生命科学

理科一類は1学期に、理科二三類は1学期と2学期に必修科目となる「生命科学」。大学における生物学とは、果たしてどのようなものなのでしょうか。今回は、太田邦史教授にお話を伺いました。


生命科学で学ぶこと

太田先生

生命科学は、細胞生物学や分子生物学の基本的な部分をざっと学び、知識の引き出しに相当する部分を概観するために行われている講義です。前半部分に相当する夏学期にはDNAなどが出てくる分子生物学を中心にやっていて、後半部分である冬学期には細胞生物学がメインになっています。高校時代の生物学と違う点の一つとしては、分子レベルでの仕組みの話題のような最先端の研究を含めた内容が教科書にも出てくる点が挙げられます。教科書は、「生物部会」という生命科学を担当している教官の会があって、そこの先生たちが駒場の生命科学構造化センターというところで作っています。教科書の内容は24章にもなりますが、ある程度は教科書に従って先生同士で足並みを揃えて授業を行っています。ただし、授業をする上でどこに重きを置くのかというのは先生によっても違うと思うし、教え方も全然違うと思います。私の場合は、教科書の図だけではなくて、“Molecular Biology of the Cell”という本の図や動画の他に、私も監修に携わった「What’s DNA」というDVDを使って説明しています。授業では、できるだけ動画を用いて視覚的なものを入れつつ説明しようと工夫しています。

授業での工夫

生命科学では、概念や単語がいっぱい出てくるので、暗記をしなくてはいけない部分が多く出てきます。物理などでは、一つの法則や理論の道筋を理解すれば、あとは問題を解いていけば試験でも比較的良い点数が取れるようになりますし、良い理解も得られると思うのですが、生命科学の場合は個別の細胞構造の違いや名前などを全部記憶していないといけないわけです。生命科学の知識は、ものすごい数の研究者が残してきた知識でもあるので、これを暗記するのは大変なことだと思います。でも、実際のところ教科書の単語を全て覚えたってすぐに忘れてしまうと思うんですよ。そういう勉強はあまり意味がありません。そうは言っても、「リボソーム」や「ミトコンドリア」のような生命科学の基本的な単語を聞いたときに全然聞いたことがない、というのはまずいので、絶対に覚えてもらいたい単語については穴埋め問題などや小テストをして覚えてもらうようにしています。

生命科学では個々の知識だけではなくて、お互いの関係も重要になってきます。細胞膜がどうだとか、タンパク質がどうだとかそれを単体で覚えても深みがないけど、それらが関わりあうと何が起こるかを知ると知識に深みが出てきます。このような意図で、課題を出してレポートとして調べてもらっています。自分の調べる過程で発見してもらうことが、本当の教養につながると思うんですよ。後半になるにつれて、それこそ論文のようなレポートも出てきたりして、スキルが向上しているのがよくわかりました。

また、アンケートをなるべく途中に入れるようにして、言われたことをできるだけフィードバックするようにしています。例えば、「板書の順番を整えてくれ」とか、「章立てをしっかりしてくれ」と言われたこともあるし、「リソソームがソソソームに見えました」とか、「字がもうちょっときれいになりませんか」とか、すごく注文が多いんです。どっちが先生なのかわからないような状態なんですが、それでもそういうのを取り込んで改善するようにしています。

物理選択者と生物選択者について

太田先生

物理選択者が生命科学の授業に出るときには、教科書を予め読んでから授業に出るというのが一番良いと思います。あとは、生物に関係したちょっとした本を何でも読んでもらって関心を持ってもらうのが大事なんじゃないかな。勉強をするためのきっかけになる部分がわかっていれば勉強しようという気になるんだけど、最初から「こんなんやる必要ないや」って思っちゃってると全然だめなんです。「全然わかんない」と言っている人はそういう傾向にある気がするんですよね。どうも最初からあんまりやる気を感じません。

私がいつも講義の最初に言っていることなんですけど、人間というのは生物の一種で、自分自身も生物なわけです。サイエンスは自分を知るということが終着点なので、生物のことを知らないというのはちょっと変だと思うんです。だから、生物は本来誰もが勉強する必要があることだし、一番教養として知っておかないといけないことの一つだと思うんですよ。読書などの取り組みをしてもらって、「面白いな」と思うところから勉強をスタートしてもらいたいなと思いますね。面白いと思わなかったら全然やる気にならないので。

もちろん、物理選択者と生物選択者が混ざっていることへの配慮はしています。具体的には、板書しているときに、「基礎編」と「応用編」にわけて板書をしています。「基礎編」というのは、物理だけやってきた人も、ここはちょっと覚えておいてもらいたいという部分です。そして、試験の7,8割はその基礎編から出しています。ただ、理科二類と理科三類にはもとから生物をやってきたような人もいるわけで、生物オリンピックに行きましたとか、やたらオタクの人もいるわけです。そういう人たちも満足できるようにしなくてはいけないので、発展的な内容や、教科書に書いていないようなかなり先端的な内容も話しています。それをバランスよく組み合わせて出して、飽きないようにしているというわけです。

講義の内容を通じて学生に伝えたいこと

いかに生命というものが精密に出来上がっていて、果てなく生きているかということですね。それを自分の命の大切さと結びつけて考えて欲しいんです。「生きている」ということは不思議なくらい巧妙な仕組みで成り立っているので、それを理解するともっと命を大事に思ってくれると思うし、そういう眼で物事を見られるようになればすごくいいなと思います。これが本当はもっていきたいレベルなんです。でも、生物学に興味を持ってもらうことがまずは最初のステップです。

先生の専門分野について

私たちの専門分野は、「染色体」とか「DNA」が基本にあります。特に真核生物の染色体などのダイナミックな性質を調べています。キーになる研究は、DNAが繋ぎ換えを起こしている「組換え」という反応と、それを制御していると思われる「クロマチン」という構造に関するものです。クロマチン構造と、DNAがどう再編成するかということを調べているというのが、一言で言うと私の研究です。

例えば「減数分裂」という、精子や卵子を作るために生殖細胞で行われているものがあります。これはお父さんとお母さんのDNAを混ぜ合わせて新しい子どものDNAを作るというプロセスなのですが、そこでDNAを一回ちょん切って組み替えるという反応が行われているんです。これが「遺伝的組換え」というもので、これの仕組みを調べています。染色体というのはすごく長いDNAで、1ゲノムが2メートルくらいあるのですが、そのどこでも組換えが起こっているのではなくて、「ホットスポット」という非常によく起こる場所があるんですね。このホットスポットがどうしてできるのか、どうしてホットになるのかということを明らかにしてきました。

ホットスポットの仕組みでは「ヒストンの修飾」というのがあるのですが、それが今「エピジェネティックス」という分野になっています。DNAは同じなのに、染色体を構成しているタンパク質に「メチル基」や「アセチル基」というパーツがついて、局所的に環境が変わると、遺伝子の発現パターンが後天的に制御されるというものです。例えば三毛猫の体毛色とか、ミツバチが女王蜂になるのと働き蜂になるのをわけるのがエピジェネティックスなんですね。ロイヤルゼリーを幼虫のときにたくさんあげていると、DNAのメチル化が起こったりして、女王蜂になります。エピジェネティックスは今とても注目されているんだけど、エピジェネティックスと遺伝子の再編成がどう関係しているのかということも研究しています。エピジェネティックスによって、人為的に抗体遺伝子の図書館みたいなのが細胞レベルでできるようになって、自分の好きな抗体を取りだすことができるようになったりもします。これは、体の中に病原体が入らなくても、試験管の中で抗体ができるということです。

色んな企業との共同研究なんかもやっていて、例えばエネルギー問題の解決を目指す研究もしています。ゲノムの再編成を起こすと、色んなことができるので、ものすごく収量の高い作物とか、新しいバイオマスとかもできるようになるし、今後地球温暖化が進むのを防ぐための大きな技術になるんじゃないかと思います。

今の学生を見て思うこと

今の学生はすごく恵まれていると思います。教材はちゃんとしているし、先生もちゃんと授業をする。昔なんか、ひどい人はミトコンドリアの話だけで最初から最後まで話す人なんかもいて、全然組織化されていませんでした。本当に好き放題やっていましたね。先生が講義に何分も遅れてきて早く帰るとか、そんなのは当たり前でした。それを考えると今はとても恵まれています。でも、それによって逆に恵まれすぎているというのも事実だと思います。僕らの時代は、先生が板書しないで口で喋ることまで全部盗もうと思ってノートを取っていたんですよ。ところが今は板書しなかったら文句が出るわけです。「板書しなかったところから出しましたね」とかね。先生が何も書かない中でノートを取ったりしていた時代と比べると、逆に恵まれすぎちゃっていて、学ぶということに対する姿勢がちょっとまだ強化されていないのかなっていう感じがします。最近読んだ、『下流指向』(内田樹)という本にも書いてあったことなんですが、最近は「お金を払って講義を受けている」という感覚になっているようです。「等価交換システム」と、その本の著者は言っているんですが、「授業料を払ってるんだから、先生は講義をして当然だ」みたいなね。でも「師弟関係」っていうのが日本の昔からの流れなので、お互いにリスペクトすることがもうちょっと必要なんじゃないかなって思います。大学というところは予備校とは違います。授業というのは、あくまで自分で勉強するための一つの手段なので、「教え方がちょっと不足だな」とか言うんじゃなくて、「お互いにやりましょう」という感覚が必要なんじゃないかと思います。これはどの先生も感じていることだと思います。

それから駒場の学生にとって、点数はすごく重要じゃないですか。たくさん優をくれる先生のところに人が鈴なりになっていくことはよくあると思うんだけど、それはやっぱりちょっと残念だなと思います。色んなことを勉強できるせっかくの機会なので、あまりそういうこと意識せずに幅広く取れるようにしたほうがいいのかなという気がします。

駒場時代に何を勉強するべきか

私は東大で、すごく色んなことを勉強したんですけど、物理も化学も色々やっていたのが後になって効いてきました。特に専門分野を変えたときですかね。ずっと同じ専門を研究している人もいるんだけど、10年くらいで結構研究テーマを大幅に変えるということがあるんです。新しい分野を作ることが必要になってくることもあります。例えば、みなさんがどっかの教授になろうと思ったら、ある学問領域を作るということを考えなくてはいけない。よく文化勲章もらったりしているような人が「ナントカ学」を最初にやったような人だったりするじゃないですか。その「ナントカ学」を作るくらいの勢いでやってもらうためには、今まで誰かがやってきたことの延長をやりながらも、違う分野の仕事を取り込んで新しいものを作ってやらなきゃいけない。で、その時に教養のバックグラウンドがすごく重要なんですよ。他の大学だと最初の学年から「一点集中」になってしまうけど、駒場では物理化学を初めとして全然違う分野の勉強もできます。理系であっても文化人類学や哲学を勉強することもできます。こういった観点からの勉強ができるのは、おそらく日本では駒場しかないので、是非そういったところを幅広くやっておいて欲しいなと思います。どっちにしても専門に行くと専門ばっかりやるようになるんですよ。だから、そうなる前にできるだけ色々見ておいたほうがいいと思います。

駒場生へ向けて

太田先生

とにかく楽しんでほしいなと思います。特にサークル活動などで色んな人との交流を深めたほうがいいとも思います。勉強もすごく大事なんだけど、コミュニケーションのスキルも大事になってきます。特に東大生は高校まで勉強一筋で、社会性がちょっと危うくなりがちなので、サークルなどの活動を通じて大人の社会に触れ合ったり、組織の運営の難しさとかを勉強して欲しいです。あとは友だちを作って欲しいなと思います。今はわからないと思いますが私くらいの年になるとみんなすごく偉くなっているんです。それはものすごく大きな資産になりますよ。だから友だちとの交流を大事にして、幅広い人付き合いをしてほしいなと思います。