辻堂ゆめさん

1.東大生時代 | 2.小説を書くきっかけ | 3.受賞して


受賞して

―『このミステリーがすごい!』大賞を受賞された時の周囲の方の反応はどうでしたか。

私が小説を書くのを趣味にしていることは家族以外誰にも言ってなくて、大学の友人は誰も知らない状態でした。ですから、みんなからの私のイメージというのは、法学部で法律を勉強していて、音楽サークルで合唱とバンドとミュージカルをやっている人。それからSNSでの私の投稿を見ている人からすると、まあまあ本を読む人なんだな、ぐらいだったと思います。本を書いていると言ったらサークルの人には「そんな趣味あったんですか」と仰天されましたし、法学部の人には4年生にもなって「何で法学部に来たの、文学部じゃなかったの」と言われました。色んな人にとって、私のイメージが180度変わったと思いますね。

小説を書く趣味があることをカミングアウトする所から始まり、それで実は賞を取ったんだよ、という流れだったので、反響はすごかったです。出身高校では、受賞した本が出たら歴史館に置かせてと頼まれたり、職員室でサイン会をやったりしました。あとは「辻堂ゆめ」の辻堂が私の出身地の地名なので、その周りの本屋さんとか、ケーブルテレビとかタウン誌から依頼が来ましたし、大学のゼミの教授に「総長賞に推薦するけどどう」と言われ受賞する流れにもなったので、人生が180度変わったなって思いましたね。

―応募した時にこうなることはどのくらい予想していましたか。

謙遜ではなく、全然思っていませんでした。こういう新人賞というのは、1次選考で数十作が通って、2次選考で8作ぐらいに絞られ、最終選考で3作受賞するというような流れなのですが、それまでに応募した作品は1次にも通ったことがありませんでした。ですので、「1次に通ったらうれしいな」という感じでした。1次選考を通るとちょっとした選評がもらえるのですが、それだけでもうれしいなと思っていたので。1次選考を通過したというメールが来たときは衝撃で固まってしまって、しばらく呆然としていた覚えがあります。

弟が『いなくなった私へ』を「これすごく面白かった、この間読んだ誰々の本より全然面白かった」というような感じでプロの作家と比較して感想を言ってくれたので、応募した後になって「もしかしたら面白いって言ってもらえるかもしれないな」という予感が出てきたんです。そうしたら最後まで通ったので、「弟が言っていたことは正しかったんだな」と思いました。自分では全然分かりませんでした。

ペンネームについて

―「辻堂ゆめ」というペンネームはいつから使っているのですか。

応募するときです。それまでの応募作品も毎回名前は変わっていて、その時の気分で適当に付けて応募していました。『いなくなった私へ』を応募するときも、直前になってペンネームを考えていないことに気づき、出身地やサークルでのあだ名から「辻堂ゆめ」という名前を急いで付けました。そうしたら選考を通って、選考委員にも「この辻堂ゆめって名前いいよね」と言われてしまい、引っ込みがつかなくなってそのままになりました。

―最後に、小説家になるために必要なことは何だと思いますか。

カギ括弧をどこにやるのかとか、小学校で習うような原稿用紙の書き方はそんなに重要ではなくて、中身が面白ければ良いだろうって思っていたんです。ですが、受賞してから選考委員の話を聞いていると、原稿用紙の使い方であったりどこで改行するかであったり、そういう基礎的な部分が違うと物語に入り込めなくなるのだと感じました。

そういうことを前提として、私が気をつけているのは、「出てきた登場人物が、本当に話の中の世界で暮らしていたらどういう思考になるか」ということです。その人の気持ちになって考えないと、人が読んだら違和感のある小説になってしまいますから。私のデビュー作、特に応募原稿の段階では、自分の都合で動かしていた部分がやっぱりありました。作者都合で動いているとか、作者都合で事件が起こっているとか、そういう所を徹底的に指摘されました。そういう、登場人物の設定であったり気持ちであったりというのを、「ちゃんとその中に入って考える」というのが一番大事なんだなと思いました。これは今も気をつけて書いています。

―ありがとうございました。

プロフィール

辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年生まれ。東京大学法学部卒業。神奈川県藤沢市辻堂出身。IT通信企業勤務。2014年、大学4年生の時に第13回『このミステリーがすごい!』大賞で優秀賞を受賞。『いなくなった私へ』(宝島社)にて作家デビュー。


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