情報認知科学

おまたせしましたすみません。講義始めます。

この講義は情報認知科学というタイトルになっています。私はこの講義を担当します鈴木宏昭といいます。どうぞよろしく。

この講義タイトルですけれども、そもそも情報認知科学っていう学問はありません。で、情報科学はもちろんあります。それから、認知科学もあり ます。この2つを無理矢理くっつけた、多分駒場ぐらいしかないんじゃないかなと思います、この名前の講義は。(註:2016年1月にこの授業のための教科書が出版された。「教養としての認知科学」(東大出版会))

で、どういうことをやるかっていうと、情報科学ではないんですね。認知科学をやります。ただ認知科学って言うのは……来週、まあ今日もこのあと少し詳しくお話ししますけれども、情報という概念と切っても切り離せない、そういう関係にあります。そういう意味では情報という形容詞と言いますか、 修飾語が認知 科学の前についてもそれほどおかしいというわけではないと思います。

ということで、認知科学ということのお話をしていくわけですが、 認知科学って いうのは英語で言いますとcognitive scienceになります。cognitiveっていう言葉はどうですかね、高校の英単語には入ってますか? ……入ってる? 入ってる、そうですか、僕が勉強しなかっただけなのか。見て分かるようにcognitionという言葉、名詞の形容詞形です。 で、cognitionって聞いたことがなくても多分これにreがつくと、recognitionとかrecognizeと言えばまあ普通の高校英単語になりますよね。で、いずれも認識という意味になるんですね。で、認識についての科学である、認識を科学的に探求する学問であると思ってくださ い。で、じゃ あなんで認識科学って言わないで認知科学というのかといいますと、これはまあなんていいますか、とても、多分、多分ですよ、くだらない理由なんです。

あの、認知科学って認識のことをやりますから、認識をやるって言うとこれはまあ哲学が二千何百年という歴史……わかんない、もっと古いか もしれま せんけど、それくらいの歴史を持ってずっと研究やってきたわけです。ところが19世紀の後半に心理学という――これもまあ科学的な方法を使って認識の研究をやる学問・心を研究する学問ですが――そういうものができました。ですからもともとは同じなんですよね。だから19世紀とか20世紀初 頭の有名な心理学者ってだいたい哲学の教育も受けてたりする。

だけども要するにそれはなんていうのれん分けで、「分家ね君。あそこに店を出しなさい ね」と言われて 心理学は外に出たわけではなくて、まあどっちかというと喧嘩別れ見たいな感じ、離婚みたいな状況になった。で離婚した場合はまあ元の旦那が嫌いな場合は別姓にしますよね。旧姓に戻るみたいな、そういう風に関係を絶ちたくなる。元の痕跡が残らないようにする。

それで「認識」っていう言葉はずっと日本では哲学の中で使われてきた。そういうことが嫌なんで多分1950年とか60年代くらいの時にcognitiveとかcognitionというのを「認知」と訳しちゃった。まあ僕は哲学者ではないですけれど哲学ファンですので認識科学の方がいいのにと思うんですけれども、そういうちょっとつまら ない昔の因縁みたいなことで認知という名前を付けたんですね。

そういう軽率なことをやったもんですから、僕が大学院で研究を始めたときにはですね、認知って言う単語は「誰の赤ちゃんか」みたいなこと決めるとき以外では使わなくて。ですから「認知科学」って言うと非常に怪訝な顔をされたりしました。まあ最近は元痴呆症と言っていたことを認知症と呼んだりします。だから「痴呆のことをやっているんですか?」と言われた りもします。 でもまあそういう意味ではなくて、もちろん認識についての学問だと思ってください。

認知科学というものの定義ですね、いったい……まあ認識をやる学問なんです。でももう少しちゃんと定義したいという欲求に誰でも駆られるわけです。ところが日本の認知科学のパイオニアたちはですね……私の先生なんかもそうなんですけど、その人たちは「認知科学は定義しない」と言ったりしました。というのも定義すると、「ここから 先は認知科学ではないとか」、「お前は認知科学去れ」など、そういうくだらない、こう縄張りみたいのが出てくるんで、そういうことはやらないというこ とをモットーとすると、当時のパイオニアが決めちゃったんですね。

という次第で、あまりちゃんと言えないんですけども。定義じゃないですけどイメージを掴んでいく補助手段としてここに書いておきました。これは読みますと「知的システムの構造、機能、発生を科学的に探る」というものです。 メインの研究対象は人間ではあると思うんですが、ここで「知的システム」という言葉を使っている。これはかっこつけたからではもちろんありません。実は「知的システム」という言葉を敢えて使うのは何故かというと、それは人間だけが知的な存在ではないから。

動物はどうでしょう。知的ですよね。多分ペットとか飼っている人は知的だと、たとえば犬とか猫なんかだったら十分知的だと思いますよね。それから例 えばチンパンジーだって言葉を覚えた、犬山の研究所のチンパンジーは足し算をできた、とかそういう話がある。そういうので、動物も知的だとい うことは納得できるかもしれません。しかし実は動物の知性というのは「人間にトレーニングされて」その結果賢くなるのではなくて、そもそも烈に賢いでのすね。

私はこの講義の最初に必ず出す例で、10年くらい毎回やっているんですが、図を書いて説明するんですが、上手にならないんだけど、ゴキブリがいま す。ゴキブリが部屋にいた場合ですね、ああ可愛いとか、次郎って名前を付けてかわいがるって言う人はいなくて、大概はワッと新聞紙を丸めて殺 そうとする。 しかしそれはそんなに簡単じゃないですよね。特にデカめの黒いあれはかなりススッと逃げちゃう。

だけども進化の観点から言うと、ゴキブリなん ていうものは ウン億年前から現状の形で存在しているんですよね。そういうことを見ると、ウン億年前に進化を終えた馬鹿者たちであると風に考えたくなる。馬鹿者たちであ るから、バンッてやったときでもデタラメに逃げまくる……そういうことをやるんじゃないかと思えるかもしれない。でも、ゴキブリがここら辺にいるときに、適当にバシッてやったら丁度こっちに来て殺せましたっていうラッキーな経験したことある人います? それはないですよね? これはどうなってい るかという と……。ゴキブリが……これがひどいんだけど。(ここで絵を描いている模様。失笑漏れる)

ゴキブリだと思ってください。これが触角で、これが脚。こういう風にいたとします。ここにはですね、例えば障害物が、壁があったとします。 この時例 えばこっちからバンって打とうとする。こういうことをやるとどうなるか。こういうことをいろんなシチュエーションで調べた学者がいるんです ね。そうする と、ゴキブリは風が来る方向と、自分が今向いている方向と、触角で検知できる範囲での障害物。この3つを考慮して必ず最適な場所に逃げている。この場合だとこうです。驚くべきことはなにかといいますと、この3つの条件から最適解を導き出すのにかける時間。この時間が0.05秒なんですよ。 1000分の50 秒。「あっ」とか言ってる時間も無いんですよ。口をあけようかな、とかいう時間の間にススッと逃げてる。もの凄いですよね。人間ならどうなるか、ゴキブリ並みに早かったら多分ボクシングのチャンピオンになれる。絶対パンチ食らわない。

さらに、ゴキブリは微分もするって知ってますか?これはですね、ゴキブリは風がこうふいてきたとする。逃げる。でもよくよく考えると、ゴ キブリが 家に住むようになったのはどう考えても家が出来たあとですよね。まあたかだか数千年。一万年前って言ってもいいかもしれないけど、向こうはウン億年だから ね。ほとんどの時代を野原とかそう言う場所で暮らしているわけですよね。外は風が吹いていないといっても多少は吹いているものですよね。風が吹いている度に逃げていたら、つがいを見つけることもできないしえさをとることもできないですよね。一日中どころか一生涯走り回ってなきゃいけないみたい な生活を送ることになって、確実に死に絶える。

そこでゴキブリが考え出したのが微分です。ゴキブリは、これも絵がひどいんだけど、横から見てこういう格好をして いると思ってください。ここの下に小さな突起みたいのが生えてますよね。ここで風を検知するんですけども、これがどの条件で検知するか というと、毎秒5m以上の加速度を持つ風……要するに急にシュッときたものだけ見る。だからずっと吹き続けてる暴風雨みたいのだったらじっとしている。いくら強いのでも。加速度だから微分ですよね。そういうことをこの部分でやっている。そうしたことを、まあ彼らはもちろん私たちのように加速度を感知したり 計算したりするわけではないけど、お尻の突起で加速度をきっちり捉えられるように体ができているんです。そういう意味で、素晴らしい知能を持っている。


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