文学部長インタビュー(立花政夫教授)

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東大設立時に発足した伝統ある文学部は、一見地味な存在ながら、日本の人文学をリードしている。その魅力について、学部長の立花政夫教授にお話を伺った。


―文学部ではどのようなことを研究しているのですか?

立花文学部長

文科系には色々な学問がありますが、そのうちで法律・政治・経済・教育といったものは東大の他の学部がやっていて、それ以外の全ての分野を引き受けているのが文学部と言っていいと思います。文学部は具体的には思想・歴史・言語・行動という4つの学科に分かれています。さらにそれが専修課程、あるいは研究室という単位に分かれていて、27の研究室があります。そこで色々な研究をやっていますが、結局文学部でやっている事が何かというと、人の生き方やあるべき姿を明らかにしていくという事になるわけです。ただそのアプローチのしかたは様々です。例えば歴史の分野でやっている事はまさに長い歴史のある部分に注目して研究することですが、それは固定された歴史の一場面を研究するというよりも、過去に起きた事が現在から見て何だったのかという観点で調べるということです。だから歴史といっても何年に何が起きたという史実の羅列とは違うし、むしろどういう状況でその事件や動きが起きたかということになります。しかもそれは時間的な一点ではなくて空間的な広がりを持っていますから、世界中あるいは交流している国々との関係で何が起きたかというのを明らかにしていくことになります。

私自身は心理学研究室に所属していますが、心理学をやっている教員は東大の中でも教育学部や教養学部などあちこちに分かれていて、合計で40人くらいいます。その中でも私の所属する文学部心理学研究室は、心理学の非常に基礎的な部分を研究しています。例えば物が見えるのはどうしてなのか、物を認識するというのはどういうことなのか、あるいは偏見はどのようにして生まれるのかというテーマに取り組んでいます。

―学部全体の目的は何ですか?

立花文学部長

「人間の探求」というのがキーワードです。その場合いろいろな切り口がありますが、資格や免許を取るのとはかなり離れたところでやっています。それはこれだけ広い世界と長い歴史のなかで、人間というものを位置づけていく研究です。文学部はある意味で地味ですが、それは流行を追わないという姿勢でもあり、急いで結論を得ようとはせずにじっくりと研究をするということでもあります。

「自分とは何者か」という疑問があって、その上で「人とは何か」ということを追究していくのは、ある意味では学問の本来の姿になると思います。理科系の研究では自分というものを表に出す必要がないものが多いんですね。例えばある機械を作るとしたら、いかに速く人を移動させるかという問題から、新幹線や飛行機の設計という形になります。そのときには自分のあり方というのはあまり関係がないんですよ。ただ、それが社会に与える影響とか環境とかいう問題になってきたときに、ある機械を作ることの意味はどうなっているのかということで、自分自身が関わってくる事はもちろんありますよね。それは普通は技術者や研究者の良心の問題にされてしまいます。しかし文学部の場合はテキストを解読して、資料を収集して、何らかの答えを出すというときに、その出てきた答えは自分に直接響いてくるわけです。だからある文献を読んであることが分かったときには、今度は自分の行動にも反映してくる部分が大きいわけです。それが文学部のやっている学問の本質に近い所なんだろうと思っています。

―文学部の教育の特色はどのようなものですか?

授業の取り方が他の学部と大きく違っているというのが第一点です。文学部では卒業するまでに84単位を取らなければなりませんが、いわゆる必修科目はその半分しかありません。残りの半分は何かというと、他の学科や学部の講義を取ってもいいわけです。例えば心理学の学生が文学や歴史の講義を取っても構いませんし、それがその人の単位になるという事です。医学部だと8割から9割方が選択必修で、その試験をパスしていかなければ卒業できないという話ですから、それがずいぶん違う所だと思います。

もう一つの大きな特色は、卒業研究があって、卒業論文を書くということです。もちろん卒業論文を書かずに特別な演習を受けて卒業する道もありますが、9割の学生は卒論を書きます。まず最初にテーマを決め、資料を探したり実験をしたりして、その結果に基づいて結論を導き出して、色々な議論をするということを、100ページ前後の卒業論文にまとめ上げます。そうしたことを4年生になると約1年かけてやるわけです。基本的には日本語で書きますが、それだけ長い文章をきちんと書くのは大変な事です。しかも自分の頭で考えて論理を組み立てて必要なデータを収集してという事を全部やるわけですから、とても苦労するようです。しかし、卒業論文を書き上げた成果は非常に大きなものです。やり遂げるとその人の自信ともなり、能力ともなります。

文学部の特徴としては、いわゆる研究室制度というものをとっています。例えば学生がある研究室に所属すると、そこには3年・4年の学部生と修士・博士の院生、そして教員がいるというのが一つの単位です。だから研究室では学部生・院生・教員がみんな顔を合わせてディスカッションできるし、分からない所は聞いて教えてもらう事ができます。学科によっては皆集まると100人を超えるような所もありますし、こぢんまりとしていると十数人といったところもあります。

―社会とのつながりは、どのようなものがありますか?

立花文学部長

社会とのつながりはいろいろ考えられますが、一つには1年間の卒論制作で磨いた論文をまとめる能力が大きな力になっていると思います。断片的な知識をいくら集めた所であまり答えにならないんですよ。だから皆が何か言っていても「本当にそうか」という基本的な疑問を持つことができて、自分なりに情報を収集して分析して答えを出す事ができる能力をつけることができれば、応用力は非常に大きいと思います。それだけで社会に対して非常に大きな貢献をしていると思っています。

また、例えば工学部ではある研究成果がロボット工学の分野で役に立つからといって、企業と連携して新しい事をやろうという話はあるでしょう。でも文学部の場合はそういうことにはすぐならないですね。むしろ、文学部の社会貢献といえば、世の中に出ている色んな本の中で文学部の先生方の仕事が役に立っていることが挙げられると思います。例えば西洋の本を読むときに大抵は翻訳本がありますよね。でも細かいニュアンスや歴史的な背景や文化的な要素を織り交ぜて日本語に翻訳していくというのは、コンピューターにはできない非常に大変な作業です。だからその翻訳のおかげで自分の知らない国の言語で書かれた事を理解できるというのは、大変な社会貢献をしているといえるわけです。

世の中には「ああだからこうだ」という単純な選択ではすまない物事がたくさんあります。そこで一つの出来事について多元的に、歴史性を持って、周りとの関連を掴まえて理解したときに、答えは同じになるかもしれないけど、その答えが持つ意味は全然違うわけです。そういう広がりは文学部の営みから出てきているという風に考えています。ですから、世の中の色々な事に対して「本当にそうなんだろうか」「今の人がそう理解している背景は何なのか」と疑問を投げかけられるだろうか。あるいは皆が「あっち向け」と言われて同じ方向にぞろぞろと向かっているときに、立ち止まって「いやいやこれは歴史上にもこんな事があったから危ない、別の視点から見れば別の答えもあるだろう」と言えるだろうか。そのようにして、我々が一断面の小さなポイントに生きる人間ではないという事を知らしめて、もっと違う考え方や選択のしかたがあるということを絶えず発信し続けるのが、文学部の社会貢献だと思っています。

―学生に伝えたい事はありますか?

立花文学部長

最近はみんな点数を気にしすぎている気がします。点数というのはある側面しか測っていませんよね。そうすると駒場から本郷へ進学するときに点数に縛られてしまって、「この点数ならあそこへいける」「お前なんでその点数なのにあそこにいくの」という話になります。でもそれって本当はおかしいですよね。自分が本当にこれをやりたいからそこに行くという話になかなかならないんです。そこが少し心配です。周りから言われて自分を決めてしまうのはおかしいという話ですよ。選択するときに自分の状況をどう勘案して自分が何をやりたいかを追求していくのが理想だと思いますね。

例えば中学・高校時代に読んだ本があって、それを今になって読み返してみた時には、全然違うと思うんです。だからそういう愛読書があると、自分がどう変わっているかのチェックになります。日々自分が色々な状況にあって自分自身の行動やあり方も変わっているから、かつて読み飛ばしていたわずかな一文の意味も分かるようになる。そうやって自分のありかたが分かるような本にめぐりあってもらえたらいいと思います。実際、わずか1冊の本でも理解・解釈の方法は全然違うので、文学部の研究において簡単に結論がついておしまいなんて事にはならないわけですよね。

文学部の学生に対しては、皆が研究志向というわけではないので色々ありますが、やっぱり自分のスタイルを確立するのが重要だと思います。スタイルとは何かというと、人とは違うことです。それは自分自身のあり方、自分自身の山を築くことでもあります。高いものや低いものやなだらかなものや鋭いものや色んな山がありますが、人それぞれが一つの山を死ぬまで築いていくということです。志を持って自分をどのように作り上げていくかというのが、おそらく人生の課題になる気がします。瞬間瞬間どのような義務を負いつつどう答えていくのかを考え、躊躇し、決断し、その過程で次第に自分のスタイルが形成されていくのだろうと思います。でも最初の段階では基本的なことを学んでいかないとどう攻めたらいいのか分かりませんからね。そういう意味では、まずは教師との関わりの中でそういった基礎を身につけ、ある時期を過ぎたら教師を乗り越えて、自分のスタイルを確立していってほしいと思っています。


先生は心理学を専攻されていらっしゃるとのことで、物が見える仕組みについても非常に詳しく教えてくださいました。そういった理系的な話が出てきたのには驚きましたが、それは文学部の研究が人文学だけでなく他の学問分野にも関わっていることの証なのでしょう。

文学部ホームページ: http://www.l.u-tokyo.ac.jp/


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