薬学部長インタビュー(杉山雄一教授)

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平成20年で創立50周年を迎えた薬学部は、その歴史の中で常に時代の先端を行く研究を行ってきた。今回は、そんな薬学部の研究領域などについて、薬学部長の杉山雄一教授にお話を伺った。


1. 薬学部の研究 | 2. 薬学部と社会との関わり


―薬学部が研究対象としている領域についてお教えください。

杉山薬学部長

そもそも薬学とは医薬品を創る「創薬」に加えて、そうしてできた医薬品を適切に使用するというところまでを目的としていて、つまり医薬品と生体のタンパク質、および遺伝子との相互作用を対象とする学問なんですね。

しかし、創薬のためにはいくつかの基礎的な領域がとても必要になってきます。第一には有機合成化学、つまり医薬品を創れなければなりません。それから生命科学、もう少し詳しく言えば分子生物学や生化学、細胞化学などの領域も必要となります。それから物理化学的な領域、例えば分子イメージングや、 NMR(核磁気共鳴)、X線構造解析といった方法でタンパク質の立体構造を明らかにしたり、細胞内での分子の動きを捉える事も必要になってきます。こうした非常にベーシックな3つの大きな分野の他に、薬固有の問題を扱う薬理学や私の専門である薬物動態学など、創薬に必須な研究領域もあって、どれも最終的には画期的な創薬につながるような研究です。そしてそのそれぞれにおいて、世界最高の研究水準を展開してきたというのが東大の薬学部であり薬学系研究科であるんですね。

ただ、創薬にはすごくお金がかかり、やはり一大学のみで簡単に薬ができるという訳ではないため、薬の「シーズ(Seeds)」、つまり医薬品の種になるところまでを創ること、あるいはそれができる人材を育成するということが我々の大学の一番の目的ですね。

つまり、創薬にかかわる全ての領域のサイエンスを発展させて、創薬がより効率的に、かつ画期的な良い薬ができるような研究を発展させ、そのようなことができる人材を育成すること、これが薬学部と薬学系研究科が目指しているところです。

―それでは、薬学部では具体的にどのような研究をしているのですか。

そういうことを説明するためには、実際に医薬品が創られる流れに沿って説明した方が良いでしょう。アルツハイマー病を例に考えてみてください。アルツハイマー病の薬を創りたいと考えたときに、アルツハイマー病がどういった原因で発症するのかという事を当然理解していないとだめですよね。そうすると、アルツハイマー病の患者さんとそうでない人とで、例えばどういう遺伝子変異があるのかといった違いをまずは解析していきます。そこはまさに医学であり生命科学の領域ですね。

そうやって解析した結果、アルツハイマー病の原因と思われるような遺伝子がいくつか出てきたとしましょう。遺伝子はタンパク質をつくる基になるものなので、原因となる遺伝子が分かるということは原因となるタンパク質が分かるという事になります。また、そうやって原因となるタンパク質が出てくると、今度はそのタンパク質が本当にその病気の原因なのかをきちんと実証する必要があります。そのためにはその遺伝子を無くした動物をつくるなどの実験を行ったりもします。こうした病気のメカニズムをきちんと解析するというところは、生物学、生命科学の領域ですね。

そうやって、原因となるタンパク質が分かってくるとします。そのタンパク質は「分子標的」と呼ばれます。薬の治療の標的とするタンパクということです。すると今度はその分子標的の立体構造などを解析する必要があります。そのためには例えばX線構造を解析したり、NMR(核磁気共鳴)という手法で解析したりします。あるいはタンパク質と低分子が生体の中でどのような相互作用をしているのかを見るための分子イメージングといった手法も用いたりします。それらの手法でタンパク質の構造と動きを解析する、これはどちらかというと物理化学的な領域なのですが、そういうこともまた必要になってきます。

そのタンパク質の動きと構造が分かってくると、薬を探索して開発するために、今度はそのタンパク質の働きを制御する、低分子あるいは高分子化合物を探し出す必要があるんですね。そのためには、一般的にはそのタンパク質を働かせて、そこに片っ端からいろいろな薬と接触させて、自分の望むべき反応が出るかどうかを見ていくスクリーニングという手法がとられます。一方で、さっき話をしたように、タンパク質の立体構造などが分かっているとコンピューターを使ってどんな分子が入ってくるとそのタンパク質の重要な活性部位に作用できるかを計算科学的な手法である程度推測したりもできます。

杉山薬学部長

そうしていい化合物が発見されたとしても、今度はそれを医薬品にするためには、その化合物を有機合成という手法で大量に合成する必要があります。もちろんその化合物は複雑な構造を持っていることが多いですから、有機合成も気楽にできるものではなく、一から組み上げていくようなサイエンスが必要になるのです。

そのようにして化合物が合成されたとしても、単に細胞でのスクリーニングだけで見つけた化合物が本当に動物や人に投与して病気が治るものなのかどうかはわかりません。例えばアルツハイマーの例に戻れば、アルツハイマーの治療薬は薬が脳に入っていかないと絶対効かないですよね。でも薬は普通口から投与するので、口から入った薬が脳に行き着くためにはまず消化管で吸収されて、循環血に入っていかなければだめだし、たとえ入ったとしても肝臓や腎臓で非常に早く代謝排泄を受けてしまったら、脳に行けない訳ですよね。だから血液循環の中では比較的安定した状態で存在して、脳に行く必要があります。さらに、血液と脳の間には「血液脳関門」という関門があることが分かっていて、そこをどうやったら通せるのかということも考えなければいけないんですね。そういうことを考えるのは我々薬物動態の領域であって、様々な方法を活用しながら分子標的のある脳の部位に薬を運んでいく、そういう研究を行っている人たちもいます。

最後に、薬が脳に入ると実際に薬が効果を発揮してきます。でもそうはいっても薬というのは100人に投与したら100人に効く訳ではなくて、薬の領域にもよりますが100人に投与したら10人にしか効かない薬もあったり、70人に効く薬もあったりと様々な訳ですね。そのような場合、個人個人によって反応性が違うと判断することができます。では、その反応性が違うのは一体なぜだろうかということを、現在話題になっている「個別化医療」という議論に基づいて、例えば遺伝子診断によって「この人には別の薬を投与しないと効かない」などと判断する、これは薬の使用、利用する方法に関する研究ですね。このように、薬学部における研究活動は、創薬をするというプロセスのいずれかの部分にかかわる基礎研究、および応用的な研究を進めているということができるでしょう。

しかし、現在創薬にかかわる研究というのは、境界領域が非常に多くあって、この分野の研究者はこの研究をする、と簡単には分けられなくなってきているんです。例えば私は薬物動態学の研究者ですが、薬物動態だけではなく副作用の研究などにも力を入れています。例えば、抗ガン剤が中枢性の副作用を出すとします。それはガン細胞にだけ届いて欲しい薬が、脳にも行ってしまうために副作用が出てしまう訳ですよね。そうなると、その薬を、抗ガン作用を持ちながら血液脳関門を通りづらいような構造に変えるためにはどうすればいいのかという研究が必要になります。それはその薬の動態を研究すると同時に副作用を回避する研究にもなりますよね。このように、薬物動態学と副作用には密接な関係があるということができるでしょう。

以上、創薬の個々の過程で説明していったんですが、薬学というのは誰が何をどう研究してもよい、まさに「複合境界領域」だということができると思っています。


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