや勉強が忙しい時期もあったとはいえ、分刻みにスケジュールがあるわけではないのでやっぱり空く時間があります。今日は午前が空いているとか、今日は夜の7時から寝るまでが空いているとか。そういう、予定がなくて家にいる時に書いていました。それは今も変わらず、会社も友達と遊ぶ予定も飲み会もない時に本を書いているという感じです。

―大学時代の経験が小説に影響を与えた部分はありますか。

結構あると思います。デビュー作にはサークルの話が出てきますし、サークルの子たちからも「あの誰々っていう登場人物って、あの先輩をイメージして書いてるの」と訊かれたりしました。ですから1作目は濃厚に自分の大学生活が出ていると思います。

あとは、私は法学部に入ったにもかかわらず法律にあまり興味がない人間で、駒場時代は認知脳科学とか認知行動科学とか教育臨床心理学とか、総合科目D系列にあたる部分をたくさん取ったんです。その時に習った、記憶が変化してしまう現象などの知識を使って、虚偽記憶という現象をテーマにした『あなたのいない記憶』という本を書きました。そういうのも、教養学部だったから学べたことで書けたのでよかったですね。法律を使ったものも書ければいいのですが、ちょっと大学でかじった程度なので、それは友達が弁護士とか検事とかになったら、話を聞きながら書こうかなと思っています。


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