トースターとスパゲッティが救った私

独り暮らしなどしていると食生活は必然的に崩壊する。私にはそれが必然的に思える。4月の初め、東京での生活を始めた当初は、右往左往しつつも何とか出来得る限り豊かな食生活を送るべく奮闘していた。狭いキッチンを前に必死であった。母の存在の偉大さに気づき、幼い私はただ泣いた。

慣れが私を助けた。貧相な食生活もそれを常と思えば意識の外に追いやることが出来た。時間が経つとともに私は食べることの重要性をすら忘れていった。もともと生活習慣を乱しやすいたちだったこともあり、朝食を抜かす、夕食を寝飛ばすといった行為を異常とも思わなくなった。

しかし、身体の異状が私に警告した。ある日、唇の裏、右上の犬歯に触れるあたりに違和感を感じた。違和感はいつしか痛みになった。二日間ほど私は、その正体がいわゆる口内炎であるということに気づかぬまま過ごした。人生初の口内炎だった。

口内炎の原因はよくわかっていないらしいが思い当たる節は乱れた生活習慣の他にない。とりわけ食生活の崩壊に起因するであろうことは想像に難くない。とはいえ、料理が得意なわけでもない私としては、できうることをどうにかやるしかなかった。つまり、朝に起き、朝食を摂り、昼食を摂り、夕食を摂り、夜に寝ることだ。

時間のない朝に確実に栄養を摂るにはどうすればいいか。手っ取り早く私は電機屋に行ってトースターを買った。実家が水稲農家で食事とはすなわち米を食すことに他ならなかった私としては、パン食の導入は一つのパラダイムシフトだった。昼食は生協に頼るとして、残る問題は夕食だった。出来る限りの料理をして食べれば当然十分なはずだが、無精な私にとってそれも簡単にとはいかなかった。そこで導入されたのがスパゲッティである。

スパゲッティは率直に言って恐ろしく楽だ。さらにレトルトソースの導入によってある程度の味の選択の自由をすら獲得する。湯を沸かし、塩を加え、麺を放り込み、適当に茹でたら水気を切り、盛り、ソースをかけ、混ぜる。終わり。3分で完成するカップ麺よりも健康被害の度合いが低いように感じさせる点がさらなる付加価値となる。そして、「料理をしている」と自分に誤解させることが出来るという大きな特徴もある。

いずれにせよこれらの対策によって私は口内炎を克服し、結局は人間並みの生活習慣をある程度回復することにも成功したのである。トースターとスパゲッティが救った私は今もこうして健康の最低ライン上に生きている。どうして私がそのことで感謝せずにいられようか。

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