薬学部長インタビュー(柴崎正勝教授)


※現在、新たな学部長が就任されています。

≫現在の学部長のインタビュー記事を見る


東大の薬学部は、人数や研究室の規模こそ他の学部に比べて小さいものの、世界的に見てもトップクラスの研究が行われており、多くの研究者が数々の賞を受賞している。また、新たに導入される6年制の問題など、話題は尽きない。今回は、そんな薬学部の“いま”について、薬学部長の柴崎正勝先生にお話をうかがった。


―東大薬学部とはどのようなところか、特徴を教えてください。

柴崎薬学部長

日本の大学の薬学部は、世界に例のないかたちで発展してきました。もちろん欧米にも薬学部はありますが、その目的は、高いレベルの薬剤師を養成することが中心となっています。一方、日本で薬学部が創設されたのは、明治初期、ヨーロッパから純度の高い医薬品が入ってこなかったため、西洋医薬をいかに日本で化学合成して社会に供給するかということが発端となっています。このように、日本の薬学部は、欧米のそれとは開設された動機が大きく違うのが特徴です。

また、明治初期、日本の医師のほとんどは漢方医でした。現在、医薬分業ということが盛んにいわれていますが、漢方医は薬の調合や処方が仕事の中心だったこともあり、日本では長い間医師が薬を握っていました。こういった背景もあって、明治から昭和にかけ、日本の薬学部では、有機化学を中心とした衛生化学や基礎サイエンスの分野で研究・教育がなされてきたので、第2医学部、第2理学部とでもいうような独特の発展を遂げてきたのです。なかでも東大薬学部は、新薬の開発を遠いところに見据えた上での、総合的な基礎研究を行っているのが特徴です。例えば、薬となる可能性のある化合物のデザインやその合成方法論の開発、生物的な活性、体内投与の方法などが、研究の中核となっています。私自身、理学部や工学部の有機化学の教授になっても不思議ではないような研究をやっていますが、とはいってもやはり薬を非常に重要視した、薬に関わる幅広いサイエンスのハイレベルな研究を行っているといえます。

世界的に見て日本の薬学部は独特であり、さらに基礎研究重視という点で、東大薬学部は日本の中でも独特な研究を行っているのです。

―どのような教育システムを採っていますか?

2年生の秋に薬学部への進学が決まると、以降3年生の終わりまで、有機化学や物理学、生物学などを総合的に学びます。4年生になって研究室を決める際に、薬学のなかでも化学系や生物系などを選択し、そこから自分の道を究めていくというシステムを採っています。まずは3年生までに創薬に向けた基礎的な学問を幅広く学び、その蓄積の後で自分の究めたいフィールドを選択していくのです。2年生の秋から3年生までの間に、薬を遠くの目標に見据えて、自分のエネルギーをどの分野にかけるかをもう一度考える時間があるのが、東大薬学部の教育の大きな特徴といえます。

このように基礎学問を重視しているのは、小さな薬のなかにサイエンスがそれだけ凝縮されていることの表れでもあります。ロケットなどのように一目で分かる形ではありませんが、こんな小さい中に物理や化学、生物をはじめすべてのサイエンスが詰まっているのです。

いま、進振り(注1)の点数にも見られるように、薬学部は難易度が高くなっています。もちろん研究レベルが高いこともありますが、入ってから様々な分野があるため、物理をやりたいのか、あるいは化学や生物系の研究をしたいのか、やりたいことが混沌としている学生が選んで入ってくるのも、その要因の一つだと思います。

もう1つの特徴として、博士課程に在籍する学生が多いといえます。駒場から学部に入ってくる学生が毎年およそ90人、修士課程は100人程度(うち20人程度は他大学や他学部の出身者)なのに対し、毎年50名を超える学生が博士課程に進みます。薬という対象に向かっての基礎研究に入って、それをライフワークとしたいという院生が多いのです。

―薬学部における産学連携の状況を教えてください。

柴崎薬学部長

薬学部では、産学連携がかなり盛んに行われています。現在、1つの薬を開発するのに、平均500億から1000億円ほどかかるといわれています。ですが、それだけの金額をつぎ込んでも、最後の段階で毒性が出たらダメになってしまいます。そういう意味では、薬の開発はものすごくリスクの高い研究なのです。

また、例えばこの建物(薬学系総合研究棟)は企業のサポートで建てられています。費用の3分の2が国の予算、残り3分の1を企業が出資しています。建設をサポートしてくれた企業には、一定のスペースを15年間無償で提供してそこに若手の研究者を送り込んでもらい、大学の研究者と自由に共同研究してもらう、という仕組みをとっています。東大薬学部が中心になり、日本のトップ企業の研究者が同じ場にいるというのは、もちろんお互いが刺激し合って研究を行うという意義があり、また産学連携という日本の製薬産業のシンボリックな位置づけという面もあります。

東大薬学部として、例えばアルツハイマーの薬など特定の薬の開発を一番の目標にして研究していく、というようなことはありません。それならば製薬会社と変わりませんから。ただし、COE(注2)で「戦略的基礎創薬科学」というプロジェクトを立ち上げたこともあり、以前に比べると、生物系と化学系の研究室が共同して薬の種を見出すような研究は増えてきました。

―社会問題との関係、例えばタミフルの問題等に、研究も影響されますか?

そういう形で研究を行っている人はほとんどいませんね。東大薬学部の場合、まずは幅広い創薬の基礎研究において自分が何を大事にするかを決めます。例えば私の場合、化学のなかでも、薬を創る上での触媒をコンセプトにしています。そうしたコンセプトに基づいて各研究者が様々な分野で基礎研究をやっていて、そこに社会性や国際性があるときには、その成果を積極的に活用していくという姿勢です。政治や社会からの要求が自分たちの研究に影響を及ぼしていることはなく、自分の大事にしている概念が、社会的な問題、例えばタミフルに生かせるなら、そこにどんどん関わっていくという形なのです。分かりやすく言えば、タミフルありきの研究ではなく、基礎研究ありきのタミフルということです。理学部の有機化学などでも内容としては同じようなことをやっていますが、自分たちの基礎研究がタミフルなどの問題につながりうると考えたときに、より積極的に関わろうとするのが薬学部の研究者の特徴かもしれません。

企業がタミフルを合成しようとしても、それは既存の知識の集合体でしかない。一方、大学は自分たちの基礎研究を持っているから、世界の人々が考えるのとは違うルートで薬とつながります。タミフルに限らず、例えば抗エイズ薬なども非常に大事ですね。現在の抗エイズ薬は非常に高い薬ですが、合成コストを50分の1くらいにできれば、アフリカの1つの国を救えるかもしれません。もちろんそういったことも、自分たちの基礎研究の上でやっています。あくまでもある種のコンセプトを大事にした基礎研究が連続的に動いていて、それが社会で使える可能性があるというときに、果敢に挑戦していくという研究姿勢なのです。

個人的には、自分のオリジナルな研究で社会に貢献するのが生きがいですね。自分で最後までやらなくとも、企業が私の研究を使ってくれるという形での貢献もいいと思います。ですが、やはり当たり前の研究をやっても潔しとはしたくない。目標としては、ノーベル賞級のオリジナルなコンセプトを出して、社会に貢献したいと思っています。

―医療関係という点で、医学部や病院との連携はありますか?

あります。特に生物系の先生に多いですね。臨床医に限っていえば、彼らはもちろん素晴らしいサイエンティストですが、身体全体を見ています。一方で薬学部の研究者の場合は、そこで扱う化合物を分子レベルで見るのです。そういう点で、医学部、特に臨床の先生との共同研究をされている方もいます。

―いま話題となっている薬学部6年制の問題については、どうお考えですか?

柴崎薬学部長

東大は、来年度から薬学部に入ってくる学生の1割だけを6年制とすることに決めました。これについては、学部内外で大変な議論がありました。6年制では、今までの薬学部の伝統とは違い、医療の中でハイレベルな知識を活用して仕事をしていく、いわゆる薬剤師を目指すことが主な目的になります。

6年制の課程では、5年生で5ヶ月の実習が要求されます。一方で、4年制を出た修士課程の1年は、研究者として一番伸びる時期でもあります。仲間は研究で成長しているのに自分は実習というのは、研究をやりたい人が多い東大薬学部の学生には耐えられないのではないか、と思うのです。4年生のときに6年制か4年制かを選択することになっていますが、果たしてどのくらいの学生が6年制を希望するのか、予想がつきません。今後12年間は、東大薬学部の学生にも、いくつかの制約さえクリアすれば薬剤師の受験資格はありますが、ほとんど受験しないのではないでしょうか。

東大には教養課程があり、学生は駒場で時間をかけて色々と考えてきます。その結果、薬学部には、医療の現場で仕事をしたいという人ではなく、研究に興味を持つ学生が多く集まってきます。一方で6年制の学生は、実習や薬剤師の資格試験等に追われ、一般的には研究者としては考えにくいのです。薬剤師は“薬ありき”から始まりますが、東大薬学部は薬を開発しようという研究者の集団です。このような理由から東大は6年制導入に全面的に反対したけれど、結局1割だけ導入ということになりました。

6年制を導入したのは、日本全体が高いレベルの薬剤師養成に動いているのに東大がやらないのはおかしい、大きな病院の薬剤部長をあまり輩出していないなど、社会的な批判を受けての決断でした。そこには、薬剤師の社会に対する信頼を高め、薬剤師に症状を言えば処方箋がなくとも薬を買えるようにしようという、国の医療費抑制政策という背景もあります。私自身は、薬を開発する研究と薬を扱う薬剤師養成が両立できればと考えていますが、日本全体としては後者に重点が置かれようとしており、なかなか難しいのが現状です。

おそらく今後、研究を行う大学と、高いレベルの薬剤師を輩出する大学とに二極化していくと思います。そうなると、研究者の流動性という面でも問題が出てきます。研究者は色々な大学に動くことが多いため、二極化してしまうと、研究の環境が違いすぎるという事態が生じると思うのです。

現在、創薬産業は、ITなどと並んで今世紀の基幹産業の1つであるといわれています。私の若い頃は、石油化学など大型産業が全盛の時代で、そんなことは考えられませんでした。また、我々も予想がつかなかったことですが、今年度の国公立大学の入試において、薬剤師の受験資格を得るのが難しいといわれる4年制の大学と、受験資格のある6年制の大学の難易度が、ほぼ同じくらいという結果でした。また、駒場から薬学部への進振りの最低点も83点と高くなっており、以前は理一から薬学部というのは傍系進学のように見られていた状況が、大きく変わってきています。これらは、創薬や生命サイエンスの分野に、多くの高いレベルの若者が興味を示し始めたことの表れだと思います。

国民のためにやらない薬学なんてという意見もありますが、1つの画期的な薬を創れば世界を救えるかもしれないし、何よりも薬なしでは医療行為は一切できません。そういう点では、創薬も薬剤師も両方とも大切だといえるのです。

薬剤師を否定するわけではありませんが、東大薬学部の特徴としては、やはり創薬のための基礎研究をやりたいという学生が多いと思います。冒頭にも述べたように、日本の薬学部、また東大薬学部は独特の発展を遂げてきました。そこから輩出された学生が、日本の製薬産業に対して大きな貢献をしてきたことは評価していいと思います。

6年制が一部導入されることにはなりましたが、このような観点からも、東大薬学部としては、やはり薬という目標を見据えた基礎創薬サイエンス、総合的な生命科学の研究をがんばってやっていきたいですね。

―最後にメッセージをお願いします。

医薬品というのは、人類が長い歴史のなかで獲得してきた、最高の知的財産物の1つだと思います。これからどんなウイルスが出てくるか分からないし、それによって人類が滅亡してしまうかもしれません。けれども、そういうものに立ち向かい、医薬品を開発することで人類を救うんだという気概と責任感、そして深い興味を持った学生が薬学部に進学してきてくれることを、心から望んでいます。


取材班がインタビューさせていただいたのは休日でしたが、取材場所の薬学系総合研究棟は、多くの研究室に電気が灯っており、熱気があふれていました。一方で、薬学部6年制導入の問題からは、大学の教育システムも政治や社会状況と無縁ではないことを実感させられました。

薬学部ホームページ: http://www.f.u-tokyo.ac.jp/


(注)

1, 3; 「進振り」とは「進学振り分け制度」の通称で、前期教養課程のある東大に独特の制度です。東大では、入学してから2年間、全ての学生が教養学部に所属し、幅広い分野の講義や研究に触れます。2年生の後半から、法学部や農学部といった専門課程の勉強が始まります。その専門を選ぶ際、幾つかの制約はありますが、自分の望む学部・学科をかなり自由に志望することができます。文系から理系への転換、あるいはその逆を志望する学生もいます。学部・学科の定員よりも志望者が多かった場合、第3学期(2年夏学期)終了時点での成績によってそこに進学できるかどうかが決まるため、人気のある学部・学科は、必然的にそこに進学できる最低点(底点という)が高くなるのです。

2; ここでいうCOEとは、平成14年度からスタートした「21世紀COEプログラム」を指しています。大学に世界最高の研究教育拠点を形成することを目指し、文理を問わずさまざまな分野において、研究水準の向上および世界をリードするような創造的な人材育成を企図して、文部科学省の後押しをもとに生まれた制度です。現在、東大には28のCOEプログラムが立ち上がっており、「戦略的基礎創薬科学」もその1つです。


≫現在の学部長のインタビュー記事を見る