物質・生命一般「バイオテクノロジー基礎」

総合科目E系列「物質・生命一般」の一つに「バイオテクノロジー基礎」という講義があります。この講義では農学生命科学研究科の応用生命工学専攻の先生方がオムニバス形式でそれぞれの研究分野についてのお話をされます。今回は代表として日高真誠准教授にお話を伺いました。


講義名の「バイオテクノロジー基礎」について

バイオテクノロジー基礎

たぶん皆さんがこの講義名を聞いて初めに抱くのは「なんでライフサイエンスじゃないんだろう」ということかと思います。高校生くらいで教わる範囲、あるいはマスコミが取り上げる範囲では「バイオテクノロジー=ライフサイエンス」。でも、ライフサイエンスは、人間を解明して人間の生活をより良くしようという面が強いものです。それに対してバイオテクノロジーは、生物がもともと持っている機能を解析していって、その中から私たちにとって有益なものが見つけられたらそれをうまく使っていこうというものなのです。ライフサイエンスとは全く意味が違うということを目立たせたい、バイオテクノロジーの持つ本来の意味をきちっと理解してもらいたいという意味で、あえて「バイオテクノロジー」という言葉を使っています。

講義の内容について

僕が所属している農学生命科学研究科の応用生命工学専攻には、微生物を使ったバイオテクノロジーの研究を行っている研究室が集まっています。「微生物」の簡単な定義は「肉眼で見えない生物」。小学校の時に虫眼鏡でミジンコの観察をやっただろうと思いますが、このあたりの大きさが微生物の始まりで、藻類も微生物に入ります。そして、これより小さな生物である原生生物、菌類(カビと酵母)、細菌こそが微生物の主体です。でも、カビは目で見えるぞと思うかもしれません。もちろんパンに青カビが生えてぱっと目に見えるようになりますが、それはものすごくたくさんの菌体が寄り集まってああいう集合体になっているから見えるのであって、一つ一つの菌体にばらしてみるとやっぱり見えなくなります。同様に、きのこも食べられるくらい大きいですが、これもカビです。したがって、微生物を研究するといっても、ものすごくたくさんの種の中から研究対象を選ぶことになります。今分かっているだけでも、細菌で1万種くらい、菌類で10万種くらいですが、たぶんこの50倍くらいはいると推定されています。原生生物にどれくらいの種がいるのか、僕は知りません。このような背景から、応用生命工学専攻の教員は各自が別々の微生物を研究しています。本講義でも、さまざまな微生物を話題にします。

バイオテクノロジー基礎

まず、本講義で取り上げる生物は微生物だということを理解したうえで、この講義を受けてもらいたいと思います。そしてこの講義の内容を端的にいえば、微生物はまだ人間が知らない大いなる能力を持っているので、その能力をどのように解析しているのか、そしてその能力をいかに僕らの手の中に入れようと探究しているのかを教えるということです。そのため、当然といえば当然ですが、遺伝子組換えに関する話題も取り上げます。

この講義に込めているもう一つの思いもお話しします。今皆さんは身の回りの品物が全部抗菌仕様だという状態に何の違和感もないと思います。つまり、皆さんの頭の中には「微生物=悪」という印象が強く植え付けられてしまっているのでしょう。そのためか、微生物を研究してみたいという今の人の多くは、病原菌の研究をし、そして病気を撲滅する方向に研究を発展させたいと言います。でも、先にも述べたように、微生物の研究とはそれだけではないのです。僕が東大に入った35年ほど前、日本では抗生物質を作る産業がものすごく盛り上がっていて世界の最先端を走っていました。抗生物質とは、病原微生物を攻撃して殺してくれる薬として使われるもので、微生物が作るものです。つまり、多くの微生物は本当は良い生き物なのです。もちろん、抗生物質を作るから良い生き物という単純な話なのではなく、もっとさまざまな場面で、人間そして地球にとって微生物はなくてはならない存在なのです。まずは、このことを皆さんに知ってもらいたいと思います。そして、当時の抗生物質研究者は、抗生物質を作って病気の治療へ貢献することだけを目標に研究していたのではなく、微生物が抗生物質を作るというすごく面白い能力の背景は何なのかということを明らかにしたくて一生懸命だったのです。そういう研究の面白さを、僕は駒場時代の講義で当時の農学の先生たちから教えられ、そしてその面白さにはまりました。これが、僕が微生物バイオテクノロジーの研究をしたいと思ったきっかけです。今、僕らは、抗生物質生産の次の微生物バイオテクノロジーをさらに発展させたいという思いで研究をやっています。講義の中で僕らのそうした思いを話すことで、昔僕が覚えた感動と同じ気持ちを皆さんにも持ってもらえればと思っています。そしてこれは勝手な望みですが、その感動から僕らといっしょに研究をしてみたいと思ってもらえるならば、嬉しい限りです。

進振りを控えた駒場生へ

バイオテクノロジー基礎

農学部の「農」という字から皆さんがどういう印象を受けるのは分かりません。まさか鋤や鍬を持って畑を耕していると思う人はいないだろうとは思いますが、でも、鋤や鍬ではないですがトラクターをガーっと使うというような実践部分での研究をしている人はいます。多くの人は、植物の持っている能力を探っていくことで、作物の能力を高めることに資する研究を行っています。そういう中で、僕らの応用生命工学専攻では微生物を対象とした研究をしています。その一つは実験用に確立された微生物を使う研究で、今ではこのような微生物の遺伝子はすべて塩基配列が決定されてしまっているので、この塩基配列の中から新しい機能を見つけ出すことが目指されています。もう一つは、土の中にはまだ人間の知らない素晴らしい能力を持った微生物がいっぱいいるので、その微生物をまずは捕獲し、そしてそれをうまく使うためにはどうすればよいのかを探るという研究です。僕の研究はこちら側なので、田んぼの土から分離した未知の細菌を相手にしています。このように微生物の研究といっても対象はとても広く、3年生になってからどういう微生物が自分に向いているんだろうかと考える余裕がある世界です。進振りでは、生命化学・工学専修で募集します。この中には応用生命化学専攻も一緒になっているので、僕らの微生物の研究に加えて、植物の機能に関する研究や、食品に関するマウスを使う研究、有機合成をする研究などバラエティに富んだ研究に触れることができます。そういうことを幅広く知りたいと思う人は生命化学・工学専修に進学してくると、思う存分勉強ができます。

あとがき

入学時はあまりいいイメージのなかった微生物ですが、私はこの講義を受けてみて、微生物の不思議で面白い能力に興味を持ちました。試験の後、希望者を募っての研究室見学で見せてもらった微生物がとてもかわいく感じたのはおそらく私だけではなかったことと思います。

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