イタリア語

東京大学における第二外国語のイタリア語の授業は2007年から始まりました。第二外国語としての歴史が浅く、履修者も少ないイタリア語はどのような言語なのでしょうか。今回は西洋古典学がご専門の日向太郎先生にイタリア語の特徴や先生の研究テーマ、イタリア語が第二外国語になった経緯などについてお話を伺いました。


イタリア語の特徴

日向太郎先生

イタリア語は、インドヨーロッパ語族のひとつ、ラテン語の末裔に当たる言語です。ラテン語に起源を持つ言語はロマンス諸語と呼ばれ、その中にはイタリア語の他に、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語などがあり、それらは兄弟関係にある言語です。ですから、例えばフランス語とイタリア語は語彙のレベルも文法のレベルでもよく似ています。また、イタリア語とスペイン語はほとんど方言くらいの差しかないのではないかというくらい似ていて、話を聞くところによると、スペイン語圏の人はイタリア語を本当に短期間で習得してしまうそうです。ですから、語学を広く勉強したければ、まずイタリア語を勉強して、スペイン語、フランス語、ポルトガル語、というふうに学ぶ範囲を広げていけるのではないかと思います。ロマンス諸語の中でのイタリア語の特徴としては、起源であるラテン語に近いという点が挙げられます。綴り字は変化していますが、意味領域などはラテン語をそのまま踏襲しているところが多く存在します。

発音は日本語の母音と近く、ヨーロッパの様々な言語の中ではイタリア語は日本人にとって発音しやすい言語のひとつです。ローマ字読みと大分似ていて、見た通りに発音すればいいので、授業では30分でアルファベットの読み方から発音まで一通り学ぶことができます。アクセントの場所については、一番後ろにある場合には必ずアクセント記号が付くので視覚的に確認できます。分かりにくいのはアクセントが後ろから3番目と後ろから2番目にある場合ですが、その場合、後ろから2番目にアクセントが置かれることが多いです。アクセントのところは長く読みます。例えば普通日本人は「ラノ」と発音しますが、イタリア人は「ミラーノ」という風に長く発音します。

文法については、勉強していくとイタリア語の癖というか傾向があることに気づくと思います。最初は難しいかもしれませんが、勉強していくうちにだんだん慣れて、知識が増えてくると「これはこの系統だな」とか「これはこの間習った動詞と同じパターンだ」とか、そういうふうに関連づけることができるので、勉強すればするほど新しいことを覚えるのが楽になると思います。英語に比べて難しいと思いますが、人称語尾(※編註:主語の人称によって語形が変わる動詞の語尾のこと。)が厳密に決まっていて、文法的に英語には無い明快さがあります。

イタリア語を母語とする人は少なく、日本語を母語とする人のおおよそ半分です。でも他の言語に比べると、イタリア語の学習人口は多く、ドイツやフランスではイタリア語を勉強している人が結構いて、ヨーロッパに行くとイタリア以外の国でもイタリア語が通じることもあります。フランクフルトの空港でイタリア語で話したらちゃんと通じました。「あ! イタリア語話すのか? イタリア語上手だな」と言われましたね。英語も通じるかもしれませんが、ヨーロッパの中だったらイタリア語もなかなか通じます。あと、イタリア国外にはイタリア系の移民も結構います。ですから国際的には、日本語よりも広く使われているのではないでしょうか。

日向先生の研究テーマ、イタリア語との関わり

日向太郎先生

僕は、東京大学の出身で、第二外国語はフランス語を選択していました。フランス語を勉強しようと思ったきっかけは、学生時代に哲学、特にフランスの哲学者ベルクソンが好きで、彼の著作をフランス語で読めたらいいなと思ったことです。大学に入ると準必修のような形で哲学の授業があって、担当はギリシア哲学がご専門の井上忠先生でした。その授業がすごく面白かったんですよね。井上先生は、哲学というのはプラトンやアリストテレスが一番でそれ以降の西洋哲学はプラトンやアリストテレスの解釈にすぎないというスタンスでした。それで僕は哲学をやるならばギリシア語を勉強しなければいけないなと思いました。ギリシア語の授業は第三外国語の授業か少人数ゼミでしか開講されていなかったのですが、どちらも都合が悪くて取れませんでした。2年生になって古典語を取らなければいけないと思い、ラテン語の授業を受けたのですが、そちらの方が面白くなってしまいました。最初は進学先を哲学とフランス文学で迷っていましたが、西洋古典学を選択して、まずはギリシア語やラテン語を本郷でみっちりやって、それから考えてもいいのではないか思うようになりました。2年になってからもギリシア語はやはり他の授業と重なってしまって取れなくて、独学で学習しました。

ラテン語の水谷智洋先生に、西洋古典に進学したい、ラテン語とギリシア語の文法は一通り勉強したから読解をやりたいと相談したら、初学者が文法を終えてすぐ読むような簡単な読本を貸してくださいました。それをコピーして、翻訳して、毎週水谷先生のところに持っていくと、水谷先生が添削してくださいました。それは1年間だけでしたが、今でもすごく感謝しています。西洋古典に進学してからは、ギリシア語やラテン語の授業にとっぷりつかるという感じになりました。予習は大変でしたけど面白かったですね。
学部での経験で特に印象に残ったのは、夏休みの直前にウェルギリウスの『農耕詩』という作品について中山恒夫先生の集中講義を受けたことです。当時、ウェルギリウスはローマの建国詩の『アエネイス』を書いた人だという認識しかありませんでした。『アエネイス』は翻訳で読んでいましたが、全然面白くなかったので、ウェルギリウスはつまらないと思っていました。しかし、彼の詩をラテン語で読んだらきれいな詩で、これは素晴らしいと感じました。その時、哲学よりも詩をやりたい、ウェルギリウスを自分の研究の中心にしようと考えて、そのままずっと続いてしまって、今に至ります。だから、学部時代の出会いというのは大きいですね。卒論のテーマとして結局ウェルギリウスの『農耕詩』を選び、それがきっかけでラテン文学とかローマの詩を勉強することになりました。

学部時代は大学院に入ったら留学したいと思っていました。留学先の候補としてドイツ、フランスはもちろん、イタリアもありました。西洋古典の研究はドイツが有名で、特に19世紀に近代の古典研究の礎をつくったのがドイツ人です。だから西洋古典の研究をするならば、ドイツ語をちゃんと読めなければいけない。僕はフランス語選択でしたから、3年生になった時にまた自分で一生懸命勉強していましたが、思うように上達せず、大変でした。

イタリアはあまり有力な候補ではありませんでしたが、好きな国ではありました。子供の時はスーパーカーが流行していたので、イタリアというとスーパーカーのイメージがありました。それから子供のときに『母をたずねて三千里』というアニメを見ていて、イタリアにある種のなじみみたいなものが出来ていました。イタリアでは母と子の結びつき、親子の情や家族のつながりが日本のように重んじられているのです。ヨーロッパの他の国にはあまりそういう要素を強調した作品が無くて、いいなと思いました。あと、食べ物もスパゲティとかピザとか、好きだったんですよね。朝昼晩、スパゲッティを食べ続けても飽きないなと思っていたので、そういう部分でもイタリアの生活にはとてもあこがれていていました。ただ、イタリア語は第三外国語で開講されているだけで、勉強する機会があまり無かったんです。ですがフランス語とラテン語は既に学んでいて、イタリア語も同じラテン系の言葉だからなんとかなるだろうと思ったんですよね。

そのような気持ちでいるとき、大学3年生の時に初めての海外旅行でギリシアに行って、帰りにイタリアに寄りました。高校時代の先輩と2人で行ったのですが、その先輩はすごく語学が好きで、ギリシア語もラテン語もイタリア語もよくできる人でした。彼がイタリア人と話をしているのを見て、自分もイタリア語がやりたいなと思うようになりました。イタリアに実際行ってみると、なんともいえない居心地の良さをちょっと感じました。泥棒が多いとか治安が悪いとかいう悪いことを日本ではよく言われたんですけれども、会う人がみんな人懐っこくて、良いなあと思って。それで大学院の1年生の夏休みに5週間くらいイタリアを本格的に回りました。僕は古代文化が好きだから例えば古代ローマの遺跡など北よりも南の方、シチリアやナポリ、ポンペイとかを中心に。旅行しながら少しずつイタリア語を学びましたが、あまり身につきませんでした。でも、旅行した結果やっぱりここでちょっと勉強したいと思い、イタリア留学を考え始め、イタリア語も本格的に勉強しようと決意して、大学院や学部でイタリア人の先生が教えているような授業を取りました。そして、フィレンツェ大学でラテン語の詩やローマの詩の研究をされている一人の先生の存在を知りました。この先生の研究は僕が興味を持っていることとすごく重なっているのではないかという気がして、博士論文を書くならこの先生の指導を受けてみたいと思うようになりました。それに、イタリアに行けば碑文を見たりとか、写本を読んだりとか、そういうことができるかもしれないし、そういう研究も必要だろうと思ったんですよね。あと、同じ研究分野の人たちと知り合いになれるとか、イタリア人の友達が欲しいとかもあって、やっぱりイタリアだろうなと思いました。それで給費生の試験を受けてイタリアに行けるようになったのが1994年です。今から20年くらい前の話です。

日本におけるイタリア語とイタリアのブーム

日本では90年代にイタリア語ブームがありました。僕が大学院に行った89年の翌年、90年にイタリアでワールドカップが開催されました。それから93年に日本でJリーグが始まりました。こうしたサッカーブームが発端になって日本でのイタリア語ブームが始まったと僕は分析しています。イタリア語のラジオ講座も昔は無くて、放送を開始したのは90年でしたが、それもワールドカップと関係があると思います。それによって、日本のイタリア語学習者人口が急激に増加しました。

サッカーとは別に、イタリアにはファッションとかおしゃれなイメージがあり、その他にも優れた美術工芸品やルネサンスの巨匠の絵画や彫刻なども紹介されるようになってきました。そしてイタリアを旅行すると、もっともっと面白いイタリアがあります。有名な観光地だけでなく、マイナーだけど美しいところがあるとか。例えば山岳地帯にすごく景色が美しくて歴史豊かで、非常に文化的な生活をしている町があるということが紹介されて、日本中でイタリアに対する熱がすごく高まってきました。留学しているころは、日本人の観光客をずいぶん見ました。フィレンツェでは100メートルごとに日本人観光客に会うくらいでした。そのころから日本人はイタリアに注目してきた感じでしたね。

イタリア語が東大の第二外国語になったいきさつ

もともとフランス語・ドイツ語・英語は、明治以来すごく大事な言語とされていて、第二外国語としても伝統的にその地位を保ってきました。スペイン語はスペイン語圏という広域な言語圏があって、やはり言語的に重要だと認識されて、次第にスペイン語が教育に取り入れられました。しかし語学教育において、イタリア語は抜け落ちておりました。明治時代、ヨーロッパの文化が紹介された時、日本は富国強兵の風潮でどちらかというと列強の国の言葉や文化を吸収しようとしていたのだと思います。しかしイタリアは1861年にようやく外国の勢力を打ち払って近代国家になりました。日本と大体同じくらいですよね。ですから日本にとって、イタリアは視野に入っていなかったと思います。

でも、ヨーロッパに渡ってヨーロッパ文化の吸収をしていこうとしたとき、イタリアという大事な地域があるということに森鴎外や夏目漱石のような文化人たちはみんな気づき始めました。喩えて言うとヨーロッパにおけるイタリアというのは、日本における京都や奈良みたいな場所で、ヨーロッパの精神性の起源のようなものが存在する気がします。例えばルネサンスの発祥の地でありますし、古代ローマの文化もありますし、キリスト教カトリックの総本山であるバチカンもローマにあります。ですから、ヨーロッパ人が自分は何者なのだろうかと考えるときに欠かせない要素が濃密に集まっているのがイタリアなのではないかと思うんですね。

ただ一旦できた制度とか枠組みというのはなかなか変えられないので、イタリア語をドイツ語やフランス語のように学習の対象にするのには時間がかかりました。日本の語学学習においてはやはりどうしても実用的なものとか広い地域で話されている言語とかが重視されてきました。でも、旅行したり国際的な交流をしたりしていくうちに、だんだん日本人はイタリア語の重要さに気付いていきました。東大ではイタリア文学の専修課程は文学部に1979年にできたのに、イタリア語そのものを勉強できないというのはおかしいという論理も当然あったと思います。

東京大学では、ダンテの『神曲』やボッカチオの『デカメロン』の翻訳で有名な平川祐弘先生が教養学部後期課程でイタリア語を教えていらっしゃいました。平川先生が辞められた後、空白があって、2003年に村松真理子先生が着任され、初修イタリア語授業の開講にご尽力されました。他の大学ではイタリア語の教育が広まっているのになぜ東大では行われないのか、イタリア語を勉強させてほしいという学生の声があったということも大きなきっかけのひとつだったと思います。

その結果、制度としてイタリア語の授業が第二外国語(初修外国語)として始まることになりました。2007年から、まず文科三類で教育が始まって、2009年から文科一類と文科二類にも広がりました。理科で教育がされるようになったのは2012年からです。これでようやく全科類にわたってイタリア語が開講されることになりました。これは村松先生のご尽力が大きかったということもあるし、西洋史の池上俊一先生やフランス文学の宮下志朗先生、それから英文学の高田康成先生、そうした他の外国語をご専門にされているけれどもイタリア語の教育は重要であると考えている先生方のご協力もあって、今日に至るんですね。

学生へのメッセージ

日向太郎先生

僕が授業で心がけていることは、はっきりと自信を持って話すことと、黒板の字をできるだけ丁寧に書くことですね。話すことについては、みなさんに間違ってもいいからしっかり発音してくださいとお願いしているので、私の方もしっかりはっきり話さないと納得は得られないと思い、心がけています。

第二外国語でイタリア語を選ぶというのは、イタリアにすごく興味があるか、あるいは何も考えていないかのどちらかだと思うんですよ。授業中に「君たち、よっぽどイタリア語が好きか、よっぽど何も考えていないかだね」と言うとみんなどっと笑うんですけども、そうやって受けにくる学生はやっぱり面白いですね。第三外国語だと、自分に必要だからと考えて受講するところがあって、「なんとなく面白そうだから」という学生はなかなかいません。何か考えがあって選択する人はそれはそれでいいんだけど、考えないで取るというのもいいなあと思っています。そういう人はこっちの色で染めてしまって、イタリアが好きになるように教育していこうと思います(笑)。

最後に、一緒にイタリア語に付き合ってくれたら一生懸命お付き合いしますということを申し上げておきたいと思います。イタリアのことをどれだけ知っているかとか知らないかとか全く問わない。とにかく興味を感じたら受講してほしいということですね。第三外国語もありますので、第二外国語がイタリア語ではない方でも第三外国語を取っていただいて、みなさんにイタリア的な魅力を少しでもお伝えできたなら、またそれをご自分で体感するきっかけを作ることができたならこんなに嬉しいことは無いと思っております。