理科一類→教養学部文化人類学→(辞退)→理学部地球惑星物理学科

理科一類→教養学部文化人類学→(辞退)→理学部地球惑星物理学科

1. 前期課程の科類と、内定した学部・学科・専修はどこですか。

理科一類です。一年足踏みしましたが、今は理学部地球惑星物理学科に進学が内定しています。

2. 東大入学時に希望していた進学先はありましたか。

何となく理学部か農学部がいいかな、というくらいでした。

3. 進振りを意識し始めたのはいつごろですか。

1年冬学期です。

4. 進振りの制度についてどのくらい調べましたか。進学志望先を考えるにあたって役立ったものはありますか。

特に何も調べていませんが、サークルの先輩の様子を見て、それぞれの学部の雰囲気を大体イメージしていました。

5. 授業の取り方など、進振りのために工夫した点はありましたか。

何も考えていませんでした。駒場の授業は興味に任せて適当に取りました。

6. 選択肢としてあった進学希望先はどこでしたか。最終的に現在の進学先を選んだ決め手は何でしたか。

(1年目)

教養学部超域文化科学科の文化人類学分科に進学しました。 色々考えて、専門科目が始まった冬学期の1月に、内定を辞退し、もう一年2年生として進学振分けをすることを決めました。

(2年目)

理学部地球惑星物理学科に進学希望を出し、内定しました。 文化人類学への内定を取り消した時点で、来年度はそこへ行くと決めていたので、迷いはありませんでした。 農学部も入学時では考えていましたが、農学部ではなく理学部を選んだのは、理学部の方が自然科学そのものに対して深く踏み込んでいくための厳密さを求めているから、つまり簡単に言えば、頑張って勉強しなければいけないからです。 一年遠回りしてまで選んだところだから、とことんやりたいと思っています。

7. 進振りで困った点、制度の問題点や進学先の様子を含め、進振りを終えての率直な感想をお聞かせください。

進振りのシステムはとても自由だと思います。基本的にどの科類からも文理問わず色んな学科へ行けます。しかし忘れてはならないのが、選択肢がたくさんあるということはその選択に伴う責任を自分で取る覚悟が必要になるということです。

理系から文転というのは点数の上からいえば難しくありません。けれど、文系の基礎科目、たとえば語学や文章を書く訓練などの積み重ねを経験することなく文系の学問に入っていくということには、それ相応の厳しさがあります。

理系に向いてないからという理由だけで文転するというのは、そういう意味で正しくないと思います。それはあらゆる進学先についてもいえることです。

点数や単位はもちろん必要ですが、自分は他ではないこの分野を選んで、それを自分の道とするんだというきちんとした思いが、何より必要だと思います。

8. 内定辞退をすることにした経緯は何ですか。

「1年目の進振り」

進学について最終的な希望を出す2年生の8月を迎えても、僕は何の決心もできていませんでした。興味があったのは、自然と人間の関わりについて。そこははっきりしていたのですが、学問としてどんなふうにそれを深めていけるのかということは全然分からないままでした。

駒場で学んでいる理系の基礎科目は、実際の世界の現象とつながっているという実感がどうもわかず、単なる数式の操作にしか思えませんでした。だからといって工学部や農学部に行って実学をするといっても、本当に社会に必要とされていることをしているのか分からなかったのです。

進学先は、理学部の物理系・地球系から、農学部の諸学科、教養学部の広域科学科・認知科学科、文系では心理学、人類学、果ては宗教学まで選択肢に考えていました。休学してどこか旅に出ようかということも本気で考えていたくらいです。

大学で勉強するということ自体に対する、ぼんやりとした躊躇いがあったのです。何をやろうとしても、何かが違う、そんなふうに思えて何も決められませんでした。

結局、教養後期の文化人類学に内定しました。地球の上の人間の生き様について一番直接的な形でアプローチすることができるような気がしたからです。ただその分野でずっとやっていけるという確信は全然なく、もしかしたらこれが自分の道かもしれないと勢いで決めた感じでした。

「専門科目が始まって」

冬学期の専門科目が始まって、やはり違ったなという感じが少しずつ芽生えてきました。

当たり前ですが、文化人類学もただ人の暮らしや文化を調べて語るだけではなく、学問としてきちんとした理論があり、確立された手法があります。そういうものに従った地道な調査と研究によって、はじめて社会に影響を与えるような成果も出せるのです。

専門科目に入って、そういうことを基礎から学ぼうとしてみたとき、やはりそこには並大抵でない努力が必要であり、文系としての下積みのない自分にはそれはとても困難なものに思えました。そしてそれだけの努力をする気持ちが自分にあるかというと、そういうわけではなかったのでした。

結局、自分は安易に分かりやすく意味あるように思えること、数式ばかりでなく人間に目を向けているんだ、というその姿勢だけに満足したかっただけということに気付きました。

勉強して何になるのか、どんな価値があるのかなんて、勉強し続けて初めて見えてくるもので、簡単にその場で分かるわけがないものです。

それが何になるのかわからないまま、とにかく頑張って向き合い続けるしかない。

どの道に進んでもそれは同じだったのです。

僕はそれに気づくのに人より長い時間をかけてしまったのです。

そう思って、今まで放り出していた理系の勉強に向き合うべく、進学内定を辞退したのでした。


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