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僕は身の回りの数字を気にする。
もっといえば、僕はその並びを気にする。

受験生のころ、休憩を終え勉強を再開するきっかけとして、よく「数字の並びのよい」時刻を使わせてもらった。
午後5時55分。「ゴーゴーゴーッ」と叫んで机に向かった。やや気違いじみているが、これがやる気につながった。鉢巻きして勉強する心境と似ている。
(ふと思ったのだが、小学校低学年のとき『学校の怪談』に強い衝撃を受けたことが、数字の並びを気にする端緒となったのかもしれない。ここでは4時44分が不気味さを象徴するものであった。)

誕生日は12月21日。なんとなく数字の並びがよい、と自分では思っている。大袈裟であるが、生まれたときからの定めなのかもしれない。

この「定め」のために、テレビの音量を調節するときにはつい不合理な行動をとってしまう。
「心地よい音量」よりも「心地よい数字」に注意が向いてしまう。
「音量22がちょうどよい音量だな」と思っていても、「音量20が切りのよい数字だな」という邪念が卓越する。

受験番号にもはたらいた。
いくつか受けた大学のなかでも、とりわけ東京大学の受験番号は数字の並びがよかった。「これは幸先がよい」と思ったものだ。
そして、ありがたいことに今の自分がいる。

今日は3月21日。
でも、あと少しで日付が変わる。
3,2,1……
ちょっと変わったお話は、これでおしまい。