法学部長インタビュー(山下友信教授)

法学部は東大開学以来、常に日本の成長を支える人材を輩出してきた、長い歴史をもっている学部である。今回は法学部長である山下友信(やました・とものぶ)教授にお話を伺った。


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法学部・法学政治学研究科の組織

まず、法学部・法学政治学研究科の組織についてお話したいと思います。

山下学部長

大学院法学政治学研究科には、2つの専攻がおかれています。1つは総合法政専攻で、法律学や政治学の研究者を養成する大学院です。修士課程と博士課程があります。もう1つは法曹養成専攻(法科大学院)で、裁判官・検察官・弁護士といった法曹を養成する課程です。制度的には専門職学位課程とよばれています。

法学部は大学院法学政治学研究科という組織の中にあって、法学部生の教育として、法律学と政治学を教えています。学科制は取っておらず、私法コース(第1類)・公法コース(第2類)・政治コース(第3類)の3コース制をとり、学生はそのいずれかに属します。ほかの学部では一般的な学科制と違い、3年生から4年生になるときに所属するコースを自分の選択で変えることも可能で、コース分けは緩やかになっています。

東京大学における法律学と政治学の結びつき

東京大学では、なぜ法律学と政治学が、法学部・法学政治学研究科という形で結びついているかという疑問があるでしょう。たとえば早稲田大学には、法学部と政治経済学部が別々にあります。しかし、多くの国立大学は法学部で政治学も教育研究が行われていることが一般的です。理由の1つとして、特に東京大学をはじめとする古い国立大学の法学部は、明治時代に作られた際には、国を動かす人材を養成しようという性格が強く、そのような目的からは、法律学と政治学が結びついていることが有用だったということがあるのではないかと思います。法律学と政治学のあり方は、そのころからは大きく変わっていますし、国際的にはこういう学問の組合せで学部が構成されていることは一般的ではありませんが、法律と政治は社会の諸制度を構成する重要な要素であり、両方の教育研究を行っているということは私たちの学部・研究科の大きな強みであるといえると思います。

法学部・法学政治学研究科での研究

山下学部長

私自身は法律学の研究者であるわけですが、「大学で法律学を研究している」というと多くの人はあまりイメージがわかないのではないでしょうか。毎日研究室に行って、六法全書を暗記しているのではないかと思っている人もあるかもしれませんが、もちろんそのようなことはありません。

法律学には、大きく分けて2つの領域があります。

1つは、世の中の法的な諸現象を研究対象とする分野です。上は憲法、法律、条約から下は町内会則、サークル会則のようなものまで、さまざまな法的な規範があり、これを守りながら人々は暮らしているわけですが、そういった法的な規範が適用されることに関して起こる世の中の現象を、さまざまな学問の手法を使って分析するもので、法律学の中の分野として、歴史(法制史)・哲学(法哲学)・国際比較(比較法)・社会学(法社会学)・経済学(法と経済学)などがあります。

法律学の研究がユニークなのはもう1つの領域のほうで、法律などの法的規範の使い方に関する研究といえるものです。法律は「〜しなければならない」あるいは「〜してはいけない」というように人がしたがうべき規範ですが、その法律をどのように適用すべきかという実践的あるいは実用的な作用のあり方を研究するものです。

法律学(1) 解釈論

この実践的な研究の領域の1つが解釈論というものです。刑法の例を挙げますと、刑法199条には「殺人を犯した者は処罰する」と条文には書かれています。それでは殺人とはどんなことをいうのか。それについて条文は何も定義していません。これを確定するのが解釈論というものです。

刑法の条文の解釈としては、殺人として認められるには、一つの要件として「故意に殺した」、言い換えると「殺意があった」ことが認められる必要があります。ここで故意とはなにか、という問題が発生します。さらには、故意はあったとしても、実際にはこちらが殺されそうだったので防御のためやむをえず反撃して殺したということで「正当防衛」となって処罰を免れるかどうかが問題となる場合もあります。こういった法律の解釈に関する多数の問題点についての理論が蓄積され、裁判所による適用が積み重なって「判例」となり、条文の適用のあり方が決まっていきます。刑法199条の1か条だけでも分厚い本ができるくらいです。

また、民法の例では、たとえばみなさんが誰かから殴られてけがをしたり、交通事故で被害にあったりした場合には、不法行為として、加害者に損害賠償を請求できます。この根拠は民法709条という条文で、そこでは「故意または過失により、他人の権利・利益を侵害した者は損害賠償責任を負う」とだけ書いてあります。ここでも一番難しい問題は「過失」とは何か、ということです。日常の言葉で言うと「落ち度」ですが、この落ち度とは何か。ここでも、古くからの理論や判例の蓄積を踏まえたうえで解釈するわけですが、いっぽう世の中には次から次へと新しい現象が起きるので、新しい現象に対応して法律をどのようにして解釈していくかをさらに考えていき、必要であれば解釈論を進化させていくことになります。

これらの法律を解釈する場合に重要なのは、絶対的真理は何かという観点からアプローチするわけではなく、突き詰めれば、社会の人々がどれだけ納得するか、という観点からアプローチするのが法律学の特徴的な点です。人々に対して強制的に法律を適用するのですから、人々が納得できるものでなければ法律として十分機能することができないのです。

ただ、そうなら世の中の多数意見に従わなければないのかというと、もちろんそうではなく、動かせない原理原則はあるわけです。その1つが憲法に規定されている基本的人権です。また刑法では、国会が作った法律に基づいてしか処罰されないという罪刑法定主義という原則があり、行政法という分野でも、行政機関の行政は法律に基づいて行われなければならない、という法律による行政という原則があります。こういった原理原則のあり方に関する研究もきわめて重要な意味があります。

法律学(2) 立法論

実践的な法律学研究のもう1つの大きな分野は、立法論というもので、解釈論では十分に対応できない新しい現象が発生して、新しい法律が必要になったときに関わるものです。先ほど、不法行為による損害賠償について述べたように、基本的には加害者に過失がないと賠償責任がないのですが、そうだとすると加害者に過失がなければ、被害者は泣き寝入りするしかないことになります。たとえば交通事故にあったとき、被害者は運転者に過失があることを証明しないと賠償請求ができません。これは事故の状況によっては非常に難しいことで、もし過失があったということが証明できないと被害者は泣き寝入りせざるを得ない。これでは多くの人は納得しないでしょうし、社会的な問題となります。そこで、自動車損害賠償保障法という特別の法律を制定し、自動車事故については、被害者が、運転者の過失を証明しないでも賠償が受けられるようにしています。こういった新しい立法をどのようにすべきかをいろいろな分野で研究しています。

政治学

国からご近所まで、大小さまざまな人間の集団をどう動かしていくか、を広い意味で政治ということができると思いますが、政治学では、この政治についてのあらゆる側面を研究しています。政治の原理論や政治的現象の実証分析、政治の歴史、思想、国際比較、あるいは国際政治、さらには政策形成とその実現をする行政の手法を研究する分野など多様な分野があります。政治学の研究手法は、歴史学、哲学、統計学、社会学、国際関係論など、他の社会科学・人文科学の分野と手法の面でも研究対象の面でも重なっています。法律学の分野の教員はほとんどすべて法学部の出身者ですが、政治学の分野の教員には、東京大学の学部でいえは教養学部など、法学部以外の出身者も増えています。

法律学・政治学両方の幅広い知識を

山下学部長

法律と政治というのは、社会を動かすために不可欠な作用です。その両方を我々は教えているわけですから、その強みを生かした教育をしています。

法学部便覧の冒頭を見ますと、「少なくとも近代社会においては法と政治は不可欠である。しかも両者は相互に相互を支えている。政治が法を定め、実現する。そして、法が政治を形造り、導く」とあります。ここでは相互作用が重要だといわれているわけです。

法学部には3つのコースがあるように、法律学中心の勉強をする学生と政治学中心の勉強をする学生がいますが、3つのコースは緩やかに作られており、法律学のコースでも政治学の科目が一部必修となっていますし、政治学のコースでも、憲法や民法といった基本的な法律科目が必修となっているように、全ての学生に、法律学・政治学の両方を勉強してもらうということになっています。


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