内容の確認をご希望のお客様は、店員までお申し出下さい。

書店の棚に時々こういった文言が見られる。

少なくとも私は今まで、この「内容の確認」という行為を要求したことは覚えている限り一度もない。この注意書きは漫画の棚に多く見られるが、最近は表紙を見て中身が気になったらあまり考えずにさっさと買ってしまうので、なおさら確認ということをしたくなる機会は減った。

子どもの頃から不思議に思っているのだが、この「内容の確認」というのはいったいどのレベルまでの確認を容認するものなのだろうか。例えばの話だが、漫画の単行本ならそれなりに厚くても数十分あれば一冊読みきれるわけで、「内容の確認」に何らかの制限もなくただ包装を解いて自由に中身を見せてくれるというのなら、どう考えてもこれは要求したもん勝ちである。どんどん「内容の確認」をしたらいいのだ。

逆に制限が存在するのだとしたらそれがいったいどういう基準で設けられているのか非常に興味がある。きちんと「内容の確認」用の見本が別に用意されているのか、あるいは「内容の確認」中ずっと店員がそばにいて読んだページ数や時間を計測しているのか、はたまた「良識の範囲内で」といったふうに客側に裁量を委ねているのか。店ごとに基準の違いもあるだろう。

手っ取り早く聞いてしまえばいいのだろうが、チキンな私にはいささか気が引ける。自分で試してみるというのもなんだかセコいようで気が引ける。実際のところ、こういう客の心理を見越して、要求されることはそれほど多くはないだろうという仮定の上で書店は「内容の確認」制度を設けているのではないかとも思える。だとすればそこには誰も気にしていないにもかかわらず絶妙な均衡を保った客と店とのパワーバランスがあるのだろう。多くの客が迷うことなく「内容の確認」を要求するようになったとき、この制度は崩壊する、のかもしれない。

とりあえず、「内容の確認」を常用している方がいたら話を聞いてみたいものである。そして私の目標としては、今世紀中に「内容の確認」を要求できる心の強さを勝ち取ることである。

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