薬学部長インタビュー(長野哲雄教授)

東京大学薬学部は、全国の薬学部のリーダーとして時代の先端を行く研究や教育を行ってきた。今回は、そんな薬学部の研究領域や教育方針について、薬学部長の長野哲雄教授にお話を伺った。


―薬学部ではどのような研究を行なっていますか。

薬学部では、基本的に生命科学研究を行なっています。薬学は学際的な学問です。例えば基礎となる有機化学、そして細胞生物学、分子生物学に始まるバイオロジーの分野も関係してきます。生命の仕組みを解明する研究と、薬を作ることから始まり適正に使用できるまでを全てカバーする研究があります。

長野学部長

まず薬を作るという応用面に関しては、疾患に関連したタンパク質の研究となります。それはつまり生命の仕組みを考えるということです。例えばがんに効く薬を作るのに、がんがどうしてできるのかを調べることは重要ですよね。それと同時に、そのタンパク質を制御するような化合物を見つけるということも重要です。そうして疾患のメカニズムが分かってくると目的の化合物を作り出すために有機化学や分析化学も必要になります。それから構造生物学という、X線やNMR(核磁気共鳴)を使ってタンパク質の構造を決めて、そしてリガンド(ここではタンパク質の作用を調整する物質)や阻害剤がどんな相互作用をしているのかを調べる学問も必要です。それから薬を製剤化する時に、体内の動態、つまり飲んで胃を通って腸管から吸収され、肝臓でできるだけ代謝されずにターゲットの所に行って効くということの研究も重要です。試験管の中でターゲットのタンパクだけを阻害したって薬にならない、飲んでターゲットの所まで行かなくてはいけませんから。薬を作るにはいろんなファクターがあるんですよ。

そういうことをやるには総合的な学問が必要です。薬学部ではそうした研究をそれぞれの研究室でやっています。

―学部全体としてどのようなことを目指していますか?またどんなことに最も力を入れていますか?

長野学部長

最も力を入れている点は研究者養成教育です。よく言われるように、大学の先生が何を教えたいかではなく、大学の学生が何を学びたいかということが重要になります。研究者だけを養成するのかという人もいるのですが、私達は常に学生のニーズ、何を期待しているのかということに応答しなくてはなりません。学生にアンケートにとると、将来研究者になりたいという人、将来修士課程まで進学したいという人が圧倒的多数を占めるんですね。あなたは10年後どんな職に就いていたいですかと聞くと、「研究者として研究室で仕事をする」が圧倒的に多いです。学生のニーズが研究者養成にあるということです。それはわれわれの行なっている教育とぴったり合うということです。

東京大学薬学部には大きな特徴があります。1つは、東京大学の薬学部は全国の国公立、私立大学を含めた薬学部全体のリーダーであるということです。薬学部は、他の学部に比べて東大と他大学の差が、研究面、教育面における内容的にかなり大きいと思います。リーダーとしての役割を果たさなければならないので、研究だけでなしに、教育についてもかなり力を入れてやっています。

もう1つ特徴的なことは、日本は創薬研究に薬学部出身者が携わる世界の中でも珍しい国だということです。アメリカでもヨーロッパでも基本的に薬学部は薬剤師養成教育をしていて、薬学部を出た人のほとんどが薬剤師になります。薬学部の上に大学院はありますが、他の学部から入ってくるんです。薬剤師は英語でpharmacist、免許を取るとアメリカではPharm.D.というんです。薬学博士号をもっている人をPh.Dと呼びますけれども、Pharm.D.を持っていてPh.Dも持っている人はアメリカには極めて少ない。薬学部で最先端の生命科学研究をやっているのは世界の中でも日本だけ。それが日本の大学、国立大学の薬学部の極めて大きな特徴です。平成18年から日本の薬学部は6年制の薬学科と4年制の薬科学科が併設されることになりましたが、東大の場合は研究者養成の4年制を9割にしました。

行動シナリオの策定を、今の総長である濱田先生が始めたんですね。薬学部・薬学系研究科の行動シナリオには何を目標とするかポイントが3つ書いてありまして、1つは創薬センターの設立、2番目が薬学系人材養成プラン、3番目が教育のグローバル化。この3点が主に力を入れている点ですね。

まず、創薬センターの設立については、その背景からお話ししたいと思います。日本の製薬企業は薬のおおもととなる物資の40%から50%をバイオベンチャ-から買収しています。そしてここで一番問題なのは、このバイオベンチャーのほとんどがアメリカの企業で、日本のバイオベンチャーがないということです。

なぜ日本のバイオベンチャーがないのかというと日本には創薬研究を行う大型基盤設備、具体的には化合物が集められた公的な化合物ライブラリーがどこにもないんですよ。製薬会社にはあるのですが使わせてくれませんからね。アメリカではスクリーニングセンターとともに50万の化合物を保有する化合物ライブラリーを整備しています。

そこで、東京大学薬学部の地下に1年半前から化合物ライブラリーを整備しました。20万の化合物がロボットで保管されています。これを各大学に供与すると同時にスクリーニングという薬のおおもととなる物質の探索をやろうとしているわけです。その物質を薬にするには毒性、吸収、排泄をクリアしなくてはなりません。それをどうやってやるかというと、有機合成をやる人がいろいろ化学修飾していくわけですよ。ラットなどの疾患モデル動物を使って、ある病気の治療効果があるという直接的な相関関係が取れたというレベルでやっと製薬企業はその化合物を欲しがるんです。いわゆる導出することになるその後の臨床試験を大学単独で行うのは難しいのですが、ここまでであれば私たちはできる。この薬学部の中にやる人はたくさんいますからね。私はこういうものが必要だと思っていたんですよ。

薬を作るのには2つの特徴があって1つは先ほど申しましたように様々な学問が必要だということ、もう一つはかなりお金のかかる基盤の設備が必要だということです。化合物を1つ買うのに1万円、20万集めると20億円です。薬一つ作るのに500億とか1000億とかするのと比べたら安いですよね。でもこうした何十億というお金は日本は残念ながら出せなかったんですよ。そういう基盤となる設備が是非とも必要です。創薬センターというのはそうした様々な困難を乗り越えた先にできるもので、今その完成に向けて少しずつ動いていますが、完成にはまだ時間がかかりそうです。はじめから前臨床までの創薬研究ができる創薬センターの設立がようやく1年くらい前からスタートしました。もっと全国展開したいですね。

その次の薬学系人材養成プランに関しては6年制の博士課程の大学院を作ることが今特に行なっていることです。これは来年度初めにも申請します。というのは今ちょうど6年制の人が5年生になったんですね。その6年の上に4年間の大学院を作るという話です。普通の場合4年制の上に大学院が2年と3年で、トータル9年間ですが、6年制の場合はトータル10年間かかることになります。

大学院を設置するにあたって、私は単に薬剤師の養成教育だけではなくて、研究者としての考え方を持った人を作りたいと思っています。薬の名前を覚えるのも重要です。でももっと重要なのは、その根本的な原理です。薬の名前を今覚えたって2、30年後には使われていないですよね。本やネットを見ればすぐわかるようなことよりも、薬物の相互作用から始まってなぜそれが起こったかとか、これはどうやって効いているのかとかいう基本原理が重要ですよね。実際臨床の現場でどういうことが起こっているのかということも重要です。それは研究者としての心構えですよね。そういう基礎を養成したいと思っています。

最後にグローバル化について、東大は国際交流や英語教育を進めています。大学院で2ヶ月、3ヶ月と外国に行くというシステムが動き始めているんですね。私の研究室からも去年の夏に3人くらい行きました。これもお金がかかる仕事ですよね。大学院生は自費では行きにくいですから1人あたりいくらか支給されるんですよ。そのために外部資金を導入してお金を集める仕組みも整備しています。相互ですから外国の人ももちろん招いて研究室に入れ、セミナー、授業等が英語となることもだんだん増えてきました。これがグローバル化です。去年あたりからかなり本格的にスタートし始め、これはだんだんだんだん伸びていくでしょうね。これが3点目です。

―学部全体としてどのようなことを目指していますか?またどんなことに最も力を入れていますか?

長野学部長

「今の学生」って常套文句というかステレオタイプで言いますよね。そんなことはありませんよ、と思っていますね。むしろ今の学生さんはかわいそうだなという感じがします。今は日本社会全体が右肩上がりという感じじゃないですよね。そうするとよく物事を考えて先を見通してやれと言われますけれど、自分の10年後や20年後を考えてやれと言われても、わからないでしょう。目の前のことを一生懸命やるだけですよ。私は、自分が価値があると思っていることを行なって、それで生活ができて自分のやりたいことができるのならばそれがベストだと思います。特に薬学の場合には一生懸命やれば社会貢献にもつながります。薬剤師になったとしても研究者になったとしてもそうですよね。一つでも薬が作れれば、100人でも命が救われたら、すごいと思いませんか?

私が望むことといったら、好きなことを思いきってやれということくらいです。ちょっと社会が閉塞状態にあるけれど、そんなことにはあまりこだわらないで、自分が重要だと思うことを、真面目に努力すれば必ず道は開けてきます。できることを一生懸命やってください。大きな志を持って人生を歩んで頂きたい。

薬学部ホームページ: http://www.f.u-tokyo.ac.jp/


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