物質科学基礎講義(力学・熱力学・電磁気学)

東大の教養学部前期課程では、「物質科学」と呼ばれる5つの科目(下表。熱力学・化学熱力学はどちらか一方)が理科生全員に必修科目として課されています。カリキュラム内では語学や数学と同程度の比重を占め、理科生にとっては存在感のある講義だと言えるでしょう。

物理学 力学 古典力学の基本法則とその具体的応用を微積分や解析幾何学の数学的手法を用いて考察し、物理学における論理的・体系的理解への基礎を学ぶ。
熱力学 膨大な数の原子・分子等のミクロな粒子の集団から成るマクロな物質の状態を、温度・圧力・体積などのマクロな物理量を用いて記述し、いくつかの基本原理をもとに、マクロな観点から物質の状態がいかに変化するかを考察する。
電磁気学 電気・磁気の法則を電荷やその運動による電流が作り出す電磁場の法則として捉える事によって、電磁気現象を統一的に理解し、基礎方程式としてのマクスウェル方程式に至る。
化学 化学熱力学 化学への応用をめざして熱力学を学ぶ。
構造化学 初歩的な量子論に基づいて、原子の構造や周期律、分子の化学結合の基礎を学ぶ。
物性化学 物質の多様な構造、性質および反応を理解するための、基礎的な化学の概念、理論を具体的な化合物を例に学ぶ。

註:平成23年度シラバスによる

そこで今回、このうち力学・電磁気学・熱力学の3科目を担当されている福島孝治先生(東京大学大学院総合文化研究科准教授)にお話をうかがいました。


カリキュラム編成

福島先生

物理学の基礎講義は十数年前(編註:平成9年度*1)に再編成され、熱力学は従来冬学期に開講していたのですが、夏学期に回ってきました。従来夏学期に開講していた「振動・波動」という科目では力学の運動方程式などの知識が必要なので、冬学期の熱力学と交換ということになったからです。一方、熱力学の知識は(冬学期以降に学ぶ)化学でも使うので、それなら1年生夏学期から学んでもいいんじゃないか、ということも理由の一つです。

全体の構成としては、「力学」「熱力学」「電磁気学」「振動・波動」という、いわゆる「古典」をしっかりとやろうというのが、駒場のスタイルですね。(編註:「振動・波動論」は現在総合科目として開講されている)

*1 「前期課程科目紹介・全学自由研究ゼミナール紹介・時間割表 平成10年度夏学期」p.97による

「道具」としての数学

まず電磁気に関しては、ベクトル解析とよばれる物理数学が必要になります。しかし、それが1年生の数学の講義で取り上げられることはなかなかないので、出来るだけ物理の中で完結した形でやろうと心がけています。

それから熱力学では、偏微分(編註:微分の一種。多変数関数に対して用いられる)というものが必要になります。実のところ、偏微分の本当に難しいところをそんなに使うわけではありませんが、「偏微分」というと名前からして恐ろしげで、学生さんたちもちょっとビビっているところがあるんですね。確かに、1変数関数ではなくて多変数関数なので「んんん…?」ってなってしまうのも分かるのですが、実はそんなに難しい知識は使ってはいない……と教えている側は言うんですよね。ただ、やはり冷静になってみると、偏微分のものすごく深い知識を使っているわけでは全くないので、たとえ1年生の夏学期でも、ゆっくり勉強すれば出来るようになるというふうに、我々物理のスタッフは思っています。物理で使う数学では、それほど厳密な議論をしないので、ちょっと計算できて、極限の扱いがちゃんとできればいいだろう、ということで、夏学期から熱力学の偏微分とかもやっています。

そこで問題になるのは、そういった数学をいつ教えるのかということ。自分の受けてきた講義は、「数学的準備」と称して、1回目や2回目の講義で必要な数学の知識をまとめて扱うことが多かったのですが、今にしてみれば、あまり自分好みのスタイルではなかったかなって思います。大人になって研究をしていても、数学を道具として使うわけですけれど、こうやって研究をしている身でも、分からない数学の知識はいっぱいあります。で、「これが必要だ!」と思ったらそれを勉強するわけです。必要になったときに勉強するのが一番吸い込みが速いので、講義でも、物理を勉強していて必要になったら、その都度数学の勉強を進めるというスタイルを取る方がいいと思うんですよ。物理的な意味も分からないのに最初から偏微分やって関係式を導出したり、謎の微分方程式を解いたり……とかいうのはよろしくない、ということです。

もちろん、先生方それぞれの考えがあると思いますけれども、僕はそういう考えなので、必要な数学は必要になった段階で教えるということにしています。もちろん、数学を最初にまとめておく方がスッキリしているのも事実ですが。

その点で難しいのは電磁気学。必要になる数学的手法がちょっと面倒臭い内容なので、最初にまとめておきたいんですけれども、どうやって使うのかもよく分からないのに「ストークスの定理」(編註:数学、特にベクトル解析の定理。数学の講義で学ぶのは通常2年生以降であるが、1年生冬学期に学ぶ電磁気学の理解には欠かせない)とかを教えられてもちょっと辛いんじゃないかな……というのが個人的な見解です。

基礎講義の意味


物理学の体系図(一例)
(福島先生の講義内容をもとに作成)

僕は1回目の講義の中で、力学や電磁気学、量子力学や相対論などが、物理学の体系の中でどういう意味を持っているのか、どういう位置づけになっているのかを話すようにしています。それは、力学とか熱力学とかがどういう風に並んでいるかを言っているだけであって、お互いがどういう関係であるのかということまでは説明していないので、ちょっと説明不足かもしれませんが、とにかく物理学の各分野のつながりについて触れています。

大学に入ってくる1年生は、たとえ物理を専門としなくても、最先端のサイエンスを勉強できると思っている。それも当然のことです。でも、いざ大学に来てみたらいきなり「ニュートンの運動方程式」とか「熱力学の第一法則」(編註:いずれも高校物理の基本的事項)が出てきて、「そんなの高校で習ったよ」という話になるわけです。量子力学とか統計力学とか、場の理論とか宇宙論とか、どうしてそういう先端的な話を最初に教えてくれないのか、って思いますよね。少なくとも僕は、大学生時代にそう思っていたので。

でも、そういった分野を学ぶために必要なことがあるんだよ、って伝えるために、僕は第1回の講義をやっているということです。電磁気学を学ばずして相対論はない、力学を学ばずして量子力学はない、熱力学を学ばずして統計力学などあるわけがない。ですから、「ブロックを積み重ねる一番下の段、基礎として、こういうのがありますよ」っていうのを、説明しているつもりなんです。ともすれば「何を今さら」ということになりかねない、そういうことを基礎講義で学ぶわけですから、「それらをなぜ学ぶのか?」っていうことを心に留めておくのは大事だと思います。

高校の物理と大学の物理

福島先生

ひとつ思うのは、高校で物理を学んできた知識と、大学での講義内容とのかみ合わせがすごく悪いな、ということです。高校の物理というのは指導要領にきつく縛られていて、色んな公式が出てくるんですよ。でも、僕だけなのか分かりませんが、大学で教えている側は、公式なんか憶えても仕方ないと思っています。むしろ、「公式は忘れてもいいんだ」ということを学ぶのがあるべき物理学の姿だと思うのです。高校の物理も本当はそうあるべきなのですが、色々とやむを得ない事情があって、公式を憶えるということが学習の中心になってしまっている。でも、それらの公式は、いくつかの少数の原理から出て来るものなんだ、ということを、大学では学んでほしいと思っています。ですから、講義の時、たまに「これでまた一つ、公式を忘れてもいいですね」なんて言うこともありますけれど、講義の文脈を(学生が)正しく理解していないと、「これは高校の時に出ていた公式だな、また同じこと言ってるね」っていう話になってしまって、非常につまらないというか、目新しさがない、ということになってしまうのかもしれません。

正直なところを言うと、僕が本当に本気で熱力学を勉強したのは、駒場に赴任してからなんです。日本の他の大学を見回して、これだけ真面目に熱力学を教えている大学は他にありませんよ。そもそも教えられる人がそうそういないのかもしれません。熱力学というのは19世紀に確立した古い学問なのに、現代社会の環境問題にも重要な知見を与えつづけているということがあまり認識されていない感じがします。他の大学では熱力学が(必修科目から)外されていく中でも、東大は熱力学を決して外さないと思います。

例えば生物学では、DNAなどの研究がミクロな方向にどんどん進んでいますね。「ミクロが分かれば生物は全て分かるに違いない」「薬もミクロの研究を進めれば作れる」という信念のもと、そういう方向に研究が進んでいくわけだけれど、「生きてるってどういうこと?」っていう問いに答えられるかといえば、それはまた別の問題だという気がするんですね。物理も同じで、研究はミクロにどんどん進んでいったわけですけれど、「暑いってどういうこと?」といわれると、別に分子がどちらを向いて動いていても関係ありませんよね。そういうマクロの世界があるっていうこと、そこにちゃんとした自然科学の体系があるっていうことを、学んでほしいという気持ちがあるんですが、ちゃんと伝わっているのかは分からない(笑)。

AコースとBコースの違い

(編註:物理学の基礎講義には、高校で物理を履修した学生向けのAコース、予備知識のない学生向けのBコースの2つが設置されている。こちらのページも併せて御覧ください。)

差があるとすれば、Bコースでは、出来るだけ知識を前提としない形で説明するよう心がけています。それに、ちょっとした実験道具も用意するようにしています。例えば、はく検電器やヴァンデグラフですね。(物理現象を)イメージ出来ないということが、学習上おそらく一番の障壁なので、そういったものを講義で見せることは大事だと思っています。

高校の物理は、(これを言ったら怒られるかもしれないですけれども、)物凄く沢山の公式を教えているわけです。ただその一方で、もし高校の物理を全く知らなかったとしても、そのまま大学の物理には入れるものだと思っているんですね。

例えば電磁気学の序盤だと、クーロンの法則からガウスの法則を導くことさえできれば、枝葉のごちゃごちゃしたことはすっ飛ばしてもいいと思っているので、そういった細かいことは飛ばして、大きな流れをゆっくりと説明するということを(Bコースの講義では)心がけています。

でも、講義の最終到達点はAコースとBコースで同じなわけです。容赦ないカリキュラムですよね(笑)。やっていることはどちらのコースでも同じなのです。ただ、Bコースで進度を速くすることはできないので、Aコースよりも情報量が落ちるのは仕方ないかなと思っています。Aコースには高校で物理を学んだ学生さんが多いですから、高校ではまったく登場しなかった概念も取り上げますけれど、Bコースの場合は割愛してしまうこともあります。それでも、最後はAコースもBコースも同じところまで到達します。

「出席重視」

福島先生

僕は出席を重視しています。重視しているというのは、出席を取るという意味ではなくて、「出席してもらう」ことを重視しているということで、たくさん来てくれるのを毎回楽しみにしています。

この間、理学部数学科の新聞に、数学の賞を獲った先生が記事を書かれていました。その先生の講義は教室が満杯になるらしい。それでその先生は、「研究のにおい」を講義室に連れて行って、自分を学生に見てもらっているんだ、と書いていらっしゃって、「ああ、やっぱりいいこと言うなあ」と思いました。僕ら大学の先生は、教職の免許を持っているわけではありません。けれども、皆さんの前に立って教えている。教える内容は非常に基礎的なものだけれども、やっぱり最先端の研究を背負っている以上、そのなりわいを見てもらいたい、だから出来るだけオーラ出そうと思っています。出ているかどうかは分かりませんけれど(笑)。

僕は正直なところ、自分が受けていた大学の講義についてあまりいい印象がないです。教室に入ってきて黒板に何かポンポンポンポンって書いて黒板とおしゃべりしてそのまま立ち去る、そんな先生だったものだから、何の魅力も感じなかった。やっぱり自分の講義がそんな調子ではいけないと思っているので、前を向いてしゃべって、1コマ90分間、何かを楽しんでもらえるように心がけています。だから、講義に出てくる学生の数が減るとすごくショックなのです。

僕たちが授業を担当する時に、例えば力学なら「金曜1限、火曜2限、……」という風にいくつかのコマが提示されていて、教員集団が、その枠で毎年担当を決めることになっています。希望が重なった場合は教務の先生が適当に調整して割り振りをするのですが、僕は極力1限を取るようにしているので、大抵希望通りにいきます。(学生だけでなく)教員からも1限は不人気なんですね(笑)。

応用よりも基礎を

基礎理論を工学に応用することも考えれば面白いとは思いますけれども、講義ではやはり原理を重視しています。駒場で1・2年生に物理を教えている教員の大半が理学系なので、工学への応用をリアリスティックに教えようというサービス精神はちょっと欠けている、ということは一つあるかもしれません。例えば熱力学の練習問題にはエンジンのサイクルを題材にしたものもありますが、所詮は練習問題なので……。

それに、工学は上手くいった者勝ちの世界で、しかも工学の先生方は「腕」を持っていらっしゃる。だから実際、上手くいかせてしまうのです。技術が確立しているのに、その背景にある原理が実は分かっていないということもあるわけですね。「○○を煮て、3回叩くとうまくいく」と言われても、それでなぜ上手くいくのか、叩くのが2回や4回ではなぜダメなのか、と考えたくなる。そういった技術の背景にある原理は、言わば足腰に当たるわけです。工学系に進んだ後も、足腰がしっかりしている方が最後には強いと思うので、「前期課程では、焦らずじっくりと足腰を鍛えよう」というスタンスを僕は取っています。周りの多くの先生方もそうだと思いますね。

メッセージ

1・2年生、特に理系の学生へ

福島先生

とにかく勉強を頑張ってほしいと思います。どういう意味かというと、好きなこと、「自分でこういうことをやりたい」って思えるようなことは、そうすぐに見つかるものでもないと思うのです。もちろん、自分のやりたいことが見つかっている人はそれに向けて邁進していけばいいと思います。ただそういう人たちにこそ、アンテナを広げてほしいし、日本の大学で唯一教養学部が残されていることの利点を活かしてほしい。やっぱり色んなことを知っているということ、肌で感じたということは財産で、(何のこっちゃって言われるかもしれませんけれど)人間を豊かにするのだと思います。1・2年生の間は、そういうチャンスだと思って頑張ってほしいのです。「僕は物理を専攻するわけでもないから物理はもういいよ……」というのはすごく残念。理系を選んだのであれば、物理を専攻しないにしても、物理も数学も生物もやった上で、他の道に進んでほしいもの。その方がかっこいいと思いますし。そういう意味で、文系の学問も含めて色々勉強をしてほしいと思います。

あと、もう一つ。僕は東大じゃなくて筑波大の出身です。それで東大に来て思うのは、右も左も東大生だということ。当たり前ですよね(笑)。でも、やっぱりそれはすごいことだと感じていて、ピンって話すとポンって返って来るのです。例えば、夏学期からやっている少人数ゼミでも、ちょっと何か言えばスッと答えが返って来るし、「○○が分かりません」と訊かれても、少しばかりヒントを出せばサラサラっと続きの計算が出来てしまう。そういう風にアカデミックな議論をする機会は高校の時にはあんまりなかったでしょうから、周りがみんな東大生だということをぜひ活用して、楽しんでほしいと思います。

東大を目指す高校生、受験生に求めたいもの

東大に来るから、というわけではありませんけれど、やっぱり大学は勉強するところなので、その気で大学に来て楽しんでほしいと思います。部活なども色々やってほしいとは思いますけれど、それと同じように、勉強、というより学問ができるところなので、それに対する意欲を持って東大に来てほしいと思います。

東大には教養課程があるので、色々な人がいます。例えばナントカ大学の物理学科に行くと、「物理物理物理大好きー!」という感じの人しかいませんけれど、東大はそういうところではなく、知識も関心も人それぞれですよね。そういう点で楽しめるのが東大のすごいところだと思うので、今から楽しみにして頑張ってほしいと思います。

ありがとうございました。