文学部行動文化学科社会学専修課程→人文社会系研究科文化資源学研究専攻文化経営学専門分野

文学部行動文化学科社会学専修課程→人文社会系研究科文化資源学研究専攻文化経営学専門分野

はじめに

文化資源学研究専攻は、4つの専門分野(文化経営学・形態資料学・文書学・文献学)に分かれ、さらに選抜枠として一般選抜と社会人特別選抜に分かれています。この体験談は、文化経営学専門分野を一般選抜で受験した学生によるものであることをあらかじめ断っておきます。

出願にいたるまで

文化資源学を選んだわけ

学部時代は社会学を専攻していた私が、なぜ文化資源学を選んだのか。ここから話を始めたいと思います。そもそも文化資源学研究室は学部に対応する専修課程をもっていません。言い換えれば、下からそのまま上がってくるという学生がいないのです。そのため、すべての学生は何らかの運命の糸に導かれて文化資源学研究室に集まってきたといえます。

私にとってそれは、学部3年の冬学期に受講した「文化資源学入門」でした。文化財保護の諸問題をテーマとする演習形式の授業だったのですが、100分間の授業時間を通して知的好奇心が刺激され続け、週1回の授業が待ち遠しく思えました。私が大学の講義に対してそのような感覚を抱いたのはほとんど初めてのことで、当時、周囲に流されるままに就職活動を始めていた私に、大学院進学という選択肢を与えてくれました。

就活の失敗と向学

2010年春、大学院入試の滑り止めという感覚で就職活動をやってはみたものの、明らかに周囲とは目の色が違い、10社ほどの「持ち駒」があっという間になくなりました。大学院入試が残っているとはいえ、まだ半年以上も先のことであるし、いまひとつ文化資源学研究室の様子がつかめていなかったので、私の気持ちは宙に浮いた状態になっていました。

そんなときにたまたま文化資源学の院生の方と知り合い、私の中で文化資源学が身近な目標となりました。試験対策についてアドバイスをいただくこともでき、今思えばこの先輩の存在が大きかったです。

出願

2011(平成23)年度の出願期間は2010年10月中旬から1週間でした。この段階で、志望する専門分野や受験する外国語を届け出るとともに、研究計画書を提出します。研究計画書とは入学後に取り組みたいと考えている研究内容などについてA4判1枚半程度の分量で記すものですが、私の実感ではこれはあまり大きな意味を持つものではありません。なぜならば、東京大学文学部の卒業論文の提出は例年1月初旬であり、この時期はまだ卒業論文すら結論が明確になっていない学生も多く、ましてや研究計画はその後の展開により大きく変わりうるからです。

また、同一年度に研究科内の2つ以上の専門分野に出願することはできません。つまり私の場合でいえば、文化経営学と社会学の2つを併願することができないということです。もっとも私はすでに心を決めていたので、迷うことなく「文化経営学」と記入しました。

試験対策

2011年1月7日に卒業論文を提出するまでは、執筆作業に大半の時間を費やしました。特に社会学の卒業論文は8万字が標準字数とされているため、執筆するだけでもそれなりの手間がかかります。それに大学院入試の合否は最終的には卒業論文の優劣で決まるということを先輩から聞いていたので、とにかく卒業論文に全力を注ぎました。

したがって、筆記試験の対策を始めたのは2週間前からでした。筆記試験で課されるのは、2カ国語(私の場合、英語とフランス語)と専門科目(文化経営学)。英語についてはどうにかなるだろうと甘く見積もり、フランス語と専門科目の勉強に集中しました。

フランス語は2年生以来まったく接していなかったので、基本文法の教科書を見直し、単語帳で基本単語を頭に入れました。例年通りであれば試験内容は仏文和訳だけなので、最低限読んでわかる程度にしようと考えたわけです。また、専門科目の対策としては、得意とする文化財保護はひとまず置いて、芸術文化振興に関する入門書を通読しました。

でも実のところ、試験前日になってもフランス語を読み通す自信はありませんでした。どれほど不安だったかというと、過去問はちらっと見るくらいにしておかないと、かえって動揺してしまうほどでした。ろくにフランス語の文章に触れないまま単語だけを暗記して、試験になっていきなり文学作品を和訳しようというのはあまりに冒険的すぎました。自戒の念を込めていうと、第二外国語はもう少し余裕を持って勉強しておくのが賢明だと思います。

試験の流れ

第1次試験(筆記試験)

2011年1月22日、1次試験が本郷キャンパス内で実施されました。午前中の外国語試験が2時間、午後の専門科目試験が2時間30分の長丁場です。

まずは外国語試験。英・仏ともに過去問と同様、大問2問の和訳問題で構成されていました。ところが、英語はともかくとして、フランス語は準備してきた水準をはるかに上回る難しさであることに気づきました。文の構成はおろか単語すらほとんどわからない状態で、正直な話、今すぐ教室を飛び出したいという衝動に駆られるほど追い込まれました。早くも不合格が頭をよぎるなか、それでも必死に文章が言おうとしている大意を書きました。

次に専門科目試験。幸いにも自分の得意分野が出題されたので、先の外国語試験の不調を挽回すべく終了までひたすら書き続けました。

第1次試験合格者発表

1次合格者の発表は2月3日午前10時。ある程度は不合格を覚悟しながらおそるおそる掲示板を覗くと、そこに自分の受験番号がありました。この時点で文化資源学全体で47名の志望者が15名に絞られていたので、相当危なかったと思います。

1次合格者は「卒業論文もしくはそれに代わる論文」を提出します。通常、内部進学者はこの限りではないのですが、出身の専修課程と志望する専門分野が異なる場合は、他大学出身者と同様の扱いとなります。先述したように文化資源学研究室には直下の専修課程がないので、すべての受験者が論文を提出しなければならないわけです。

ところで、提出する論文は志望専門分野に関する内容であることが求められます。文化資源学を志望する場合は、あらかじめその点を考慮しながら卒業論文を執筆するのが良策でしょう。

第2次試験(口述試験等)

ほとんどの専攻は2月8日が試験日でしたが、文化資源学の2次試験は前日の2月7日に行われました。文化資源学の教員は他の専攻を兼任していることが多く、面接が重ならないように日程が組まれた結果だと思われます。

受験者は待合室で待機し、1名ずつ別室に通されます。面接は教員4名と受験者1名が向かい合う形で行われました。

はじめに、これまでの研究内容と文化資源学研究室で何をしたいのかを尋ねられました。私は直接には問われませんでしたが、なぜ専門分野を変えて文化資源学を志望するのかと質問されることがあるようなので、それに対する答えは用意しておいてもいいかもしれません。その後は提出した卒業論文に話が移り、それぞれの先生から講評をいただいたうえで、内容に関する質疑を受けました。かなり卒業論文を読み込んでおられるという印象でした。他方、出願時に提出した研究計画書には一切触れられませんでした。面接時間は25分程度だったと記憶しています。受験者が一方的に話すというよりは、卒業論文をもとにやり取りをするという感じでした。

入学許可内定者発表

2月17日午後1時30分、研究科掲示場に入学許可内定者(合格者)の受験番号が張り出されました。文化資源学全体の最終合格者は8名でした。募集人員11名を切って1桁台になっていたことが衝撃的で、本当に自分の受験番号があったのか不安になり、夕方にもう一度確認しに行きました。ようやく自分の受験番号であることを受け入れられ、安心したのを覚えています。

東大大学院を目指している人へ

振り返ってみると、相談できる先輩、悩みを共有できる友人、応援してくれる家族がいたからこそ、何とか大学院に合格できたのだと感じています。とりわけ文系の大学院進学は周囲の理解と協力が欠かせません。まずは良好な環境に身を置くことが、大学院への近道だと思います。