理学部長インタビュー(岩澤康裕教授)

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東京大学が開学された時に発足した理学部は、当時から現在に至るまで理学系研究の人材育成を一手に引き受けてきている。最近では小柴昌俊特別栄誉教授によるニュートリノの研究で理学部が注目されたが、このように多くの偉大な研究者を絶えず輩出してきた理学部の教育・研究システムとは一体どのようなものなのだろうか。学部長である岩澤康裕教授(化学専攻)に伺った。


―理学部ではどのようなことを研究しているのですか。

岩澤理学部長

理学部は、基礎科学の分野である「素粒子」「原子」「分子」「物質合成」「生命」「地球惑星」「宇宙」「数理」「情報」の全てをカバーする学部です。このように基礎科学の全てを一つの部局として持っている大学は他に意外に少なく、富士山のように頂が高くて裾野のボリュームもある部局と言えます。

基礎科学は人類の知的好奇心に最大限の熱意を持って取り組む学問ですから、直近の何かのためにやる、ということではなく、体系的に言えば「知的好奇心に根ざす真理の発見」、「自然現象の仕組みの解明」がその目的です。いま、エレクトロニクスが発展していますが、それが現実になった契機は基礎科学者のディラックが量子の概念を発見したことにさかのぼります。バイオテクノロジーは、ワトソンとクリックがDNAに二重らせん構造を発見したことにはじまります。オゾンホールも、光化学の研究をしているうちに発見したのです。ですから、基礎科学には小さな目的はなく、「自然は何故このように存在しているのか」「人間が今のような形として進化したのはなぜか」といった大きな疑問を解明するために研究しているのです。

―それでは、具体的な研究例を教えてください。

例えば、生命分野における最大の研究課題は、人間が存在する意義を探ることです。生命というものがどうして今のように形作られているのか、それは現在も分かっていません。それから、生命を小さく見ていくと分子、原子になります。このレベルでも、細胞のなかで分子がどのように振舞うか、それが一つの生命とどのように関係しているかを研究しているのです。人間の体の中では絶えず数千の化学反応が起こっていて、その組み合わせで生きています。だから、分子レベルでの反応の現象を解明することで人間の存在する意義の研究につながるという論理です。地球惑星科学の分野での研究には、地球の気候変動の予測があります。気候に関してはさまざまな角度から理論的に予測のできるところまで来ていますよ。理学部は高校で言うところの物理・生物・化学・地学のすべてをカバーしているので、一言でいえないくらいに幅が広い学問領域です。何せ、理系の全ての学問領域の基盤になっているのですから。

私たちは「役に立つ」研究をしていると思っています。ただ、それが10年なのか50年経って役に立つのかは分かりません。小柴先生も、研究生活の終盤になってニュートリノ研究の偉大さが認められたのです。先程述べました量子論も、学術の一つとしての位置づけからスタートしました。それがエレクトロニクスという形でこんなにも発展するとは、誰にも予測がつかなかったことなのです。ですから、理学部の学問は、学術としての文化・文明を作っていると言えます。世の中の技術面から役に立つかどうかを考えるのはむしろ工学部や企業の目的でしょう。

―それでは、理学系研究者のモチベーションの源泉はどのようなものなのですか?

人それぞれが持っている好奇心から出てくる、「自由な発想」に尽きます。だから個々人の強さがそのまま研究領域の強みになるのです。動物は本能でただ生きているだけですが、人間は生きることとは直接関係ないことをしている。それが「知的好奇心」というもので、これをモチベーションとしているのが理学部の研究です。

それから、教授同士での共同研究も多くなっています。21世紀COE拠点形成プログラムに理学系研究科の専攻全てが採択されています。COEプログラムの中には、天文と物理、生物化学と生物科学など、複数の分野にまたがって採択されているものもあります。また、平成19年4月から、生物情報科学科が発足しますが、これは生物と情報が融合されたものです。このように、理学系研究にはそれぞれの専門以外にも、アクティブな融合が行われています。

―基礎科学の研究は相互に刺激しあっているのですね。

そうです。理学教育の特徴に関連しますが、私たちは「基礎科学の全ての分野についての研究が行われている場所に身をおくこと」が理学教育の中で一番大切だと考えています。例えば、物理を勉強していても、タンパク質を扱う場合が出てきます。つまり、生物の知識が必要になるわけです。化学でも、地球科学を勉強していても、そういった知識が必要になるときがあります。そういった時に、学科が隣の場所にないと教育として何にも意味がないのです。隣にあれば、お互いの研究分野を刺激し合っていける。隣の研究室で別の研究をしている友人に疑問をすぐ聞けることが、若い時の教育にとっては一番大切だと思います。本だけの知識ではなく、生きた知識として吸収されることが必要なのです。ですから、どこかの分野が欠けてしまうことは良くないことなのです。それぞれの分野が必要で、一つの学部として構成されていることが非常に重要だと考えています。

―教育の特徴について、教えてください。

岩澤理学部長

「魅力ある大学院教育イニシアティブ」という大学院教育の改革に関連したカリキュラムの改編が行われています。開学以来、理学部は日本における理科系の人材を育成する機関としての機能が強く、現在もそうした使命感のもと、常に教育を重視しています。現在は「教育クラスター講義」「先端科学技術特論」「科学コミュニケーション」などが新しい教育カリキュラムとして始動しています。これらは主に大学院教育のプログラムですが、理学部生はもちろん、全学の学生に対して開かれたものもあります。

「教育クラスター講義」は、今までのような縦割りでの専門授業ではなく、基礎科学を全く別の視点で切り、再編成しました。すなわち、「宇宙」「物質」「生命」「環境」の4分野です。例えば、「宇宙」なら天文学だけでなく、宇宙にいる生き物の進化などの生物の知識や、宇宙を漂う化学物質などの化学の知識も関係してきます。ですから、宇宙の話題なのに生物専攻の先生が講義をされることで、理学教育に新しい視点が加わり、基礎科学のつながりが学生にも実感できるはずです。「先端科学技術特論」では、理学の知見が世の中の最先端のテクノロジーにどのように役に立っているかを企業の技術者が講義をされます。だから失敗談もあって、面白い授業になっていると思います。「科学コミュニケーション」は、研究者が自分の研究を社会に対して説明するという、説明責任が問われている現状に対応した講義です。残念ながら説明責任を果たせている研究者も、ジャーナリストも、日本にはまだ多くありません。ですから、世の中に対して理学研究のニーズを伝えていくことの重要性に気付いてもらうのが、この講義の目的です。

―ここまでお話いただいたことは、どれも大学院に関する教育という印象を受けましたが、学部は大学院の前段階としての位置づけなのでしょうか?

そうです。なぜなら、現状ではほぼ100%の学部生が理学系大学院へ来るからです。まず、高校の延長が駒場の教養学部であり、教養学部は、専門教育の前段階でしたから、いままでの学部3・4年生は、学部の最高学年としての意味が強かったのです。しかしそうではなく、大学院の前段階が3・4年生という位置づけを私たちは行いたいのです。高校からの理科系の勉強がここで最終段階に来るのではなく、大学院という研究機関への前段階の勉強という位置付け、ということです。いままでは学部の4年生にもなると目的が達成できたと感じてしまう学生もいました。そうではなく、東大に入ったのは東大の大学院に来るためだという意識でいるならカリキュラムも変えていかなくてはならないと考えています。

―学生に求めることはどういったことでしょうか。

理学部に進もうと考える学生に対しては、生物でも、数学でも、宇宙のことでも、何でも良いので興味を持っていて欲しいです。そういう学生にとっては理学部の受け入れ態勢はしっかりと整っていますので、充実した学生生活を送れると思います。集約すれば、「熱意と好奇心」を持って欲しいです。私は、何かに興味を持つこと自体がその人の資質だと思います。興味を持つことは主体性であり、自分から進んで行動しようという意志の表れです。興味を持っていることに熱意を持ってください。私たちはそれをしっかりサポートします。

理学部に在籍している学生に対しては、「気高い理想と誇り」を持ち続けて欲しいです。これがないと、科学者としての品格が無くなってしまいます。自分の研究に対して誇りを持つ、ということです。4年生からはもう研究室に入りますから、すなわち世界の一線に放り出されることになります。「自分はまだ大学生だから」と言ってられない。もう研究者の卵なんです。ですから、自分の研究は本質・真理を追究しているという誇りを持つことは研究を続けていく上でとても大切なのです。

―産学連携など、社会とのとのつながりは。

われわれは数年前から、理学と企業の最先端テクノロジーの融合を図っています。実は、理学研究というのは企業の最先端テクノロジーと一致していることが多いのです。小柴先生の研究されていたニュートリノも、最先端の計測技術の研究開発のおかげで、世界的に有名になったのです。ただ、そのことで直接利益を得るというわけではないので、一般に対してそういった結びつきは見えづらいかもしれません。社会への還元もしていますが、いつ役に立つのかはわからない。ただ、過去の歴史をたどると、全部もとはといえば基礎科学の発見によるものなんです。エレクトロニクスもそうだし、情報コミュニケーションもそう。そういう意味では社会との関係は、長いスパンから見れば関係するもの。こういったものを説明するための講義も先述の通り始まってきました。教育に対しても、社会とのかかわりを取り入れています。

―理学部と理学系研究科の将来はどのようなものでしょうか。

岩澤理学部長

医療、環境、エネルギー、食糧と、現代にはさまざまな大きな問題があります。それは自分たちの予測のつかない形で襲い掛かってくるかもしれません。人類社会をどうやって存続させていくか、について考える必要が出てくるのです。その時、個々の自由な発想で発展してきた基礎科学こそが、その難題に答えられるものだと考えています。また、次代を担う人材が決定的に重要になってくるでしょう。人間の振る舞いによっては、あと100年で地球がだめになってしまうかもしれないからです。それを解決する人材を育成することがわれわれの責務です。


理学部は工学部と違い、目に見えない研究ばかりで役に立ってないというネガティブなイメージがありました。インタビューの質問に「役に立つのか」といった項目があるのはそのためです。ですが、人間社会のアポリア(難問)を解決するための手段としての研究をしている、という学部長の決意に似た言葉は、僕の心に深く印象付けられました。

理学部ホームページ: http://www.s.u-tokyo.ac.jp/index-ja_ip.html

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