国際プロジェクトを考える

受講の経緯

この講座は、教養学部前期課程の総合科目として開講されている、オムニバス形式の講義です。担当教官は、東京大学工学部社会基盤学科の教授・准教授・研究員あわせて11人。教官の専門分野は、水問題から都市交通、地震工学に至るまで様々です。毎回の講義では、各教官がこれまでに携わってきた国際プロジェクトの豊富な事例が紹介されます。

筆者は工学部に進むつもりなので、「工学の研究で得られた知見を、実際の社会でどのように活かしていくのか」という点に注目しつつ、受講することにしました。

朝一番の時間帯に設定されていながら、200人以上を収容できる大教室が混み合うほどの人気講義です。しかしながら、受講者の多くは文科生であり、工学系の講義としてはやや特異なものと言えるかもしれません。

国際プロジェクトの事例

ところで、講義題目に含まれている「国際プロジェクト」とはどのようなものなのでしょうか。筆者は当初、「先進国から機械や資材を大量に運んで来て大規模なインフラ整備をするのかな」とくらいにしか思っていなかったのですが、その考え方は見当違いだったようです。そのことに気づく大きなきっかけになったのが、「防災における国際協力と共同研究」なる講義でした。

我々は生活にゆとりがあるからこそ防災にも多少の注意を払えますが、途上国で苦しい生活を送っているとなかなかそうもいきません。それゆえ、途上国の防災政策には、先進国とは別の、特別な工夫が必要ということになるのです。

教官の話で印象的だったのは、スマトラ島の津波対策の事例です。途上国で複雑な津波警報システムを維持管理するのは困難で、いざという時に機能しない恐れすらあり、むしろ、住民に対して「沿岸部で揺れを感じたら高台のモスクに避難して下さい」と呼びかける方が効果的だというのです。ちょっと意外な感じがしましたが、「モスクは住民の生活と直結しているため避難もしやすく、日常とは縁遠い津波警報システムよりも余程役立つはずだ」という説明を聞くと、なるほどと思いました。先進国での政策が途上国にも通用するわけではなく、地域の事情や特性を第一義的に考えなければならない、ということです。

ケースメソッド

13回の講義のうち数回は、「ケースメソッド」という演習形式で行われました。これは、政策の失敗事例(=ケース)に関する経緯を説明した文章を読み、「何が最も主要な失敗原因だったのか」「どうすれば失敗を避けられたのか」といったことを考え議論するというもので、米国のハーバード・ビジネス・スクールでも採用されているそうです。

では、扱われる「ケース」はどのようなものなのでしょうか。

ある回では、仮想国家「東インド国」での中小企業振興政策の破綻事例が取り上げられました。背景要因は「無計画に融資を拡大した」「担当職員の事務処理能力が低い」「融資を受けた側のモラルが低い」「国民性の問題」など多岐に渡り、しかもそれらは複雑に相互作用しています。ここから政策の本質的な問題点を見抜くのはなかなか難しいものですが、その能力こそが、国際社会で求められるのだということでした。

レポート課題

毎回の講義では各教官から3000字程度のレポートが課されますが、そのレポートの題目もなかなかユニークです。例えば、「世界銀行やJICAのオフィサーとして、必要な知識・スキル・能力について論じよ」「最近起こった甚大な自然災害からの復旧復興計画を、優先順位付きで設計せよ」「日本のシステムを一つ取り上げ、外国のそれと比較し、長所と短所を論じよ」といった具合で、独創性と広い視野が求められています。

他の科目に比べてレポートの負担は重いものの、文献やウェブサイトを調べ、自ら文章を書いていくという過程で、社会の様々な問題の根深さ・解決の困難さの片鱗を窺うことができます。

なお、この講義の成績評価は、出席状況とレポートの出来をもとにして行われます。レポートの評価がかなり厳しいとの噂もあるので、心して取り組まねばなりません。

最終回

社会基盤学科国際プロジェクトコースの教授による最終講義は、ハリケーン・カトリーナ襲来時の対応を巡るケースメソッドでした。

2005年8月23日に発生したカトリーナはニューオーリンズの町を襲い、未曾有の大洪水を引き起こしました。前もって避難した人も多くいましたが、避難の遅れた人は家屋の屋根などに取り残され、多数の犠牲者が出る大惨事となったのです。住民の安全が最終的に確保されたのは、9月2日のことでした。

今回は、この間のアメリカ中央政府や州政府の対応に関する70ページ程度の報告書を読み、その問題点を探る、という講義でした。そもそも報告書を読むのが大変で、状況を頭の中で整理することもままなりません。

ディスカッションの時間になると、手こずる筆者を尻目に、数人の学生が自分の見解を発表していきました。彼らの発言を聞いて初めて、どのような観点で事例を分析すれば良いのかを理解できた気がします。

13回の講義とレポート課題を通じて、「工学的知見を実社会でどう活かすのか」を学ぶという当初の目標は、かなり達成できたのではないかと思います。「工学的な知識だけではなく、社会科学的なスキルやコミュニケーション能力も必要である」ということを、様々な事例を通じて実感できました。