法学部長インタビュー(井上正仁教授)

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法学部は東大開学以来、常に日本の成長を支える人材を輩出してきた、長い歴史をもっている学部である。今回はそんな伝統ある法学部の現状、そして近年の専門職大学院の開設など、今後の展望について、法学部長である井上正仁教授に伺った。


―学部の目的は。

法学部で教育するのは、法学と政治学です。

井上先生

法学といっても多様で、六法全書に載っているような具体的な法律やその他の法令を対象とする実定法学というものがまず挙げられます。例えば憲法には国の仕組み、意思決定の仕方、国と個人との関係、個人に保障される基本的な権利などが規定されていますし、民法では、土地や財産を誰がどのようにして所有し、物をどのようにして売り買いしたり、お金を貸し借りしたりするかとか、夫婦や親子の関係などについての定めが置かれています。しかし、法律が出来る過程には、その当時の社会的・政治的、経済的、あるいは文化的な事情が多かれ少なかれ影響していますので、法規に書かれた文字だけを呼んでも、本当の意味が分からないこともあります。背景事情に照らして、それがどういうねらい・趣旨によるものであるかを明らかにするということが必要となるのです。また、法律の規定は、それを作る際に予想ないし想定される事態を念頭に作られているわけですが、実際の世の中は多様で、また日々変わっていきますから、そこに書いてあることを機械的に適用するだけでは物事を適切にあるいは効果的に解決できないことも少なくありません。シチュエーションの違いや変化に応じて、法規に定められたルールを発展・変容させたり、例外を認めていくことが必要とされるのです。さらに、法規に定められたルールに人々がみんな従って行動していれば、争いが起こらず、何事もうまく運ぶように見えますが、、人には色々な考え方や利害の感覚がありますから、一つの法規に対しても人によって解釈が異なることはよくあります。そういう場合に、本来のルールはどういうものであるのかを、表面的でなく、その法規ができた背景や基礎となる事情にさかのぼって考え、それを基点に合理的に解釈し、解決していくということが必要となります。こうしたことが実定法学の根幹の一つです。

しかも、法律の内容となっているルールは、今の時代に初めて作られたものばかりではありません。長い時間をかけて作られてきたものも多いのです。ですから、法の生成・発展の歴史を研究することは、重要な意味を持っています。また、扱っているのが生の人間の事柄であり、実際に生じている出来事ですから、理系のように、ある方法なり装置なりについて、実験をしてみて効果を検証するといういことは出来ません。ですから、それに代わるものとして、同じような問題を抱え、あるいは同じような方法や装置を用いている外国の法制の状況と比較して、我が国の問題を解決する手がかりを見つけようとすることもあります。さらには、もっと遡って、「正義とは何か、法とは何か?」といった疑問に立ち向かうことも必要です。倫理や道徳や宗教など、社会には様々な規範がありますが、それらと法はどういう関係なのか。私の専門である刑事法に関連した話をさせて頂けば、「人が罪を犯すと処罰される」というのは当たり前に思えるかもしれませんが、なぜそれが罪であるのか、どこまでが罪であるのか、なぜ国家はそれに対して刑罰という制裁を科せるのか、そういった根本的な問いへの答えは必ずしも自明でも、一様でもないのですね。あるいは、「正義」に反するとか、「正義」を実現するとか言いますが、果たして正義とは何なんだろうか。こういったたことを考えるのが法哲学です。また、法社会学のように、法制度が実際の社会で実態としてどのように働いているのかについて研究する分野もあります。こういった、法制史や比較法、法哲学、法社会学などの分野を大きくまとめて、「基礎法学」と呼んでいます。

政治学は、政治や外交、行政がどういう風な仕組みで動いているのかを分析・研究し、理論化していく学問です。社会学的な手法や歴史学的な手法が用いられたり、国内外の政治思想から横断的に分析していくこともあります。外国の政治状況や国際関係を専門的に研究する分野もあります。このように、「政治現象」という一つのダイナミクスを多角的に検討しているのが政治学と言えます。他の大学では、政治学と法学は別々の学部で教えられているところもあり、経済学と結び付けて教えられている場合も少なくありません。しかし、東大の場合、政治学と法学の二つの学問分野を連携させて研究し、教育してきました。というのは、法制度を作ったり、動かすのも政治的な過程の一つであると同時に、政治の行動は法の枠組みの中で動いているものですから、法が政治を規制しているという面もあるからです。そういったインタラクションが、法と政治との間にあり、従って、法学と政治学とはそのことを視野に入れ、相互に連携して研究され、教育される必要があるのです。

―教育の特色は。

井上先生

より手をかけた教育を行うため、2004年度より年次進行で、法学部の収容定員を1学年600人から400人に減らしてきました。また、これまでも、政治学中心に勉強するコースである三類でも憲法や民法など、最も基本的な法典は必修でしたが、実定法科目を中心に勉強するコースである一類でも、政治学を必修とすることにしました。法学と政治学の全体をバランスよく学んでもらうためです。

他の学部との連携も図っています。特に経済学部とは、従来から、民法や近代経済学など基本的な授業科目の講義を相互に出し合っていますし、また、合併講義も行っています。学問の内容としても、アメリカで一派を築いている”law and economics”の流れをくんで、商法や民法その他のビジネス関係の法分野では経済学との連携を意識した研究、教育を行う教員が少なくありません。私の専門の刑事法の分野では、医学部の先生方に協力していただいて法医学の授業を行っていただいていますし、医療法の関係で、法学部の教員が医学部等に協力申し上げるようなこともやっています。

法学部教育に関しては、法学や政治学に関する基礎的な素養を身につけてもらうことが目的です。学部を修了し直ちに社会に出て行く人にも、法学や政治学の基本的な素養を身につけてもらい、社会の様々な分野で、それをベースに、活動してもらうということは、とても大事です。さらに、もう一歩も二歩も進んだ、高度で先端的な学識を身につけてもらうために、大学院に研究者養成を主眼とする総合法政専攻と実務法律家の要請を主眼とする法曹養成専攻(法科大学院)を設けていますし、経済学研究科との連携の下に公共政策大学院を設置していますが、法学部で学ぶことはその基礎を作るという意味も持っています。

法学部での授業は、大きな教室で多数の学生を相手に講義をするものが中心になっています。そのため、俗に「法学部砂漠」などとも言われることがありますが、私が学生だった頃から学部の講義は同じような方式でしたけれど、先生と自分がきちんと対峙しているという意識で臨んでいれば、充実した授業となったように思います。とは言え、小さい頃から大事にされてきている今の若い人たちを相手にするのですから、昔より遙かに手をかけた、こまめな教育を行うことにも配慮する必要がありますので、さきほど申したように、学部もサイズを小さくしたわけです。カリキュラムの内容としても、従来は任意選択制だったゼミの履修を必修にし、先生と学生の接触を強化・拡充するようにしました。また、「民法基礎演習」といった演習科目を設け、若い弁護士さんなどの協力も得て、法律学の最も基本的な考え方、学び方を、具体的に指導してもらうような工夫も施しています。

―学生へ期待していることは。

学部の学生に対しては、法学・政治学を中心に幅広く学んだ上で、社会の様々な分野で活動し、活躍して欲しいと思っています。最近の実績としては、学部生の半分くらいが学内・学外の法科大学院へ進学し、公務員になる人と企業に勤める人が残りの半分ずつというところですが、法学部を出たからといって、全員が法律家になればよいという訳ではなく、国の行政を実際に動かしていく行政官になるにしても、企業で働くとしても、有能で志の高い人間に育って欲しいと思います。

先ほども触れた法科大学院と公共政策大学院について言えば、いずれも、法律家の世界や行政官等の世界でも、より高度で専門的な学識が必要になってきているということが背景にあります。たとえば、弁護士ですが、今までは町のお医者さんのようなジェネラリストが多かったといえますが、最近はある特定の分野に特化した高度な専門知識を持った人が求められるようになっています。また、グローバル化の進展により、取引関係でも外国企業等との交渉をしなければならない機会が増えていますが、これまでの日本の弁護士さんでは、外国の法律家に十分太刀打ちできないのではないかなどの懸念があったのです。それから、これまでの司法試験の受験競争の弊害を改善・解消するということも、法科大学院制度が設けられた趣旨の一つといえます。従来の司法試験は、法学部を修了していることを必ずしも前提にせず、また受験回数の制限もありませんでしたので、受験者が累積し、過酷な状況になってしまって、大学でじっくり勉強するのではなく、効率よく受かるために予備校に通うという傾向が一般化しました。その結果、本当に必要な法学についての基本的な理解を身につけることなく、試験に受かるためのテクニックの習得に終始することになり、合格した人についても、果たして法律専門職に相応しいだけの実力を備えているという保障があるのかが疑わしくなっていたのです。

―社会への貢献は。

法学や政治学は、扱っているのが人間やそのグループ・組織の営みですから、必然的に社会との接点が多くなります。法学部の卒業生が様々な分野で活躍しているのも、その意味で自然なことです。また、法学部の教員は、国や地方公共団体、あるいはその他の公共的な場で、色々な役割を担ったり、専門家・有識者として寄与したりしています。法学部としても、学外の方達を対象にオープンな形で授業を提供するという試みをしてきております。たとえば、最近、会社法の全面改正があった際には、企業関係の方々を対象に、何回かの連続でレクチャーを組みましたし、また、ある企業関係からご寄付を頂きまして、高齢化社会に伴う法的問題を検討する連続講義を一般の方々を対象に行うといったこともしてきました。

ただ、法科大学院など専門職大学院ができたことで、教員の授業負担が相当増えました。内容的にも、多くの教員は、熱心に授業に取り組み、それにかなりのエネルギーを注いでいますので、今後は、そのような教育活動と研究、そして社会への貢献との間にどのようにして適切なバランスを保たせていくかを真剣に考えていく必要があると感じています。

―学生に向けてのメッセージをお願いします。

井上先生

一度立ち止まって、「なぜ法学部なのか、なぜ法学や政治学なのか?」を考えてみてほしい。大学に入る前であっても、教養課程にいるときであっても、また、法学部に入った後であってもよいですから。進学先として法学部を選ぶのは、多くの場合、法学部というのがどういうところであり、そこで学ぶ法学や政治学がどういうものであるのかをよく分かり、よく考えた上での選択ではなく、何となく周りに流されて選んでしまうのではないでしょうか。それはやむをえないこととして、では、みなさん自身、法学や政治学を学び、社会に出てそれを糧に仕事をしていくというのが、本当に自分のしたいことなのかどうなのかを一度は考えてみて欲しい。なぜ自分は法学・政治学を選んだのか、それでよかったのかを、一度立ち止まって考えてみる、そして、自分なりに得心が得られ、覚悟とか目標とかが持てるようになったら、法学や政治学を学ぶことがもっと楽しくなり、モチベーションも高まるはずです。

法学や政治学は、なかなかとっつきやすい学問とは言い難いでしょう。それは、そこで扱われているのが、生の人間社会の諸々の問題であるため、実社会の体験がないまま、書いたものの文字面や頭の中の想定や論理だけで理解しようとするのは、無理があるからです。本当のところは、社会に出て、いろいろ経験し人間として成熟して、ようやく本当に分かるところが大きいと思います。従って、地道にこつこつと勉強するほかはありません。また、他の分野についても多かれ少なかれ同様だと思いますが、自分の頭で考える、その習性をつけるということが最も大切です。


法律に限らず、大学生が学ぶ上で大切なのは「自分の頭で考えること」でしょう。一度立ち止まって「なぜ自分はこの勉強をしているのだろうか」と考えてみることで、人によっては弁護士に、人によってはサラリーマンと、適性が見えてくるような気がします。特に法学部の場合、2年生から専門の勉強をすることになるので、早いうちから自分で考える力を身につけることが、試験に受かるためのモチベーションにも繋がるのでしょう。


法学部ホームページ: http://www.j.u-tokyo.ac.jp/


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