大学の日常から一種の自由を感じた

メリークリスマス!書いている時点では。編集後記の更新が約1ヶ月遅くなってしまって申し訳ありません。
さて裏を返せば、駒場祭が終わってからも、すでに約1ヶ月が経った、ということです。あれだけ大きなイベントが終わった後は、大学は閑散としてしまうのかな、なんて思い込んでいました。しかし実際にはそんなことはなかったのかな、と今年の最終授業日を終えて感じました。語学の小テストの前に熱心に勉強をする人、ここぞとばかりに読書に励む人、サークルの大会で賞を取る人、新しいサークルを作る人、……友人をぱっと見まわすだけでも、様々なことをしていました。
僕も一生懸命でありたい……と思いながらも、ついだらけてしまっていました。更新の遅れもそのせいです。もう少し自律が必要なのかな、と思います。
もっとも、自分の目標まで律してしまったらつまらないな、と勝手に考えています。本当に、とにかく本能的に楽しそう、面白そうだと感じることをなんとなく目標に定めたいし、今までも私はそうしてこようとしてきたはずです。そもそも、UT-Lifeに入ろうと思ったのも確固たる理由があったわけではないのですから。それでも今こうして活動できていることには、とても感謝しています。
しかし、目標に向かうプロセスは理性的に定めなければならない、と考えています。そうしないといとも簡単に誘惑、僕の場合は睡魔、に負けてしまう、と最近実感しています……。
一連の反省は、「積極的自由」に関する議論がモデルです。冬学期の政治と社会の両講義で扱われていました。おそらく両分野の共通範囲に属するのでしょう。ここでの学術上の問題は、政府が自由論を悪用して全体主義的支配の根拠にすること、だったはずですが(間違えていたとしたら申し訳ありません)、自分の近況に思いを馳せずにはいられませんでした。
さらに補足になりますが、ある友人は、上述した授業の議論について、人間が成長するためにはその人間が変わらなければならず、それゆえ確固たる自己を仮定しない方がよいのでは、と倫理学的観点に基づいて反応していた気がします。そのように考えると、僕は自分が変化する、ということを見落としがちなのかもしれません。僕の場合、浪人時代にすっかり暗くなってしまった、高校3年生のときのスタンスのままで大学に入学できたとしたらよかったのに……と思うことがしばしばあるのですが、自分が変化しているという事実に注目できれば、今の自分の昔より良くなった点にもう少し気づけるのかもしれません。
1ヶ月遅れた分、内容を濃いものにしなければいけないな、と思って、つい冗長に書いてしまいましたが、要は、自律できている人が多くて良い意味で刺激的だな、ということを自分なりに感じたのです。
最後にもう一度言います。
メリークリスマス!