経済学部長インタビュー(伊藤元重教授)

※現在、新たな学部長が就任されています。

目まぐるしく動く世界情勢の中で、経済学部の果たす役割は大きいだろう。その経済学部の研究内容や教育の特色などについて、伊藤元重経済学部長にお話をうかがった。


経済学部長

―学部の研究内容とその目的はなんですか。

経済学部ですから当然経済について勉強するわけですが、具体的には経済学科と経営学科と金融学科というふうに分かれていますので、もう少し言えば経済学・経営学・金融について学ぶ学部ということになります。

経済学は人文社会科学の中では比較的国際的に標準化が進んでいまして、日本で勉強してもアメリカで勉強してもヨーロッパで勉強しても基本的な経済学の考え方っていうのはあまり違わないんです。世界的に画一した経済学という基本的なものの見方、それを基礎としてここに学生として来ている人たちは特に自分の関心のあることを掘り下げていくわけです。当然経済学自身は普遍的な学問なんですけれど、実際に学ぶ際にはそれを使いながら日本の経済や金融について勉強したり、あるいは経済そのものよりも企業経営や財務等を学びたいという学生がいるので、経営学科のようなこともやっています。

経済学を学ぶ学部単位で最大の目的というのは、社会の見方をきちんと理解することだと思うんですよね。経済問題なんていうものは長屋の熊さん八っつあんでも、あるいは御隠居さんやその辺の奥さんでも話し合うことができるわけですけれど、それは素人の論理なんです。だから大学で経済を学ぶときはもっときちんとした理論的な理解、あるいは哲学とまで言うとオーバーになりますが、思想的な背景をきちんと知ってもらうことが大事だと思うんですね。

また高校まででは学べないようなことが大学にはあり、しかも経済学にはとても特徴がありまして、入口が広いんです。いろいろな手法から入ることができます。

いろいろな例を挙げますと、まず1つ目として数学が挙げられます。東大でいう文科系の中では経済学が一番理数的な要素が強い部分がありまして、数学を理解しないと経済学が理解できないわけではありませんが、数学的な素養を持って勉強することで経済学がより深く分かることが多々あります。数理的な観点から言えばゲーム理論などは最先端の理論でして、ゲーム理論自体は生物学や社会学など多くの分野でも使いますが、中でも経済学はゲーム理論が早い時期から発達してきました。また金融工学という金融的なものに対して数学を使う分野もあり、最近理一や理二の学生からも人気があります。

経済学部長

2つ目のグループとしては政策的な思考を使う分野です。将来役人になる人はもちろん、世界銀行・国際金融や世界貿易機関などと海外で働きたいという場合は、数学的な視点や学問的な視点よりももう少し世の中の仕組みをきちんと理解して、もっと制度的な問題だとか政策的な課題だとかに取り組む必要があります。あと発展途上国の経済支援に関わっていきたいという人も最近意外と増えていて、現実の政策を中心に勉強しています。

それから3つ目としては経営学科に非常に近いんですけれど、企業の経営などといったことに関わる経営学です。もちろん将来民間企業に勤めたいという人もいて、中には将来のキャリアとして企業に入って何年か経験を積んでから例えばビジネススクールに行こうというような気持ちを持っていて、そういう意味で経営学だとかビジネスだとかを学びたいという学生もいます。

4つ目のグループとしてはいわゆる歴史を勉強する経済史というところがありまして、ここはスタッフが充実しています。高校までの世界史や日本史で学ぶのは政治史や文化史が多いと思うんですが、本当は経済史が一番面白いと自分は思っています。例えば日本史でいうと、明治以降日本はどのように発展してその中でどのように都市が変わっていっただとか、あるいは政府がどういう役割を果たしてきたか、また海外との関わり方は……という感じですね。そういう経済史は文学部でも法学部でも勉強できないので、経済学部が担当しています。

5つ目として挙げられるのが統計です。これは最近急速に重要な分野になってきて、経済学では特に「計量経済学」といいます。データを高度で統計的な手法を使って分析することにかけては、おそらくあらゆる学問の中でも経済学で一番進んでいる分野の一つかと思います。なぜかといえば私たちは実験ができないからなんですね。工学部や理学部でしたら実験をデザインすることで自分たちが考えるためのいわば都合の良いデータを集めることができるわけです。経済の場合は社会科学ですから、実験のできない中で世の中からデータを集めてきてそれをどのように分析するかを考えなくてはなりません。しかも他の分野に比べて経済はデータ量がとても多いものですから大変です。そのためデータを扱う統計的な手法が重要です。

今は代表的な5つを挙げましたが、この中から自分に合ったものを選べることが経済学の一つのポイントでしょうね。もちろん、全部を勉強して頂くことも可能です。

経済学部長

―経済学部の目指すものと学生の展望について。

そういう中で、学生は学部時代にものの見方を広げると同時に大学でないと学べないような基礎知識を増やしていくべきです。新聞を読むだけで済むならば大学に来る必要はないので、自分一人では得られないようなものを大学で学んでほしいと思っています。

学部の学生にとっては、経済学部を出てからどういうところで活躍するのかということが一つのポイントになるのですが、やはりどこに行くにしてもある程度プロフェッショナルとして経済を見ることができるということが効いてきます。例えば、財務省や経済産業省に入る人も当然いますし、最近は厚生労働省・農林水産省・国土交通省などを選ぶ人もいます。また、金融機関志望の人は日本銀行・政策投資銀行・国際協力銀行を選択します。それから、特に金融の分野では民間の企業を目指す学生がやはり多く、昔は日本の銀行に行く人が非常に多かったのですが、最近は外資系に行く人も増えています。さらに、国際的な経済に関心がある人は商社に行ったりしますし、メーカーでも大きな企業ではモノづくりだけではなくグローバルな戦略がありマーケティングもやるので、経済・経営ができる人の需要があります。もちろん大学院に来るという人も中にはいます。

抽象的にいえば、学生一人一人にプロフェッショナルとして社会を見る力を身につけさせることを、学部全体・大学院全体として目指しています。するとその人がどのようなプロフェッショナルになりたいのかということが重要になってきます。学者として、官僚として、ビジネスの先端に立つ者として、国際的な支援機関で働く者として、ジャーナリストとして、金融マンとして、とどれを選択するかによってどのような切り口で社会を見るかが全く変わってきますから。さらにその上である程度知っておくべき知識だとか、分析能力や対話能力だとか、そういうものを身につけさせることも目標にしています。

―教育の特色は。

1つ目の特徴は前述の通り非常に間口が広いことです。例えば数学であれば、共通の前提を積み上げていく分野だと思うんですが、経済の場合は歴史・統計・数理の理論・政策・経営とどの入口を選ぶかによって前提が異なってきます。その数多くある選択肢から自分に向いたものをやれるということが一つの特徴です。

経済学部長

2つ目の特徴はやはり、ゼミが非常に重要な意味を持っていることです。与えられた知識を理解するだけならば教科書を読めばいいわけですけれど、実際には経済学部は自然科学とは違って答えが一つではないんですよね。ものの見方はいくつもあり、さらに常に新しいものが出てくるわけです。ですから何か新しい考え方が出た時に、みんなでディスカッションをしたり、ディベートをしたり、あるいはプレゼンテーションをしたりすることを求められているわけです。ゼミにもよりますが、1学年5人から10人程で構成していて、週に1回の集まりだけではなく、合宿をしたり、中にはフィリピンや中国に研修に行ったりするところもあります。私の所では中国の清華大学から20人程の学生に来て頂きディスカッションをしたりもしています。このような少人数教育も経済学部の教育の特色だと思います。

このような特色を生かすために、例えば金融学科ではリアルタイムで株のデータや企業のデータの処理をうまくしながらさらに戦略を練るというラボのようなものをたくさん作っています。これは理科系の実験施設とも文化系のいわゆる普通の教室とも違う中間的なものです。金融の生のデータをリアルタイムで扱えることは一つの特徴的なところだと思いますね。このような学内の教育施設の充実とともに、経済発展の分析調査で海外を含む現地の視察などにも取り組んでいます。

―産学連携や社会とのつながりについて。

学生の就職というのがある意味で最大の社会への応用、ということができるでしょう。経済学部は学生にプロフェッショナルになってもらうことを目標にしていますから、実際に就職して成果を挙げればそれが社会貢献となるわけです。そういった意味では学生にとってはインターンシップも非常に重要な機会ですので重視しています。

大学としての社会とのつながりも多くあります。寄附講座もその一つです。例えばグローバルカンパニーと連携して、毎回その会社から特定分野の専門家の方に来て話をして頂いたり、各業界の偉い人に来て頂いて産業事情についてお聞きしたりしています。寄附講座に限らず現実の社会に沿った授業が経済学部には随分多いかもしれませんね。

また、大学主導の社会との連携ではありませんが、普通は3年生になると学生はゼミに所属するんですけれど、卒業してもゼミのOBとして関わっていくんです。OB会を通じて社会に出た先輩が自分たちがどのような仕事をしているかを話してくれる、このような縦のつながりも重要だと言えます。

経済学部長

金融関連では金融教育研究センターというものがあり、大手の金融機関から寄付を頂きまして、そこと連携して色々なデータを処理しています。学内の人も外のデータを使えますし、外部の人もそこを利用することができます。経営ではものづくりセンターというのがあって、ここは経済産業省の支援を頂いて、ずっとモノづくりの現場にいた人が定年後に他のところで指導できるように、指導員を養成するプログラムなどを行っています。今回、この機能は経営教育研究センターとして改組しました。それから日本経済国際共同センターというのがあるんですけれど、そこを通じて例えば住宅産業の方々と日本の住宅産業の在り方について一緒に研究したりシンポジウムをやったりしています。この様に研究ベースでは色々な形で社会との関わりがあります。

それから例えば日銀の副総裁もつい最近までここの教授でしたし、経済学部のスタッフ自身が外部との関わりを持っていることが多いです。そういった活動の差し障りの無い話はゼミの生徒たちにも還元することができます。ですから経済学部の学生は他の学部の学生よりも、社会で起こっている様々なことについて、生の話を聞いたり見たりする機会が多いのではないでしょうか。

―学生に求めるものは。

やはり経済学では自分の頭で考えるということが重要なので、あまり既存の知識を身につけるということだけに振り回されないということに気を付けてほしいですね。

知的活動にもレベルがあるんです。第一段階は色々な知識を身につけることです。例えば数学の問題が解けるようになるだとか、歴史の事実を知るだとかがこれにあたります。授業を聞いて理解するのもこの段階の話です。これはあくまで一方向の受身の話ですよね。第二段階は自分で知識をまとめて、それをレポートにしたり本にしたりあるいはプレゼンテーションしたりと発表をすることです。これで能動的な活動になったわけです。それで自分から何かを発表したら当然色々なコメントが来ますよね。批判が来たり急に質問が来たりすることもあるでしょう。それに対してさらに反応していくことが第三段階になります。このインタラクションが非常に大事です。残念ながら日本の高校までの教育はそういうのが非常に弱いので、与えられたものを吸収するというところまではできても、それから先ができない学生が多いのです。特に経済学部に来て頂いた場合、経済問題というものは必ずしも答えが単一でないし状況によって変わるわけです。そのため、どのような状況でも自分の頭で考えてさらにそれを相手に説得することや、相手から批判されてもそれに対してさらにやり返していくことを大学にいるうちに身につけてもらいたいと思っています。ゼミはそのような能力を身につける場でもあります。

経済学部長

―新しい進振り制度について。

進振り制度が変わったせいで文二生が経済学部に入りにくくなったという話をよく聞きますが、これは別に経済学部だけはなくて東大全体の方針です。大学に入ったばかりの時と3年生になる時を比べて、2年前と同じことをやりたいと思っている保証はないわけです。そのため全科類枠などをつくって文科から理科、理科から文科へ移るということの自由度をもう少し高めましょうという意図で今の制度ができたんだと思います。そして結果的に経済学部に来たい学生がずいぶん増えています。文三はもちろん理一・理二からも経済学部に来たいという人たちがいるんですから、必然的に文二にいても経済学部に来られない人たちが出てきてしまいます。システム上文二から経済に来たくても成績が届かなくて来られない人がいるのは残念ですが仕方がないですね。我々の立場からするとそれだけ経済を勉強したい人が増えているということだ、という風に思っているんですけれど。

―経済学部以外の学部にも経済系の講義がある意義。

まず、経済学部以外の学部にも経済を勉強できる授業があるというその事実自体が大切なことですね。経済学は日本にいるとわかりにくいんですけれど、ものすごくパワフルな学問なんです。アメリカではそれが顕著に現れていますよ。

例えばアメリカのロースクールに行きますと、ローアンドエコノミクスという経済の見方を使って法律を勉強する学問があります。独占禁止法や商法などの経済法だけではなくて、憲法から刑法まであらゆるものを経済的に考えるんです。例えば刑法で、罰則を高めたときにそれがどれだけ犯罪を抑制する効果があるかということなんかは、まさに経済学が得意とする過去のデータを分析をすることによって見えてくるわけです。ですから法学部に行くと「法と経済学」という授業があります。

また、医学部では医者と経済学の博士号を両方持って研究している人もいますし、アメリカでは医療の経済学なんてものがすごく重要になっています。患者さんをどう治すかということが一番重要ですが、医療保険の制度や病院の経営、医者の養成の供給と需要と育成の価格などの典型的な経済学的問題を、どうイノベーションを高めてグローバルな競争の中で解決していくかということを考えないと、日本の医療ってよくならないですよね。

経済学部長

それから工学がらみでも例えばITは、その技術としてみると工学部の話なんですが、それが金融や流通、もっと言えば社会の仕組みとどのように関わっていくかということは、ほとんど経済の知識なしには分析できないわけです。

最近では社会学などでも経済学的なことが非常に重要になってきています。あとは文化人類学では、未開の地の人たちが貨幣をどのように使っていたかを分析すると、ある種の文明の変化みたいなものを発見することも可能です。

農業なんてものは、まさに経済問題なんです。確かに稲をどのようにうまく作るか、あるいは田んぼをどう耕すかなんてことは、もちろん大事なことですけれど、もっと重要なのは米の価格をどうするか、あるいは貿易自由化に対してどう対処するかなどの経済問題なんです。

ですからそういう意味では色々な学部に経済の科目や部分的な専攻があるということは当然だと思います。それで東大のいいところは、そういう学部の枠を超えて色々な人に声を聞いてもらえるということだと思いますね。

ただ、他の学部の方には申し訳ないんですけれど、経済学は今どんどんと専門性が高くなってしまっています。ですから経済学部に来て頂けるとわかるんですけれど、ある程度広がった分野で経済学を勉強しないときちんとしたものにはなりません。他の学部で経済の勉強をしてみようという人には少し可哀そうな現状があるわけです。ですが、それは経済学部の講義を取りに来て頂ければ大丈夫です。

結果的には東大だけでなくて、どこに行っても経済は色々な分野の学問の中に入り込んでいます。ですから経済の視点から色々な日本の大事な問題を考えることは非常に重要だと思います。昔の日本はそういう発想が非常に弱かったのですが、やはりこれからは経済的な視点から色々なものを見ていかなければなりません。それぞれの分野の専門家の研究はもちろん重要ですが、同時に経済の視点で見ることも同じくらい重要だと感じています。


経済学はものの見方を学ぶ学問というお話が興味深かったです。現在の世界情勢には正確に状況を把握する視点が求められているのかもしれません。経済学部には日本を、そして世界を見つめる目になって欲しいですね。

経済学部ホームページ: http://www.e.u-tokyo.ac.jp/


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