11日という日に思うこと

 恐らくこの投稿が,私がUT-Lifeで最後に書く編集後記になるんだろう(UT-Lifeは4年から引退が慣例だ)。年度の変わり目ということでそれらしいことでも書こうと思ったが,つい昨年の12月にも振り返る文章をどこかで書いた気もする。どうにも年度始めの月が不憫になるほど,一般に1年の内でこの四半期ばかりが大事にされる傾向がある気がする。個人的なことで言えば,夏休み以前の記憶などまるでない。いったい何をしていたんだろう。

 さてもうすぐ4年になり,研究室配属を間近に控えた身として,最近は何をするにも「このツールを使ってどう研究をしたらいいのか」「っていうか研究って何だ」「新規性って何だ」「仕事って何なんだ」と考えさせられることが多い。
 先週,(主に興味のある研究室の)4年の先輩方の卒論試問を聴講する機会があった。当然だが,現4年の先輩は私の1年後の姿である。ならばと私が1年間で為せそうなことを指折り数えてみて,首を捻った。壇上でソツなく発表をこなす先輩方と自分の姿がなかなか重ならないのだ。

 そういえば冬学期の始めに教授がこう仰っていた。「この半年間で皆さんの目が変わりますよ」。本当かしらと思ったが,確かに友人を見ていると半年前とまるで別人になったような人もいる。私自身はまるで成長を実感できないが,学科に40も人がいればまあそういう残念な奴もいるのはしょうがないことだ。
 それでも成長を得る機会はなんだろうと考えると,やはり自分で色々なことに挑戦するなんだろうと思う。周りの人は皆優秀だから,解決すべき課題が降りてきてもなんとかできてしまう。
 やり方が最初から分かっているものに挑戦したところで無価値でつまらないのはわかりきっていて,最近では小保方晴子さんのニュースでこのあたりをより一層感じることになった。
 わからないものを理解してやろうという根性とか,恥を忍んで周りに頼ることとか,検索能力とか,これはいけるという直感とか,そういう漠然とした,俗に言う勉学以外のところで優秀さは現れてくるんだなあと感じた半年間で,私もそれなりに足掻いてみたが,最近物忘れが激しいから半年前の自分すらもあまり明瞭に思い出せずそもそも比較も曖昧である。昨年書いたソースコードを一目見ただけで頭の悪さを感じ,即座に頭痛・目眩・吐き気その他を起こしてぶっ倒れてしまうくらいには成長したいところであった。
 情けない部分とか根っこの部分は変わらなくてもいいから,早くやることを見つけたい。そうしたら何かしら付いてくるだろう。

 身につかなかったものがある一方で,全くもって失われてしまったものもある。
 私の場合それは読書とか映画といった趣味の分野で,前回の編集後記に書いた「風立ちぬ」以降は数回映画館に足を運んだ以来ご無沙汰している。本に至ってはほぼ日常的に寄っていた本屋にすらも行かなくなり,新調した本棚はプリントの束と,自主製作課題で使い切れずに余ってしまったモータとかプレートに占拠される始末。

 ちょうど本についての話が出たところで,最後にどうでもいいことを添えてこの2013年度の私の編集後記を終わりにしたい。
 4月9日に投稿した「抱負の外の抱負」と9月8日に投稿した「夏に感じるもの。風鈴,氷カラン,プロペラ。」には,数カ所,私が大好きなとある作家・作品にまつわる文章・単語を隠してみた。多少,今日の投稿自体にも含ませてある。わかる人はわかってもらえると嬉しい。

 最後の最後に完全な自己満足で終わってしまったけれど,小西の投稿はこれで終わりになります。UT-Lifeで書いた記事が誰かの目に止まって,何かしらを提供できていたらいいな。
 どうもありがとうございました。