フランス語

第二外国語を単位や点数の取りやすさで選択するのももっともな考えだ。しかし、フランス語にはそうした打算的選択を振り切るほどの魅力がある。今回は、「フランス語」の授業を担当されているパトリック・ドゥ・ヴォス准教授に、魅惑的なフランス語についてお話を伺った。


1.フランス語について | 2.学生に対して


「第二」外国語ということ

パトリック・ドゥ・ヴォス准教授

現在、世界のコミュニケーションは英語を軸に回っています。そこにある程度の閉鎖感がありますし、1つの危険性も感じるわけです。こうした状況において、まずは英語ではないもう1つの言葉を学ぶことが重要だと思います。要するに英語に一本化するのではなく、もう少し別のレンズを通して世界を見ることが大切だというわけです。

日本人の皆さんは日本語を母国語として話しています。その上に、ほとんどの日本の学生は英語教育を受けているわけですね。そこでさらに、大学でもう1つの視点を持つことが大事になってきます。言葉というのはそれぞれ固有のロジックと固有のカテゴリーを持って機能しているわけで、現実を把握するための英語とは異なる言葉のシステムを身につけるというのは、また自分のものの考え方を豊かにすることに繋がっていきます。その意味でやはり2つ目の外国語はすごく大きな意味があると思うのですね。

もちろん、言葉をたくさん身につけていればそれに越したことはないのですが、まあそんな暇はないです。学生の皆さんは他の科目もたくさんあるので大変なことだと思います。だけど、私にとって日本語を学ぶというのが私の人生で一番重要なことだったのと同じように、やはり複数の視点でものを見ることによって、眼前に広がる世界がもっと豊かな、もっと真実に迫ったものになるわけですね。まあ非常に平々凡々な議論かもしれないけども、そういうことだと思います。

フランス語の持つ普遍性

でもそれだけだったら、「もう1つの言葉」が別にフランス語である必要はありません。ではフランス語である必要はどこにあるのか。

はじめにも申しましたように、世界のコミュニケーションの英語への一本化は1つの危険性をはらんでいます。それを文化的な多様性ということから論じるのもよいのですが、ここにおいて英語という強大な軸に対する有効な対立軸にフランス語が一番適している、と私は思います。その理由は説明しにくいのだけども、フランス語には一種の普遍性があるのではないかと思うのですね。それはもちろん歴史の中で獲得してきたような側面だといえます。フランスという国を中心にしてフランス語が発展していった長い歴史。その歴史には植民地政策のように非常にマイナスの側面もあるわけですが、同時にフランス語の多様性・普遍的な原理を保つための重要な「場」ではないかと思うのですね。

その歴史の結果として、現在でも国連など国際機関の公用語としての役割を担っています。このうち国連では、すべての決議が英語と並んでフランス語で公式に記録されています。たとえ英語で明瞭にされていない部分があっても、フランス語にはそうした曖昧さが入り込む余地はありません。フランス語の表現があるからこそ、決議内容が厳格なものになるわけです。

「普遍性」という言葉でそれを表すことが正しいかどうか分かりませんが、そうしたことを示す例はこの他にもたくさんあると思います。また、「明晰ならざるものフランス語にあらず(Ce qui n’est pas clair n’est pas franc,ais)」という有名な言葉がありますが、ここからもフランス語の持つ普遍性を垣間見ることができるかもしれません。

フランス語を生かせる場

パトリック・ドゥ・ヴォス准教授

やはりフランス文学・フランス哲学をはじめ、フランス語が直接関連している専門を学ぶときには当然必要になってきます。それ以外には、法律の分野や国際機関で仕事をするにもフランス語を知っていた方が得ですね。法律に関していえば、20世紀には各地でジェノサイドにみられるような悲惨な出来事がありました。これらをいかに裁くかという問題は今後我々が解決しなくてはいけないことですが、その際にフランス語から見た法律は非常に重要なのではないかと思います。

もちろん各専門においてフランス語がどのくらい役立つか、多くを知るところではありませんが、やはりフランス文化が持っている不思議な力があるわけです。歴史の蓄積があって今に至っている事実も確かにありますが、日本と比べ人口は半分しかなく、経済力でもはるかに弱い国ですよ。その国が今なお影響力を持っているのは、不思議なことです。また、今後グローバリゼーションからはますます問題が表出すると思うのですが、ここにおいてフランス文化が育んだパワー(Soft Power)が重要になってきます。これまでいろんな局面で重要な役割を果たしてきたフランスのソフト・パワーに、これからもさらなる役割が期待されているわけです。こうした現象を理解するには当然フランス語は第一の手段です。

そのよい例として、スーザン・ジョージという政治学者がいます(編注:取材の数日後にスーザン・ジョージ講演会「破綻のグローバリゼーション・グローバリゼーションの破綻」が駒場で開催されることになっていた)。彼女はアメリカ出身ですが、フランス語を学び、最終的にはフランス国籍を取得するまでになりました。彼女は全地球的な問題をよく理解するにはフランス語の視点、あるいはフランス文化が持つ哲学的な背景が必要だと感じたのでしょう。ここからも分かるように、やはりその文化の中でしか生まれない思考力があると思うのです。

英語中心の現在ということは何度か申しましたが、特に理系分野では英語だけで十分ではないかといわれます。それは否定できませんが(笑)、TGV(高速列車)や原子力など、科学・技術の面でフランスは今でも重要な国であることを思い出してもらいたいです。まあ論文なんかは確かに英語で十分かもしれないけども、やはり言葉を知っているということは理系の人にとっても重要ですね。たとえば興味深いことに、駒場の数学者であるウィロックス・ラルフ先生や岡本和夫先生はフランス語を好んで話しています。数学は科学において一番普遍的な言語ですが、同じく普遍性を持つフランス語とは相性がよいというのがあるのだろうと思います。ですから理系にとってもフランス語は捨てたものじゃないですね(笑)。

言語的特徴

発音上の特徴についていえば、フランス語というのはご存じのように母音の豊かな言葉です。16種類ほどありますが、これはフランス語の一番の特徴になるのではないかと思います。日本人はフランス語を「綺麗だね」「かっこいいな」と言うじゃないですか。どこが他の言葉と違うのかというと、まさに母音なのです。そのうちの鼻母音をいかに身につけるかが、一番難しいところでもあるのですけども。

イントネーション的には、イタリア語や英語と違ってアクセントをあまり付けません。どちらかというと、フランス語はフラットな、静かな海のような言葉ですね。それがフランス語のいいところなんじゃない?(笑)要するに、システマティックなアクセント付けがあるわけではないのです。自分の表わしたい感情によってアクセントやニュアンスを付けるわけですよ。言葉の中に個人の表現の場がある、そういうような特徴があると思います。

語彙的な特徴についていえば、日本の学生は大抵の場合先に英語を学んでいますので、フランス語を学ぶ際には英語からの視点があるわけですが、英語の語彙にはフランス語由来のものがたくさんあるのですね。ですから、既に英語で学んだ語彙がどこから来たのかをフランス語を学んで知ることができると。まあもちろん、英仏によって使い方が微妙に違う語彙もあるので、それをちゃんと区別することは大切ですが、第一外国語で英語を学んだ日本人の視点から見れば、この特徴は重要なのではないかと思います。

あとはやはり学びにくいというのも特徴に挙げられますね。ですが同時にそこが賭けなのです。たとえばフランス語には豊かな冠詞のシステムがあります。具体的には不定冠詞・定冠詞・部分冠詞の3つがあり、これらによってさまざまなニュアンスを出せるわけです。日本語には全く冠詞がありませんから、これをマスターするのはすごくいい駆け引き(笑)、楽しい勝負ですよ。加えて、時制の複雑なシステムも重要ですね。フランス語の持っているロジックから時間を把握できるようになれば、もう人生が変わるんですよ(笑)。こうしたところにもフランス語を学ぶ意義が1つ見つかるかもしれないね。

言葉の中の虚構の身体

フランス語の発音は学びにくいと考える日本人がいます。確かに日本語には鼻母音などが全くないので、それを獲得するのは容易ではありません。

発音というのは、いかに口の中を意識するかという意味で身体的なのですね。自分の新しい身体を作らなくてはいけないわけです。言葉にはそれぞれが持っている身体性のようなものがありますが、それを獲得するのは私にとっては外国語を学ぶことの1つの意義というか楽しさですね。「自分」という身体は実際には1 つしか持てません。しかし言葉を通じることによって、言葉の中でもう1つの虚構の身体に接近することができるわけですよ。よく子どもが英語をしゃべる真似をして遊ぶじゃないですか。これはもう1つの身体を持つことができるという喜びがあるからだと思うのです。そうした子どもの心を大人になっても生かして学ぶことができればいいと思います。

発音に代表されるように、フランス語は学びにくいというレッテルが貼られていますが、もういっぺん子どもの心に立ち戻れば、フランス語は逆に楽しく勉強できる。そういうような楽しみが自分の中に育つならば、フランス語は楽しみの対象になるわけですね。

フランス語の魅力

パトリック・ドゥ・ヴォス准教授

私にとってフランス語は母国語ですので、無意識に体の中に流れているわけじゃないですか。私の一種の透明なもの、世界を見る1つの透明なグラスなのです。ですから、私がフランス語の魅力を語ることは私の無意識を問うことですので、答えにくいのですね。

確かにまあ、先ほども申しましたがイントネーションは非常に綺麗だと思います。母音の豊かさ、これは見事ですね。母音はフランス語の花なのですよ。

それと、フランス語は非常に自由な創造力を持っている言葉なのですね。たとえば、私の好きな作家の1人にバレール・ノバリナ(Valère Novarina)がいます。彼は語彙を自由に作り出していて、その顕著な例として、彼は1つの作品で1111羽の想像上の鳥の名前を発想します。全く辞書にないような名前なのですが、聞いていて非常に鳥の名前らしい言葉をしているのです。それが不思議ですね。また語彙的な創造にとどまらず、彼はフランス語にないような文法までも創造しているのです。

これは当然彼の文体であるけども、やっぱりフランス語で生まれた彼の文体なのですね。フランス語の中で生まれたということが重要なのです。どこの言葉にも造語というのはあるわけですが、フランス語はそれを越えた遊び心が可能なのだと思います。要するに、フランス語には新しい言葉を創造すること以上の創造力があるわけです。フランス語には文法上の決まりがたくさんありますが、だからこそもしかしたら、それを踏み越えて遊ぶような「場」があるのだと思います。


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