どこへ

気付けば世間はゴールデンウィーク。年度が変わって早くも1ヶ月が経ちました。
私も3年となり、理学部に進学しました。大量の課題に追われて大型連休なんてどこ吹く風……
と言いたいところですが、しっかりとゴールデンウィークを満喫してしまいました。課題はぜんぜん減っていません。

さて、毎年のことですが、この編集後記、年度初めは代表挨拶からということになっているようで、もう5月になってしまったのに今さらというのは大変お恥ずかしい限りですが、これにてご挨拶とさせていただきます。
今年度の代表は、私鈴木が努めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

思えば、入学して、そしてUT-Lifeに入ってもう2年。我ながら成長したなあと思うことが多いです。
例えば文章を書く技術。UT-Lifeに入ったことである程度は身についたと思います。
分かりやすい文章にするための表現力や心がけ。また、3点リーダ「…」は必ず2つ並べて「……」のように使う、といったような細かな注意点。
そういうことにいちいち気を付けなくても言いたいことは伝わるのですが、やはり文章の“質”に違いが出ると感じます。
そもそも文章の質というものが必ずしもこういう形式的な作法を守っているかどうかによってのみ評価されるべきかというのは、自分で書いておきながら疑問符が付くところではありますが、今までUT-Lifeはある程度こういうところにも目を向けてきましたし、これからもそうありたいと思っています。

そういえば、昔の記事を見ると、今よりも少し砕けた文体の記事があります。個人的にはそういう書き方のほうが、今の比較的かっちりとした文体より好みです。
しかしこれは先ほど述べたばかりの、UT-Life的観点による文章の“質”の話とは矛盾しません。多少砕けた書き方であっても、質の高い文章というのは読みやすいものです。
そういった考えの一端は、自分が執筆した記事に現れています。例えば、東大いろはの「お昼ごはんはどこで食べるの?」の記事。中身はそんなに砕けた感じがしないですが、そのタイトルにちょっとふわふわした感じが現れています。

このような執筆者の個性というのは、案外各記事に現れています。UT-Lifeの記事は、執筆者が書いた後に他のスタッフによるチェックが入るのでおかしな内容が掲載されることは無いですが、文の端々に顔を覗かせる執筆者の個性は、表現が分かりづらいといった問題がない限り、基本的にはそのまま残ります。インタビュー記事の場合はそれは執筆者ではなくインタビュイーの個性となりますが。
UT-Lifeでは、各記事の執筆者がページの左下のほうに表示されています。普段、我々スタッフが表に出ることはこの編集後記くらいでしか無いですが、この機会に各スタッフ
を比べてみるというのもUT-Lifeのひとつの楽しみ方かもしれません。

UT-Lifeは今11年目。先ほどの文体の話のように、今まで少しずつ変わってきましたし、これからも変わっていくでしょう。
自分の代でUT-Lifeがどう変わるのか。そしてその先は。UT-Lifeはこれからどこへ向かうのか。

今からそれが楽しみでなりません。