夢かうつつか

編集後記には初登場の鈴木僚太です。というのも、自分はこの4月からUT-Lifeに入った新顔なのです。といってももう半年近く経とうとしているわけですが。結構遠い所に住んでいたので、東京に引っ越してくるまでは東京に来たことは数回しかありませんでした。そしていざ東京に住んでみると、ある種の感動を覚えました。今回はそんな話をしたいと思います。

自分は電車で新宿や渋谷に行く機会が多いのですが、そもそも「新宿」「渋谷」という場所が現実のものとして自分の周りに存在しているこの感覚。得体の知れない巨大な何かが自分に迫っている。これは今までに無かった体験でした。東京という街と無縁だった自分は、「新宿」とか「渋谷」という地名などテレビのニュースの中だけ、実際に自分と干渉しあうことの無い、意識上というか、実感のない存在でした。それが今となっては身近な場所として自分の生活の中に浸透しているという事実。何しろ東京には有名な地名が多いわけですから、東京の地名というと、とてつもなく大きなイメージがあるわけです。さまざまな人でごった返している。日本の中心。だから、何かのイベントが行われるときも東京で行われることが多い。行きたいと思ったイベントが、東京で開催されるので行けなかったこともある。それが今は手の届くものとして自分の周りに実際に存在している。特別な場所に自分はいる。

こう書いてみると、こう感じるのは自分が田舎者だからではないかという気がしてきました。しかしそれほどまでに、自分が東京に今住んでいるという事実はとんでもなく格別な自体なのです。この前実家に帰省しました。昔の自分がいた場所。昔といってもせいぜい数ヶ月前なのですが、それを昔と感じるほど、東京にいるという事実がもつ威力は大きかった。実家では、以前と変わらぬ生活が自分を待っていました。東京とは無縁の場所。テレビのニュースに新宿だの渋谷だのが登場しても、自分が少し前まであそこにいたという実感がわきません。自分がいた場所と自分が今いる場所、まるで別世界です。同じこの世に同時に存在していることさえ疑わしく思えます。自分が東京に行く際に別の世界に移動してしまったかのような感じです。

自分にとってかつて東京というのは、空想上の世界のようなものでした。多くの企業の本社が東京にあっても、時の首相が東京に官邸を構えていても、現実味が無かったのです。そういう意味では、東京というのはまるで夢の世界。自分は今夢を見ているのでしょうか。

約20年前、『ドラえもん のび太と夢幻三剣士』というアニメ映画がありました。主人公ののび太達が夢の中で戦って夢の世界を救う話です。この作品では、いちいち親などに起こされて現実に戻されるのが煩わしくなったのび太達は、ひみつ道具の機能を使って夢と現実を入れ替えます。そして結局映画のラストになってもどちらが現実でどちらが夢なのかはっきりしないまま映画が終わります。

自分も夢と現実を入れ替えてしまったのでしょうか。かつて夢の世界だった東京に自分はいる。しかし一人暮らしなので、家族の顔を見るという当たり前だった行為も今はたまにしかできない。自分はこの先どう生きていくのでしょうか。

自分がいるこの世界は何なのか。どちらが現実でどちらが夢なのか、分からなくなるときが

恐ろしい

夢かうつつか

分からなくなるときが