数理科学Ⅱ

数理科学Ⅱは文科生を対象に総合科目として開講されています。講義の内容・工夫から数学の研究、さらには文科生が数学を学ぶ意義についてまで、この講義を担当している石井志保子先生にお話を伺いました。


講義について

石井志保子先生

―講義の内容を教えてください。

まず初めに整数が割り切れる条件という興味の持ちやすい話から入って、素数は何か、それから素因数分解やユークリッドの互除法について講義しました。整数から導入して結局やりたかったのは正標数の体(※)についてです。そして、正標数の体の話から、それを応用した暗号理論、RSA暗号の話もしました。ここでは本当に平文から暗号文、暗号文から平文にちゃんと戻るということを紹介しました。以上がだいたい整数の部分で、それからちょっと幾何学的なことを話そうと思って、特異点の話をして、最後に無限にはいろいろあることを説明しました。整数と特異点と無限の話の、大きく分けて3つのトピックでしたね。自分が若い時に面白いと思ったことがみなさんにとっても面白いと思えるのではないだろうかと思ってこのようにしました。

―文科生に教えるための工夫について教えてください。

文科系の学生さんを教えていて気がついたことですが、感情的に理解できないと受けつけない人がかなりいるようです。「論理的には正しいんだけども…何か違和感があるなあ」と。なかなか実感がつかみづらいことも多いのではないかと思ったので、その辺を論理と直感との橋渡しができるように努めました。あとは、数学の記号について注意を払いました。例えば「任意の」を表す記号「∀」をつい書いてしまうのですが、書いて慌てて消して言葉で「任意の」に書き直すことが何度かありました。こういうところで、精神的に拒絶反応を招かないように注意しました。

先生の専門と研究について

―次に先生が研究されている内容について教えてください。

代数多様体の「特異点」(編註:曲線や曲面上で、その点での接線や接平面が2つ以上ある点)というものを専門分野にしています。特異点がどういうものかについては授業で少しお話しましたよね。いくら拡大しても平らにはならないような点のことです。

特異点といっても千差万別で、特異点があると多様体の構造が非常につかみづらくなるんです。特異点がない多様体を「滑らかな多様体」と呼ぶのですが、滑らかな多様体だったらいろいろな綺麗な性質が成り立っていて構造がつかみやすいんです。しかし特異点が1つでもあると綺麗な性質は成り立たなくて、全体の情報に近づけなくなっちゃうんですよ。それで特異点を許す議論をしないとその分野が発展しないという状況にまで直面してしまう。そこで特異点をよく勉強して、その特異点があっても大した障害にならないだとか、その特異点は決定的な障害になる特異点だとか分かればね、もう怖くなくなりますよね。ここまでは特異点を許しても大丈夫というのが分かれば、その特異点だけを許す多様体に限定して議論を進めていけば良いわけです。

―特異点を研究分野に選んだ理由は何ですか。

そもそも私は特異点は嫌いだったんです。こんなもの邪魔くさいなって思って、別の問題、モジュライ理論というものをやっていたんです。そこから特異点の問題点が出てきて、特異点と向き合わざるを得なくなりました。
モジュライ理論というのは、何かある性質を持っているもの全体を考えるんです。だからもちろん無限の集合です。無限の集合に幾何学的な構造を入れて考える。集合だけなら幾何学では扱えないんです。でもその集合に幾何学的な構造があれば幾何学として扱える。例えばある性質を持っている多様体を全部持ってきたときに幾何学的な構造があれば、1つの多様体が1個の点に対応するんです。モジュライ空間の中で1個の点になるということです。しかしモジュライ空間を考えるときに、特異点があるとうまく議論を進められません。そこで、特異点と向き合うことになるのです。

石井志保子先生

―先生が数学の研究者になられたきっかけを教えてください。

高校生の時に相対性理論のローレンツ変換の式を見て、非常に感動し、かっこいいと思いました。あの頃は私もすごいミーハーで……世の中を見る時の価値観はかっこいいかかっこ悪いかの2つしかない(笑)。みなさんは教養があるからそんなことないと思いますが、私の場合はそうだった。それで、ローレンツ変換というのは最高にかっこいいものだった。だから私もこういうかっこいい公式を自分の力で見つけてみたいなって。

―では、高校生の頃は数学というよりは物理に興味があったということですか。

物理も数学も好きでした。けれど今考えてみたら、数学にして良かったと思いますね。物理だと実験結果を見ますよね、実験結果を見て理論を作って論文を書くということをします。私は思い込みが激しいので、実験結果を見たときに自分の考えと合わなかったら、これは誤差であると勝手に解釈して自分の都合の良いように結論づけたのではないかなと思います。でも数学の場合は、いくら思い込みが激しくても、正しくなければ証明しようとしても証明できないわけですよね。だから大丈夫です。そういう間違いを犯すことはない。数学で良かったなと思いますね。

―女性研究者としての苦労はどのようなものですか。

今の社会ってやっぱり女性が働くようには出来ていないと思うんです。女性が常勤の職を持って働くのはなかなか難しいですよね。子どもが小さい時は手がかかって、時間とエネルギーをとられる。その上、仕事もしていかなきゃいけない。一方で男性の多くは奥さんに家事を全部任せて、自分は仕事や研究に集中できるという状態なわけですね。女性はそういう人たちと競争しないといけない。絶対的に時間が少ない、その辺が一番大変でしょうね。

私が研究者になろうという時も、親は初めは賛成しませんでした。修士課程を出て結婚したのですが、そうしたら夫の方が励ましてくれました。最初はそうではなかったのですが、私が一所懸命勉強しているのを見てだんだん変わってきたのではないでしょうか。「頑張れよ」と言ってくれるようになりましたね。

―数学の研究というのは、ひたすら紙の上で書いて考えるということが大半なのでしょうか。

個人でやるときは書きもしないですよ。書かないでぼーっとしている(笑)。頭で考えて、うまくいかないなあってぼーっとしている時もあるし、思いついたとなるとひたすら書く。個人研究の時はそんな感じですね。一方で共同研究も結構やるんですが、他の分野と違って数学の共同研究の人数は多くてせいぜい3人です。みんなで集まってディスカッションをして、ああこうじゃないかというのが見つかったらまた家に戻って書き下ろしてみて、これでいいかって確認し合って、というふうにやっていきます。

―どんなときに思いつくのですか。

お風呂上がりに思いつくこともありますし、この前はバスの中で思いつきました。何かの時にふっと思いつく感じですね。ただし条件があって、バスに乗ったら必ず思い浮かぶわけではなくて、その前にもんもんもんもんとしている時間がかなり長い間あって、それがあった後でふっと思いつくことが多いです。お風呂に入ったら思いつくというのなら、いつでもお風呂に入るけれど、なかなかそういうわけにはいかない(笑)。それ以前のいろんな試行錯誤の蓄積が必要なんですね。

けれど思いつくってなかなか難しいですよ。ずっと思いつかなくて何ヵ月も同じことを考えているときもあります。お蔵入りした問題もあるんですよ。

―諦めたということですか。

我々の言葉では「休戦した」と言います。2009年に考え始めた問題で、最初はとんとんとんって行ったのだけれど一番大事なメインのところがうまくいかなくて、それでお蔵入りしている問題があります。アメリカにいる2人との共同研究です。去年の3月に、ちょっとやり直してみようということで3人でシカゴに集まってディスカッションをして、ある特殊な場合に問題が帰着されるってところまではいったんだけれども、後はそこの部分だけが解決されていなくて、まだなんですよね……。

でも、1つの解けない問題ばかりに集中しているのは危ないことです。精神的にも危なくなるし、業績も出ないので、それは数学者としては失格ですよね。だからその問題は置いておいて別の問題にアタックするべきです。別の問題でも重要な問題はたくさんありますからね。1つの問題だけに固執する必要はないんです。それで、解けない問題は時々思い出してはまたやると。

数学という学問について

―学問としての数学の特徴や面白さを教えてください。

特徴は初回の授業でもお話ししましたが、evidenceとproofは違うということです。物理や化学では良いevidenceを見つける、納得のいく説明を見つけるというのが仕事ですが、数学ではproofを見つける、証明を見つける。evidenceがいくらあってもだめ。そこが違うところだと思いますね。そして数学の面白さは、物事の奥底にある仕組みが「あ、そうか!」って分かることがある、その気持ちが得られることだと思います。「あ、解けた!」という気持ちが味わえるのも数学ならではですよね。

―この授業は文科生向けだったわけですが、文科生が大学に入ってもまだ数学を勉強する意義は何だとお考えですか。

大きな意義があると思います。みなさんは、将来日本のリーダーになっていく人たちだと私は思っています。そういう人たちは社会の基盤である科学技術をきちんとと理解しないといけない。科学技術を正しく使わないと社会は発展していかないからです。だから科学技術を正しく理解する、そのために科学技術の基本にある数学をきちんと理解することが必要です。それに、数学で学ぶ論理的思考は、法学などを勉強するときにもきっと役立ちますよ。

―文科生からしたら、あまたある学問の中で数学という学問は最も遠い存在かもしれません。どうしてこんなことを勉強するのか、何の役に立つのかと思う学生もいると思います。

やっぱりね、教える方にも責任があると思います。私もそれに完全に答えられるような授業をしてきたかは怪しいのですが、これからもっと研さんを積んで、それが分かってもらえるような授業をしていきたいと思いますね。
ところで、私が研究している特異点は、今は身近で役に立つということはないんです。でも将来応用される可能性は、全ての数学の分野と同様にあると考えています。正標数の体についても、300年ほど前にそれが出てきたときには、他の分野の人は見向きもしなかったんですよ。数学者が何か自分の趣味でやっているくらいにしか思われなかった。それがいまや暗号理論になっているわけです。だから今役に立たなくても、将来役に立つかもしれない。

学生へのメッセージ

―最後に東大生へのメッセージをお願いします。

様々なことに好奇心を持って、何にでもチャレンジしてくださいと言いたいですね。そうすれば自分の世界が広がっていく、それがリーダーにとっては重要なことだと思います。私がここの大学に来て驚いたことは、先生方のキャパシティの広さです。いろんな能力がある。数学の先生が数学の能力がある、これは当然。でもそれだけではなくて、いろんなことが出来る人が多いんですよね。いろんなことが出来る人の層が厚い。これが驚きでしたね。皆さんもそういうことが期待されていると思います。

―ありがとうございました。

※編註:加減乗除ができる数の体系を「体」という。体 K があるとき、1つの正の整数 m が存在して、体 K の任意の元 a に対して常に ma=0 となるとする。このような正の整数 m のうちの最小のものを p とするとき、p を体 K の「標数」という。「正標数の体」とは、体のうち標数が正のもの。(ブリタニカ国際大百科事典より一部引用)